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アルマ、真相を知る


「というわけで、このあと今回の件について裏から手を引いていた人間が二人ほど来ますがアルマも立ち会われますか?」


「―――――?????????」


 気が付けばアメルハウザーの見慣れた屋敷に戻ってきていた。場所はアルマの私室。

 公爵家専属女性医師によって丁寧に処置されたばかりである手足の擦過傷や首の痣のこともすっかり忘れ、アルマは眼前で淡々とそう宣ったディートハルトを見返しながら、ただただ疑問符を脳内に量産する。


 ――とりあえず脳内で状況を整理してみよう。


 夜会の途中でミーシャに騙され拉致された。

 監禁場所で襲ってきたヨルダンに一発入れた。

 ミーシャが実はヨルダンではなく別の主の命令で動く二重スパイだと告白してきた。

 激高したヨルダンによって窒息死させられそうになった。

 間一髪のところをディートハルトに救出された。

 気絶して気づけば屋敷に居た。


 そこまで思考してアルマは頭を抱えた。気絶してからの流れが当然だがまったく分からない。

 そもそも気絶する原因を作った張本人は、こちらを心配そうに眺めるだけで、あの件に関しては何も触れてこようとしない。必然的にアルマも話題には出しづらくなる。


 今生では勿論のこと、前世でも未経験であったそれ。

 アルマとてこれでも女である。初めてに夢を抱かなかったかと言えば嘘になるが――


(まったく嫌じゃなかったのがむしろマズいんじゃないかなぁ……!!)


 これで相手がヨルダンであったならば、絶対に後悔したし後々まで引きずっていた自信がある。

 しかし目の前の青年が相手となれば話は別だ。

 思ったより冷たかったとか、柔らかかったとか、そういった物理的な要素が急激かつ鮮明に脳内を駆け巡り、アルマは顔を上げられないまま真っ赤になって呻く。


「……アルマ、嫌なら無理に立ち会う必要はありませんが」

「――ごめんいま別のこと考えててそれどころじゃなかった」


 早口でそう捲し立て、アルマは大きく深呼吸をする。落ち着け。精神的にはいい大人なんだから狼狽えるな。そう自分に言い聞かせる。

 よし、と気合いを入れたアルマは顔を上げると、


「とりあえず、その二人って誰?」


 (キス)の件は彼方へと放り投げて、差し迫った状況への把握を優先することにした。

 切り替えたアルマの真剣な表情を前に、ディートハルトが応じる。


「一人はクラリス、もう一人はグランツ辺境伯です」


 端的な回答。だからこそアルマは困惑する。

 確かにヨルダンはクラリスを狙っていたし、ミーシャは元々はグランツ辺境伯家に仕える護衛だ。

 二人とも今回の事件でまったく関りがないわけではない。しかし先ほど「裏から手を引いていた二人」とディートハルトは口にした。つまりこれは、最初から仕組まれていた事件だということだ。


 アルマは今回の件、不本意ながら当事者となった。

 ならば真実を知り結末を見届ける権利くらいはあるだろう。


「……立ち会うよ。ディートハルトも一緒に居てくれるんでしょう?」

「当然です。むしろ僕が傍にいなければ話もさせませんよ」


 そう切り返したディートハルトのタンザナイトの瞳は、昏い水底のように冴え冴えとしていた。



 一時間もしないうちに、(くだん)の二人はアメルハウザー邸を訪れた。

 応接室であらかじめ待っていたアルマとディートハルトが出迎えれば、クラリスは心底落ち込んだように、グランツ辺境伯は気まずそうに入室する。

 お茶のセッティングを終えた使用人を早々に下がらせ、ディートハルトは尊大な態度で向かい側のソファーに座る二人に告げる。


「釈明の機会くらいはくれてやるからさっさと話せ。どちらからでも構わない」

「……クラリス様、ここは俺が」


 そう口にしたのはグランツ卿だった。今までアルマに見せてきたような軽く飄々とした雰囲気は鳴りを潜め、厳粛な面持ちのままに彼は言葉を続ける。


「今から一年以上前だが、我がグランツ辺境伯家の縁戚に当たる男爵家の娘が自ら命を絶った。理由は言わんでも分かるだろうが、ヨルダン・ネッケに騙されて手籠めにされ、手酷く捨てられたからだ。……アルマの嬢ちゃんには、ちょっと聞かせづれぇ話だな」

「わたしのことはどうぞお構いなく。むしろ包み隠さずお話しいただけた方がありがたいです」


 ディートハルトの横に座るアルマは、自嘲気味に力なく笑うグランツ卿にきっぱりとそう言って先を促す。余計な気遣いなど不要、というこちらの意図は正しく伝わったのだろう。

 観念した様子のグランツ卿が話を再開させる。


「男爵家の当主から娘の死の原因を聞かされた俺は、その時点では強く介入する気はなかった。業腹なことだが奴を立件できるような決定的な証拠もなかったしな。だが、ヨルダンの野郎は事もあろうにうちのエリーチカに標的を定めやがった」


 そしてヨルダンはグランツ辺境伯家に婿養子として入り、内部から掌握しようと企んでいた。

 己の立場を盤石にするために。


「――私がヨルダンの悪行について知ったのも、ちょうどその頃だ」


 唐突に会話に口を挟んだクラリスは、グランツ卿へ目配せをしてから後を引き継いだ。


「とある令嬢からの告発でな。調査したところヨルダンは市井の裕福な女性から王宮に仕える下位貴族の娘まで、それこそ両の手では足りないほどの女たちを食いものにして来た外道だった。しかも奴の狡猾なところは、自分では決して証拠が残るようなことをしないところだ。己にとって不要になった女性を別の女性を使って貶める……そんな鬼畜の所業すら息をするように行なっていたんだ」

「……そこまで分かっていて、何故誰もヨルダンを捕縛出来なかったのですか? いくら物証がなくても、証言なんかは積み重ねられたのでは……?」


 アルマの問いに、クラリスは眉間に深く皺を刻みながら苦し気に答える。


「ネッケ侯爵家は高位貴族としては影響力の大きい家だったことがひとつ。明確な証拠も無しにその直系子息を訴えることはリスクが高かった。そして、ヨルダンの罪を暴けば連鎖的に被害女性たちの名も世間に知られるところとなる。彼女達本人も、その一族も、大半が表沙汰になることを忌避した。理由としてはこちらの方が大きいな」

「……だから、決定的な証拠が必要だったんだ。現行犯という言い逃れのない証拠がな」


 グランツ卿の補足を受け、アルマはようやく一つの解を得た。つまりは、


「ミーシャさんをヨルダンのもとに送り込んだのは、やはりグランツ卿だったのですね? そしてヨルダンの計画を事前に把握し、犯行現場を押さえる手筈だった」


 ディートハルトの言う通り、今回の事件は最初から何もかも仕組まれていた、と。

 アルマの言葉に眼前の二人が目を丸くする。その驚愕の度合いから、アルマは自分の推理が当たっていたことを確信した。

 そこへ今度は沈黙を貫いていたディートハルトが鋭い声で問う。


「――で、私とアルマを巻き込むことを決めたのはどちらだ?」

「当然だが、俺だ。ミーシャの報告でアルマの嬢ちゃんにヨルダンが興味を持ったって聞いてな。お前さんを引っ張り出すことを思いついた」

「いや、グランツ卿の独断ではない。私もディートハルトがこの件に介入することを望んだのだ。それが一番確実にヨルダンを糾弾出来ると分かっていたから……っ」


 そこまで言ってからクラリスは急にアルマの方を向くと素早く立ち上がり、深々と頭を垂れた。


「本当に、すまなかった……! 謝って済むことでは決してないが、謝罪することを赦して欲しい!!」

「……俺からも正式に謝罪を。アメルハウザー公爵、そしてアルマ嬢……貴公らを巻き込み、命の危機に晒したことを心よりお詫び申し上げる。またグランツ辺境伯家当主として、出来得る限りの賠償はさせて貰いたい」


 クラリスに追従して立ち上がり、同じように頭を下げるグランツ卿。


「無論、私もグランツ卿同様、可能な限り力を尽くさせてもらう。……アメルハウザー公爵家ほどではないが、これでも元王女で現公爵だ。何かあれば遠慮なく要求して欲しい」


 アルマはそんな大物二人の謝罪に対してどう対処すべきか迷う。

 本音を言えば別にアルマは二人のことを怒ってもいなければ謝罪すら必要としていない。悪いのはヨルダンであって二人ではないし、騎士としての性質からか命の危険に晒されることに対しても一般人より耐性がある。むしろこの状況の方がよほど胃が痛い。前世では末端貴族の娘であった手前、高位貴族や元王族からの謝罪など恐れ多くて負担でしかなかった。

 そこまで考えてふと、アルマは疑問に思ったことをそのまま声に乗せた。


「あの……もし、ヨルダンがわたしに興味を持たなかった場合は、もしかしてエリーチカさまが犯行現場を押さえるための囮になっていたのでしょうか?」

「え? ……あ、ああ、その可能性も勿論あった。私の臣籍降下を知った後、ヨルダンの本命は私に移ったが、それまで奴はエリーチカ嬢を付け回していたし、ミーシャの話によれば隙さえあれば肉体関係に持ち込もうとしていたからな……」


 おそるおそる頭を上げたクラリスが戸惑いつつもそう話すのに、


「……なら、むしろ標的がわたしに移って良かったかもしれません。エリーチカさまが標的になるよりはずっと」


 アルマは客観的な視点でそう結論付けた。すると、驚いたグランツ卿が勢いよく顔を上げる。


「アルマの嬢ちゃん……お前さん、そりゃあちょっとお人好しにすぎやしねぇか……!?」


 確かに傍から見ればそう取られるのかもしれない。

 だが、誰かを守ることを職分としてきた自分はそう思ってしまうのだからしょうがない。

 きっとグランツ卿も孫娘であるエリーチカを危険な目に遭わせたくはなかったのだろう。だからアルマをエリーチカの代わりにした。身内としてはごく普通の心理だ。


 逆に王女でありながら自ら囮になることを決めたクラリスの正義感と行動力は尊敬に値するものだ。こちらも到底責める気持ちは生まれない。

 ゆえにアルマは二人に対して、困ったような笑みを浮かべつつもハッキリと自分の意思を述べた。


「わたしへの謝罪は確かに受け取りました。現状では特にお願いしたいこともありませんので、もし今後なにかあればお二方のお力を借りる……ということで。それで構いませんよね?」


 謝罪側からすれば都合の良すぎる展開に、まだどこか不安そうな二人へ。

 アルマは続けてこうも口にする。


「しかしながら、ディートハルトさまのご判断はわたしとは別です。わたしはディートハルトさまがお二方へ何を要求されても関知いたしませんので、その点はご承知おきください」


 次いでディートハルトを見上げ、アルマはへらりと力の抜けた笑みを零す。


「わたしはお二人を赦しましたけど、ディートハルトさまがどうするかはお任せします。ただ、出来ればあまり無茶はしないで欲しいな、と……」


 最後の方は尻すぼみになってしまった。結果的に二人に対して穏当に対処して欲しいという本音が透けてしまったからだ。

 そんなアルマをどこか呆れたような眼差しでもって見下ろしていたディートハルトは、重々しい溜め息を吐いた後で未だに立ち尽くす二人のうち、先にクラリスの方を鋭い視線で射抜いた。


「……クラリス。お前が王城内封鎖の際にヨルダンから離れて私にすぐさま状況を打ち明けたからこそ、救出が間に合ったとも言える。その点を考慮して今回は貸しにしておいてやるが、二度とアルマを巻き込むなよ――――次はない」

「っ……ああ、肝に銘じておく。本当にすまなかった」


 底冷えするような声に、クラリスはそれでも毅然とした態度で再び腰を折った。

 それを見届けた後でディートハルトはその視線を横へとずらし、今度はグランツ卿をねめつける。


「――――貴様が行なったことを考えれば、グランツ辺境伯家を取り潰しても足りないくらいだ。だが、私の感情よりも優先すべきことがある。命拾いしたな、グランツ卿」


 アルマはその発言の意味が良く分からず首を傾げる。

 だが、少なくともグランツ辺境伯家を取り潰す気はないようで、そこは内心でホッとしていた。

 そんなアルマを他所に、ディートハルトは粛々と続ける。


「しかし無罪放免とはしない。貴様の男孫……確かアルマの三つ上とか言っていたな。そいつをアメルハウザー公爵家の分家筋に養子として貰う」

「っ……!? そ、それは……」

「こちらから譲歩はしない。……ああ、心配せずとも別に冷遇するつもりはない。むしろ才覚を示せば相応に取り立ててやる。随分と寛大な処置だとは思わないか? グランツ卿」


 アルマにはこのやりとりにどこまで裏の意味があるのか、正確には分からない。

 しかしグランツ卿の顔を見るに、その要求が彼にとっては非常に厳しいものだということは簡単に理解できた。

 しかし口は絶対に挟まない。ディートハルトの判断に任せると決めたのだから。


 しばしの沈黙の後、年齢以上にドッと老け込んだような声で、グランツ卿は言った。


「……承知した。近いうちに正式な場を設けさせて貰おう」


 ――こうして、アルマにとって長かった夜が、ようやくの終わりを迎えたのだった。


ギリギリ昨日更新に間に合わなかった……すみません!

日曜日も最低もう1話は更新しますのでよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] そこまで計画してたのに、クラリスは何故一緒に来なかったの?無責任極まりなくない??飲みのもののせいで体調が…とゆーなら、ディーにその時点で伝えるべきでしょう。 ミーシャも救える技量がな…
[良い点] 答えあわせにアルマが同席できてよかったです。 [気になる点] エリーチカじゃなくて、囮が自分でよかった、ってアルマちゃん言ってますが、それはアウトですよー 普通に考えて、子供を大人の代わ…
[一言] 直系筋を取り上げて真綿でゆっくり確実に首絞めるんですね分かります。 今後もアルマと関わるなら、真綿を握るディーの手がうっかりキュッとならないように最新の注意が必要ですね。ご愁傷さまです。
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