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アルマ、夜会へ行く(3)


「――皆様、ご静粛にお願いいたします。第二王女クラリス殿下のご入場でございます」


 進行役を務める者の言葉に、会場内の視線が大広間最奥の大扉に集中する。

 そこに現れたのは、エスコートも付けず堂々とした態度で闊歩する美しい女性だった。

 淡い金色の髪とエメラルドの瞳が特徴的な彫の深い端正な顔立ちは王家特有のもの。身長は女性にしてはかなり高く、すらりとした線の細い体型をしている。

 実年齢は十七歳のはずだが、その風貌や纏う威厳は支配者然としており、人を従えることに慣れた気配を感じさせた。


 彼女は王族専用に設けられた雛壇へと迷わず進んでいく。

 ピンと伸びた背筋と凛としたその表情は、異性のみならず同性からも熱い眼差しを恣にしていた。

 そんなクラリス王女の後に皇太子夫妻、国王夫妻も入場すると、いよいよ夜会の開幕が宣言される。


 通常であれば国王陛下からの開会の挨拶があるところだが、何故か立ち上がった国王陛下の横にクラリス王女が進み出てきた。会場内の一部貴族がわずかに騒めく中、杯を手にした国王陛下が威風堂々と高らかに声を上げる。


「皆の者、本日はよう集まってくれた! 今日はそんな諸君に重大な発表がある――クラリス、前へ」


 陛下の言葉に従い、一歩前に進み出たクラリス王女は、会場中からの視線を一身に浴びながらも一切臆することなく嫣然と微笑んだ。そこへ陛下が言葉を重ねる。


「本日をもって第二王女クラリスは臣籍降下とし、公爵の爵位を与える。今後は王家直轄領の一つであるヘスター領の領主となり、クラリス・ヘスター公爵を名乗ることを許す。議会の承認は得ているが、今一度問おう。――異論のある者はおるか?」


 静まり返る会場内からは、反駁の声など上がるはずもなく。

 アルマがざっと目を走らせた感じではこの情報を事前に知っていた貴族も多かったようで、知らなかった者たちは驚きの表情を、知っていた者たちは落ち着いた表情をクラリス王女へと向けている。


「異論はないようだな。それではクラリス・ヘスター公爵よ、皆に挨拶を」


 その言葉に軽く顎を引くと、第二王女――否、今をもってヘスター公爵となったクラリスがその紅い唇をこの会場に来て初めて開いた。


(わたくし)が姉のように他家へ嫁ぐことなく、自ら公爵の地位を賜ったことを疑問視する者は多いかと思う……だが、父も議会も納得の上での決断ということは理解して欲しい。今後は王族ではなく国に忠義を尽くす臣民として、我が身を賭して国に貢献することを誓約しよう」


 自信と覇気に満ちたその宣誓に会場中が息を呑む。

 アルマも例外ではなく、クラリスから目が離せなかった。一般的な臣籍降下ではなく、自らが責任ある地位と領地を得るという選択は、並大抵の決意や覚悟では出来ないことだ。特に我がリーンヘイム王国は男性に比べ女性の地位が低い。だからこそ、クラリスが公爵位を賜ることには色んな意味を持つ。


 きっと彼女は、新しい時代を作るための先導者となるつもりなのだろう。

 決して楽な道ではないと理解した上で。


 ふいに、すぐ近くから拍手の音が聞こえてきてそちらへと目を移す。

 すると手を叩いていたのは、他ならぬディートハルトだった。彼は無表情ではあるものの真っ直ぐにクラリスを見ながら、今回の叙爵と彼女の言葉に対しての賛意を示している。

 貴族間において絶対的な影響力を持つアメルハウザー公爵が率先して動いたことで、自然と場の空気が整っていく。

 やがて会場中から惜しみない拍手がクラリスへと送られたのだった。


 その後、改めて陛下より開会が宣言され。

 周囲が談笑に花を咲かせる中、あまり目立たないよう壁際へと移動したアルマは当然のように自分の横を離れず誰からの挨拶を受けることも、逆に挨拶をしに行くこともしないディートハルトへ小声で話しかけた。


「クラリス様の叙爵について、予め知っていらっしゃったんですか?」

「ええ、勿論。今回の件では根回しにもいくらか協力しました」


 さらりと答えたディートハルトに、アルマは目を丸くする。


「ど、どうして……?」


 思わず素で質問してしまったアルマを、彼は可笑しそうに見つめながら言葉を返す。


「彼女とは少しばかり取引をしましたので。使うかどうかはともかく、手札は色々とあって困るものではありませんしね」

「取引……それって、どんな? 危ないことしてないよね?」


 王族との取引と聞いて不安を覚え、ディートハルトの身を案じてお節介と知りつつも思わず問いかけてしまう。そんなアルマの態度に、彼はタンザナイトの瞳を柔らかく細めた。


「あまりここでする話ではないので、これについても後ほど話をしましょうか。ただ、アルマにとって不利益になるようなことはありませんのでご安心を」


 ディートハルトの含みを持たせた発言をじれったく感じていたその時だった。ふいにアルマは周囲が放つ困惑の気配に気づく。それが自分から見て右側――つまりディートハルトが立っている方向――に集中していることを察知し、アルマが首を傾けて原因を確認しようとすると、


「――ディートハルト!」


 ほぼ同じタイミングで、良く通る美声が耳朶を打った。

 そして視界が先ほどまで壇上で衆目を集めていた渦中の人物クラリスを捉える。名を呼ばれ彼女の方を顔だけ振り返ったディートハルトの表情は分からなかったが、クラリスは満面の笑みを浮かべながら両腕を大きく広げてこちらへと近づいてくる。

 どう考えてもそのまま相手に抱きつくような体勢に、アルマが咄嗟にディートハルトの服の裾を握りしめた瞬間――


「ああ! 君がディートハルトの可愛い子だな! 会えて嬉しいよ!!」

「へあっ!?」


 ――がばり、と。

 クラリスはディートハルトをまるっと無視(スルー)して、あろうことか()()()()ぎゅうっと抱きしめたのだった。


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