第23話 荷物持ち
「貴様の熱意はよくわかった」
意識を取り戻したおっさんが、低い声を震わせる。
未だにショックから立ち直りきれてないらしい。
「だが、オレとしてははいそうですか、って簡単に頷くわけにはいかん。そこで、貴様にはオレの土地に出現した深淵に潜ってもらう」
「なるほど。その深淵をクリアすればいいんだな」
「――違う」
わかりやすくて手っ取り早い課題キターと思ったんだけど、えっ、違うの?
なんで?
「貴様にはそこで、現実を学んで貰う」
「……どういう意味だ?」
「現地に行けばわかる。そこでの貴様の働きを見て、エマチを預けるかどうかを決める」
「ちょっと待て。それじゃたとえ俺が大きな成果を上げても、お前の気分次第でいくらでも不合格に出来るだろ」
「気に食わないなら話はここまでだ」
くそっ。とりつく島もねぇな。
こうなったらオヤジが知らない間に、こっそり契約結んじまうか?
契約さえ結べば、父親には口だし出来んだろ。
「おっと、身勝手な行動は慎めよ?」
俺の内心を読んだように、おやじが睨んできた。
「オレにはそこそこの立場があってな。側近やら部下やらが、オレの気持ちを勝手に忖度して動くんだよ。だから迂闊に独り言もつぶやけねぇんだ」
「何が言いたい? はっきり言え」
「たとえばオレが『白河颯が気に食わねぇ』なんて独り言をつぶやこうもんなら、明日にはお前だけじゃねぇ、家族まで巻き込んで大変な目に遭うだろうなあ」
「……脅しかよ」
「いいや、紳士協定だ。貴様は勝手な行動を慎む。だからオレも、下手なつぶやきを自重する。簡単だろう?」
「…………わかった。大人しくしておこう」
こうして俺は言われるがまま、週末に指定された深淵へと向かった。
結局、エマを獲得出来る結果がどういうものかわからないが、今後のクランのためだ。
何があっても全力で対処し、深淵をクリアしよう――そう、思っていたんだが、まさか端から予想を裏切られるとは思わなかった。
○
「こちらです」
「……本当にここか?」
「はい、間違いございません」
指定された週末。
執事の斉藤に連れられて、西園寺家の土地にやってきた。
「ここ、麻布ヒルズだよな?」
「はい」
「ここが、西園寺の土地?」
「土地だけでなく、すべて西園寺家のものです」
マジか。
麻布ヒルズ持ってんのかよ。
西園寺グループすっげぇ……。
ただ、麻布ヒルズは今、深淵に侵食されていた。
ヒルズをまるまる覆うドーム型の次元層。
この層が、現実と深淵とを分けている。
サイズの大小で、深淵の深度が大体わかるが、これはかなり小さい。
ⅠとかⅡくらいか?
深淵は出現してから一週間くらい経つと次元が融合して、外に悪魔が出てくるんだが――。
「この深淵、出現してから何日経ったんだ?」
「明日で丁度一週間でございます」
ギリギリだな。
こんなところで深淵が現実と融合したら大変なことになるぞ。
「さっさとクリアしなかったのは何故だ?」
「旦那様のお考えは、わたしごときには計り知れません」
「あ、そう。ところで、アレはなんだ?」
深淵の境界面に、人が集まってる。
装飾品からハンターだとわかる。
「本日、深淵を攻略されるクラン【払暁の光剣】のメンバーですね」
「はぁっ!? クリアするのは俺じゃないのか?」
「旦那様は貴方に、深淵をクリアしろとはお伝えしておりませんが?」
人の話はきちんと聞けよクソガキ!
そんな罵倒の視線が突き刺さる。
たしかに、クリアしろとは言わなかったな。
うっかりしてた。
「現実を学ばせる、だったか。あれはどういう意味なんだ?」
「貴方には本日、あのクランメンバーに混ざって、荷持をしていただきます」
「……はぁッ!?」
これは、全くの予想外だった。
別クランの深淵攻略に参戦するなら、まだわかる。
一人で攻略も、無くはないと思っていた。
だが、まさかのポーター。
一体あのオヤジは、何を考えてんだ?
ますます訳がわからない。
「話は既に付けております。あとの行動は貴方にすべてお任せいたします」
「はあ、わかった」
「わたしは後ろから追随いたしますが、手助けは一切致しませんのであしからず」
「期待してねぇよ」
こいつは評価役か。
中で何があったか、こいつがオヤジに知らせるんだろう。
「それよりお前は自分の心配をしとけ。危なくなったら助けてやってもいいぞ」
「ご心配には及びません」
次の瞬間、目と鼻の先にナイフの切っ先がピタリと停止した。
恐ろしい速度だ。それにブレもない。
本当に老人かこいつ……。
「今でも全盛期と同様に鍛えておりますので、悪魔ごときに遅れは取りません」
うん?
こいつ今、悪魔を「お前」って言わなかったか……?
って、おい、ナイフの先っちょ、ちょっとずつ近づいてねぇか!?
待て待て、寄せるな! 刺さる刺さる!!
「今回、あなたは西園寺の代表という扱いです。旦那様の顔に泥を塗るような真似をしましたら処理いたします」
「わぁったよ」
慌てて距離を取る。
くっそ。あぶねぇじいさんだ。
「んじゃ、ご命令通りクランに合流するとしますか」
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TIPS
・西園寺グループ
日本の財閥で五本指に入るグループ。会長は西園寺輝元。
以前までは財閥の中でも中堅どころだったが、輝元が会長に就任してから様々な幸運に恵まれ、一躍五トップの座に君臨した。
そんな輝元を影では『実力がなく運だけの成り上がり』と蔑む声があるが、当人は一切気にしていない。




