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アルマ、対峙する(1)


 アルマが意識を取り戻して最初に目にしたのは、自分が転がされているベッドの白いシーツだった。


「っ……!」


 嗅がされた薬の影響なのか、頭の芯がグラグラとして視点が上手く定まらない。

 それでも小さく呻きながら現状を確認しようと身じろぎをするアルマだったが、本格的に動く前に部屋の中に居た人物が話しかけてきた。


「……申し訳ありません、アルマ様」


 ハッとして声がした方へと目を向ければ、そこには苦痛を受けたような表情で謝罪を口にする、オレンジ色の髪をした女性の姿があった。アルマはその顔を数秒じっと見つめた後に、ようやく口を開く。


「……ミーシャさん、どうしてこんなことを……?」


 そう、オレンジ色の髪をしてはいるが、彼女は間違いなくグランツ辺境伯家の護衛女性ミーシャだった。普段の赤みがかった茶髪ではないのが不思議だが、顔の造形と声から彼女であることは疑いようもない。


「これには事情があるのです。騒がずにお聞きいただけますか?」

「……いきなり拉致して縛ってベッドに転がすに足る理由があるということでしょうか?」


 返答が皮肉交じりになってしまったのも仕方がない。視線を自分の身体へと向ければ、ご丁寧に手首と足首が縄できつく縛られているのだ。これで友好的な態度が取れるほどお人好しではない。罵倒しないだけ褒めて欲しいぐらいだ。


 そう内心で毒づきつつ、アルマは器用に腹筋を使って上半身を起こす。

 幸い衣服に乱れはないし、靴も履いたまま。寝かされていたベッドは一人用の小さなもので、そのまま室内に視線を走らせると、どうやら使用人などが使う仮眠室のような場所だと知れた。

 そこまで確認したアルマが再び視線を戻すと、ミーシャが悔いるような顔で俯いている。


「アルマ様をここにお連れした理由は……()()()()()()()()()()()()()()()()

「――どういうことですか? なぜ、貴女がヨルダンの命令に従っているのですか?」

「それは、私の真の主がヨルダン様だからに他なりません」


 その告白にアルマは目を見開き、息を呑んだ。

 だが、すぐに我に返ると浮かんできた疑問をそのままミーシャへとぶつける。


「つまり、貴女はグランツ辺境伯家に潜入したヨルダンのスパイだったということですか? エリーチカ様の護衛についていたのも、ヨルダンの指示だったと?」

「……ええ、その通りです。ヨルダン様はエリーチカ様をご所望でした。ですので、私がグランツ辺境伯家に護衛として入り込み、機会を窺っていたのです」


 そう口にするミーシャの顔は硬く暗い。

 まるで罪悪感に押し潰されそうな者のする顔をしている。


「ではそのエリーチカ様は今はどこに? 無事なのですか?」

「夜会の開始早々に、エリーチカ様は私のもとへと来られました。どうにも気分が優れないと。ですので今は、グランツ辺境伯家の他の護衛の者と共に休憩室で休まれているはずです。いなくなったと嘘を吐いたのは貴女の油断を誘うためでした」

「……そう、ですか。良かった……」


 アルマは思わずホッと息をつく。すると途端にミーシャの瞳が大きく揺れた。今にも泣きだしそうなその目を訝し気に覗き込みながら、アルマはさらに言葉を続ける。


「今の話からすると、ヨルダンはエリーチカ様にはもう興味はないということなんでしょうか?」

「――状況が変わったのです。クラリス王女殿下が臣籍降下されたことにより、ヨルダン様の計画は変更されました」

「計画?」

「ヨルダン様はネッケ侯爵家の三男……つまり、家督を継ぐことは難しいお立場です。ゆえに自らに相応しい家柄の女性と婚姻し、その家を掌握することを最大の目的としていました。そうして目を付けられていたのが……」

「エリーチカ様だった、と」

「はい。グランツ辺境伯家は王家の信頼も厚い名門貴族。そして王国の守護の要です。騎士でもあるヨルダン様は、辺境伯家の力を使って第一騎士団の団長の座も同時に手に入れるおつもりでした」


 リーンヘイム王国における辺境伯爵家は、国境を守護する特殊な貴族である。

 他国の侵攻の際に最前線で戦うことを余儀なくされる見返りとして、彼らは時に高位貴族よりも重用される。また戦慣れしていることから騎士団でも特別視される立場だ。現グランツ辺境伯が騎士団の幹部を担っていることからも、騎士団での影響力は計り知れない。

 しかし、そんなグランツ辺境伯家よりもさらに魅力的な相手がヨルダンの前に現れた。


「でも、その計画は変更された……ヨルダンは標的をエリーチカ様からクラリス様に移したということですね?」


 アルマの言葉を、ミーシャが首を縦に振って肯定する。

 臣籍降下し、自らがヘスター公爵となったクラリス。王家の直轄領を治める元第二王女の伴侶になれば、この国において絶対的な権力者になれることは疑うべくもない。


「クラリス様の臣籍降下を知ったヨルダン様は、エリーチカ様への興味を失いました。ですので、そこで私の役目も終わるはずでした……でも、同じタイミングでヨルダン様は貴女に興味を持った」

「……あの、たった数分のやり取りで、ですか? それはあまりにも不自然では……?」


 アルマの当然の疑問に、ミーシャは同情の色を宿した瞳を向けてくる。


「それだけではありません。貴女はディートハルト・アメルハウザー公爵閣下の寵愛を得ている。それがヨルダン様を駆り立てたのです」


 ディートハルトの名前が出てきたことで、アルマは困惑する。繋がりが今一つ理解できない。

 そんなこちらの気持ちを察したのか、ミーシャは補足を加える。


「ヨルダン様は年若くして公爵家当主となり現第二騎士団長を務めておられるアメルハウザー閣下を疎ましく思われているのです。だから、そんなアメルハウザー閣下が大事にしている貴女が狙われたのです」

「…………なんて、くだらない理由なんですかそれは」

「貴女からすればそう思えるかもしれませんが、私はヨルダン様の願いを叶えるだけですので」

「どうして……貴女はヨルダンなんかに仕えているんですか!? 何か弱みでも握られているとか――」


 どう考えてもヨルダンという人物は碌な男ではない。それはミーシャ自身も十分に分かっているはず。ならば付き従っている理由は外的要因なのではないか――そう考えたアルマから出た言葉に、ミーシャは少しだけ悲しそうに微笑みながら首を横に振った。


「……愛しているのです、ヨルダン様を。酷い人だと分かっていても、私はあの方をお慕いしている。だからどんな汚い仕事も命令も遂行するの……子供の貴女には、理解出来ないかもしれないけど」


 理屈ではなく、ただただ愛する人のために。

 間違っていると分かっていても、諫めるのではなく一緒に間違った道を歩む。


「この髪もね……ヨルダン様がオレンジ色の髪の女性を抱きたいと仰ったから、染めたの。流石に婚姻する気がなくなったエリーチカ様には手を出せないから、その代わりとして」


 そう言って自らの髪を弄ぶミーシャに、アルマは堪らず絶句した。

 あの日、あの中央大通り(セントラルストリート)でヨルダンと一緒にいた人物は、このミーシャだったのだろう。

 想像もしていなかった真実に打ちのめされながら、それでもアルマは奥歯を強く噛みしめると、


「ッ――今からでも遅くありません。わたしを解放してください」


 ミーシャに向かって説得を試みる。


「無駄ですよ。何を言われようとも、私はヨルダン様の命令に従うだけです」

「わたしがいなくなった時点で、おそらくディートハルトさまが動いています。ヨルダンが何をしようと、ディートハルトさまには勝てない」


 アルマは断言する。今この瞬間も、おそらく彼は自分を探しているだろう。

 ここが何処だろうと、きっとディートハルトは見つけ出す。

 それに、アルマだってただ手をこまねいて待っているだけのお姫様ではない。


 手足を縛られた圧倒的不利な状況だろうが関係ない。

 数多の戦場で死線を潜り抜けてきた記憶を持つ自分に、この程度の苦境など恐れる道理はない。

 とにかく時間を稼ぎ、反撃の機会を窺う。

 

 どこか昏く憂いを帯びた目でこちらを見続けるミーシャと対峙しながら、アルマはグッと両手の拳を強く握りしめた。


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― 新着の感想 ―
[一言] この護衛女性、最初から行動に違和感があったので今回のことで納得しました 悪人ではないんでしょうが、やってることは極悪 彼女の最後はスッキリした形のものにしていただきたいと願っています! 
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