第35話 洗脳状態
副委員長がポケットから、紫色の宝石を取り出した。
それを手のひらに乗せたまま、口を開く。
「ハンターとしての外面は良いように見えますが、アレは本当の実力ではありませんのよ。ズルをして得た功績ですの。それをさも、自分の能力であるように振る舞って、お二人を抱え込もうとしているのですわ」
「ズルをして得たって、一体どんな方法を使ったのだ?」
デイリーランキングや深淵討伐など、ズルのしようがない。
特に深淵討伐は自分の目でも確かに目撃している。
それをズルと断定され、萌木はすこしむっとする。
「方法はいろいろですわ。デイリーランキングについては、所詮人が作ったシステムですから、外から介入することは可能ですの」
「深淵討伐はどうだ? 実際に私は自分の目で見ているのだが?」
「自分で倒したように見えて、見えない場所に協力者がいたんですわ」
「ほう。そうまでする意味がどこにあるのだ?」
「お二人は――わたくし程ではないにせよ、学年でトップクラスの美貌を持っておりますわ。わたくし程ではありませんが! スタイルも抜群ですし。二人を抱え込んだあとは、あんなことや、こんなことをするつもりだったんですわ!」
故にケダモノか。
そんな素振りは一度もなかったので、まるで信じられない。
白河は健康な男子である。
時々、エマや萌木の胸に視線が行くことはあった。
その程度ならば、エマや萌木にだってある。女子だって大きな胸には目がいくし、上半身裸のレオンを『はしたない』と思いつつも二頭筋や腹直筋の隆起に目がいってしまう。
そういう視線はただの反応であって、色欲とは別なのだ。
白河颯は決して、ケダモノではない。
萌木はそう確信している。
だが――、
「そう、だったのだな。残念だ」
隣のエマが表情を暗くした。
「そうですわ、そうですわ。ですがこちらには、一条様がおりますの。一条様は大変お優しくて、お強い方ですわ。お二人のことも、決して見捨てないとおっしゃってました」
「一条が……」
「はい。たとえ白河某に脅迫されていても、救って見せると!」
「そうか。ありがたいな」
「えっ……西園寺さん?」
それまで白河を信じるような素振りをしていたのに、今では副委員長の言葉を鵜呑みにしている。
エマが持っている特有の覇気が、今は見る影もない。
目がとろんとして、副委員長を見ているようで見ていない
「私は、一条に助けを求めよう」
「それはそれは、一条様も大変お喜びになりますわ!」
「どうか、ケダモノにまで墜ちた颯を討ち果たしてほしい」
明らかに様子がおかしい。
こんなこと、少し前のエマなら言わなかった。
「もちろんですわ!」
副委員長が喜び、紫の玉をこちらに向けた。
「朝比奈さんは、如何ですの?」
反射的に目をそらす。
あの宝玉を、直視してはいけない気がした。
「……私は、白河くんを信じています」
「萌木、それはダメなのだ。あんな男に騙されては、今後のハンター人生も――」
「ダメなのは西園寺さんですッ! 一体、どうしちゃったんですか? あんなに、白河くんを信じてたじゃないですかッ!!」
「い、いや……副委員長に言われて、気づいただけで――気づいた? う……、一体、私はなにを……」
エマが頭を抱えてうずくまる。
そんなエマを、副委員長が抱きかかえた。
「大丈夫ですわよ。落ち着いて、深呼吸をなさってください」
エマの視線の先に、紫の宝玉。
ここまでくれば、さすがに気づく。
エマがおかしくなったのは、あれのせいだ。
「副委員長、離れてください」
「嫌ですわ」
「離れてくだ――さいッ!」
「きゃっ――!!」
力任せに引き離す。
副委員長は、まるで小石のようにあっさり離れて、背中から扉に激突した。
「あっ――」
うっかり、やり過ぎてしまった。
だが命に別状はない。
目に涙を浮かべ、咳き込んでいるだけだ。
それを見て、ほっと胸をなで下ろす。
「っと、副委員長じゃなくて、西園寺さんをなんとかしなくちゃ!」
萌木はエマの目を覗き込む。
その瞳は、紫色に濁っている。
あんなに綺麗だった瞳が、見る影もない。
自分の友達のこんな姿が悲しくて、涙が出そうだ。
それをぐっと堪え、魔力を高める。
「西園寺さん、今戻しますからね――《身体清浄化》!」
全身全霊をかけて放った浄化魔法が、エマの瞳の濁りを瞬く間に消し去った。
「う……、これは、一体……」
「エマさん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……大丈夫だが……」
「白河さんは味方ですよね!?」
「当然だぞ。何故そんなことを……?」
困惑してはいるが、その様子から元に戻ったことがわかる。
《身体清浄化》は、先日位階がⅢに上がったことで使えるようになった魔法だ。
今日初めての使用であり、かつ魔法発動体たる杖もなかった。そのため正しく使用出来るか不安だったが、無事効果を発揮したようでほっと胸をなで下ろす。
「私は一体、どうしたのだ……?」
「たぶん、洗脳されてたみたいです」
「洗脳!? た、たしかに、うっすら記憶があるな。まさか、副委員長がそんなことをするとは……」
「あなた、一体西園寺さんに何をしたんですの?」
「洗脳状態を解除させていただきました。さすがにそれは、犯罪ですよ?」
それも、かなりの重罪だ。
世界に深淵が出現する前とくらべて、犯罪の種類が格段に増加し、また悪質性や隠匿性が著しく上昇した。
魔法や道具を使った洗脳行為はその悪質性・隠匿性から、たとえ学生であろうとも一発で実刑が確定する重罪行為である。
ただ、何故副委員長がそのような行為をおこなったのかが、わからない。
どこから宝石――洗脳魔法が使えるマジックアイテムを手に入れたのかも。
「そうだ。エマさん、あの紫の宝石は絶対に見ないでください」




