第16話 大きな変化
相手の体勢が整う前に仕掛ける。
鋭く踏み込み、右拳を突き出す。
この鉄拳は、父が高校入学の記念に買ってくれた、一級品だ。
日本で一番の職人に頼み、深淵の素材をふんだんに使用して作られている。
まず、これを装備した時点で身体能力が大きく底上げされる。
攻撃速度が上昇し、破壊力も倍増する。
父がこれを使えば、深度Ⅶの悪魔とてひとたまりもあるまい。
その攻撃を、白河は何気ない動作でひらりと躱した。
「まだまだァ!!」
ジャブで間合いを計り、連続攻撃。
ジャブ、アッパー、フック、ストレート。
その攻撃のいずれも、白河にかすりもしない。
(こんなに、遠いのか……)
本物のハンターと、出来損ないの差。
わかってはいたが、こうまざまざと見せつけられると、悔し涙が浮かんでくる。
「ガフッ!!」
連続攻撃が途絶えたタイミングで、腹に魔法弾を食らい吹き飛んだ。
もし鉄拳を装備していなかったら、これだけでノックアウトしていただろう。
ただのマナの塊とは思えぬほど、重たい攻撃だった。
「もう終わりか?」
「ま、まだまだッ!」
そこから攻撃を繰り出し、魔法弾を食らって転がされるを繰り返した。
レオンには勝ち筋が一切ない、あまりにも一方的な戦いだった。
あまりに圧倒的。
こちらの攻撃がクリーンヒットしても、倒せる未来さえ想像出来ない。
「テ、メェ、本当に、高校生、かよッ!」
戦い方が、あまりに洗練されすぎている。
まるで深淵を何度もクリアしてきた歴戦のハンターのような――父に似た圧を感じる。
もう何十回、庭に転がされただろう。
レオンの部屋着はドロドロを越え、もはやボロボロだ。
体中、悲鳴を上げている。
立ち上がろうにも、筋肉が震えて言うことを聞いてくれない。
それでもなお、レオンは顔を上げる。
視線の先には、悠々と自分を見下ろす白河の姿。
未だかつて同年代に、これほど冷たい目で見下ろされた経験はない。
そもそもレオンはいつだって、見上げられる存在だった。
だからつい、切れた口の隙間から、意地の悪い本音が漏れた。
「クラスカースト底辺のくせに」
「それ、なんか関係あんのか?」
「それは……」
「三年経てば消えるもんが有り難いか? だったらこのまま学校に戻れ」
そうして一時の――幻の栄誉で満足すればいい、負け犬め。
そんな言葉に聞こえ、レオンはカッと頭に血が上った。
自分が求めていたのはなんだった?
誰かに見上げられることか?
ちやほやされることか?
学内ステータスか?
いいや、違う。
自分はただ、ひたすらに強くなりたかった。
求めていたのは――純粋に〝強さ〟だけだったはずだ!
「……すまん、世迷い言を口にした」
「ふむ?」
「もう一回だ」
「まだやるのか?」
「ああ。まだオレは――」
――自分にも、他人にも、
「負けるわけには、いかねぇッ!!」
「……ふむ。負け犬根性が染みついてたわけじゃないか」
「なん、だとッ!? テメェ、まだ喧嘩を売って――」
「いや、すまん。言い方が悪かった」
「お、おう?」
レオンが、目をしばたたかせた
まさか白河に素直に謝られるとは思っていなかった・
「まだ、諦めたわけじゃないんだな」
「それは…………」
図星を突かれて、言葉に詰まった。
白河が現われる前までは、学校を辞めるつもりでいた。
だが彼と戦う段になってから、『もしこいつに勝てばこの道を諦めない』と、思ってしまった。
無理もない。小学校に上がる前から父を意識し、その背中を越え、偉大なハンターになるためだけに生きてきた。
決して、中途半端な気持ちで鍛錬していたわけではないのだ。
あっさり諦められるはずがない。
今は僅かでも希望があるなら、悪魔に魂さえ差し出してもいいとさえ思っている。
「なあ、千葉はどうして鉄拳を装備してんだ?」
「それは、親父が優秀な拳闘士だから……」
「あー、なるほど、それでか」
「ん? なにが『それで』なんだ?」
「お前が弱い原因だよ」
「あ゛? 誰が弱いって――」
「ほらよ」
「っ!」
白河がインベントリから取り出した大剣をレオンに放った。
慌てて束に手を伸ばし、握りしめる。
「ッぶねぇな!! 刃物を投げんじゃねぇよ! 怪我したらどうすんだ!」
「それ、さっきまで俺を殺そうとしてた人間の台詞かよ」
「うっせ! それとこれとは違うんだよ。んで、なんだよこれは」
「大剣だ」
「見りゃわかる。どういうつもりだって聞いてんだ」
「使えばわかる。ほら、構えろよ」
白河の謎の自信に圧され、レオンは鉄拳を外し大剣を構えた。
瞬間、全身がゾクッと震えた。
まるで、ずっと探していたけど見つからなかった大切なものが、不意に見つかった瞬間のような、なんとも言えない感情が胸にこみ上げる。
(な、なんなんだよ、この感覚は……)
レオンはこれまで一度も大剣を装備したことがない。
にも拘わらず、やけによく手になじむ。
まるで、前世は大剣で戦っていたハンターだったかのような気分だ。
「……扱い方がわかんねぇから、下手クソでも笑うなよ」
「笑わねぇから、さっさと来い」
「行くぞッ!!」
次の瞬間だった。
まるで、体がバネだったかのように、前方に勢いよく飛び出した。
早い。
なのに軽い。
大剣を振り上げる。
僅かに溜めて、白河の脳天めがけて振り下ろす。
すると今度は、鉄の塊になったかのように、全身が重厚になる。
(なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ!!)
レオンの攻撃は、残念ながら白河に回避された。
だが彼の顔にはこれまであった余裕の表情が消えていた。
大剣の攻撃で得た初めての感覚に、レオンは震えた。
鉄拳で訓練している時は、なにをしても違う、これじゃないという感覚があった。
だが、大剣は違った。
これだ、これしかない! と思えた。
白河と、何度となくぶつかり合う。
しかし鉄拳の時とは違って、地面に転がされることはなかった。
白河は魔法弾を何発も撃ってきた。
しかし体に動きが染みついているかのように、それらを大剣で弾き飛ばせた。
(一度だって大剣を使ったことがないのに……)
気持ち悪い感覚だ。
だが、心地よくもある。
何度交わったかはわからない。
庭の芝生がボロボロになり、呼吸が限界を迎えたところでレオンは大剣を下げた。
「……なあ白河。どういうことなんだ?」




