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アルマ、夜会へ行く(1)


 一人では決して着られないダークブルーのドレスを身に纏い。

 銀の髪を結い上げてドレスと共布のリボンで飾り。

 年齢を考慮してメイクは控えめだが清楚に取りまとめ。

 首元を彩るのは煌く星々のようなカナリーイエローダイヤモンドのネックレス。

 最後に高いヒールにも関わらず歩きやすく調整されたパンプスを履けば、戦闘準備は万端となる。


 かくしてアメルハウザー公爵家が誇る一流の侍女たちによって仕上げられたアルマは、


「…………化けたなぁ」


 自分の姿を全身鏡で見分し、しみじみと呟いた。見た目だけならどこへ出しても恥ずかしくないご令嬢っぷりである。本当は孤児の平民だが。

 そこへ侍女の一人が達成感に満ちた笑みを浮かべつつ拳をグッと握りしめる。


「こちら衣装などはすべてディートハルト様の見立てですが、本当にアルマ様に似合うものを熟知されているのだと感服いたしました。それに我々もなかなかお嬢様を飾り立てる機会に恵まれておりませんでしたので、大変楽しゅうございましたわ!」


 残りの侍女たちも首を縦に同調するので、アルマは気恥ずかしさで頬を赤く染める。

 するとタイミングよく扉がノックされた。返事をすればこちらも支度を終えたディートハルトが悠々と姿を現す。

 黒地に銀が混じる上質な生地で仕立てられた夜会用の正装に身を包んだ彼はアルマを視界に収めると、何やら考え込むように口もとに手を当てて眉を顰める。


「えっと……ディー、何か感想とかないの?」


 流石に似合っていないことはないと自分でも思っている手前、微妙な聞き方になってしまった。

 それでもやや不安な面持ちになるアルマに、ディートハルトは真剣な表情で嘯く。


「いえ……あまりにも似合いすぎていて、僕以外の人間に見せるのが惜しくなっただけです。……流石に、今から別の装いにするには時間が足りないよな?」

「旦那様……我々は最高の仕事をさせていただいたと自負しております。いくらアルマお嬢様がお可愛らしすぎるとはいえ、それを翳らせろというご命令は承服しかねますわ」


 珍しく抵抗の意を表した侍女に、ディートハルトが「まぁそうだよな」と腕を組んで溜息を漏らす。

 身構えて損したアルマは内心で脱力しつつも、トコトコと彼のもとまで歩いていった。


「ディー、褒めるならもっと分かりやすく褒めて欲しいんだけど……」

「ああ……失礼しました。とても美しいです、アルマ。本当に誰にも見せたくないほどに」

「ん、ありがとう……ディーもその正装、凄く似合ってるよ! あ、でも絶対会場で目立つだろうし、ダンスの申し込みが殺到するんじゃない?」


 ストレートに褒められた照れを紛らわしつつ、少し意地悪な気分でニヤニヤしつつそう口にすれば、


「……では、今宵はアルマが僕を独占していてください。決して、この手を離さないでくださいね?」

「っ……!!」


 右手を掬い取られ、さらに蕩けるように微笑まれて見事返り討ちに遭う。

 後ろに控える侍女たちからの生暖かい応援の空気をなんとなく感じながら、


「…………幼女趣味って噂されても責任取れないんだからね……」


 アルマは可愛げのない言葉を顔を真っ赤にしながらモゴモゴと口にし、ディートハルトの手を握り返したのだった。


 そうして二人して本日の夜会の会場となる王城へと馬車で乗り入れる。

 日はほとんど沈みかけており、ひんやりとした夜の空気が肌に心地いい。招待状のチェックを終え、通された先は王室が誇る大広間。会の開始にはまだ少しあるとのことで、何をしてても大いに目立つディートハルトの陰に隠れながら周囲をつぶさに観察していたアルマは、ほどなく見知った顔を発見した。

 同時に向こうもこちらの視線に気づいたのだろう。驚きに目を見開きつつ、アルマたちの方へと近寄ってきたその人物は、上から下まで視線を動かしたのちに感慨深く呟く。


「…………化けたなぁ」

「やっぱりそう思うよね……!」


 本日の夜会の警備を担当するダグラスの言葉に、アルマは声を抑えつつも共感でもって応じる。


「いや自分で言うのかよ……でもホントに良く似合ってるぞ。どっからどう見ても貴族のお嬢様だな」

「ありがとう! そう言って貰えるとホッとするなぁ」

「いや、でも少し目立ちすぎるのは考えものかもなぁ……団長も相当だが、アルマお前、さっきから見られてるのは気づいてるだろう?」


 ダグラスの指摘通り、先ほどから複数の視線を常に浴びせられている事には勿論気づいている。騎士であるアルマはもともと視線には敏感な性質なので、害意さえなければスルーする方針だが。

 一応、他者に聞かれても問題ないように言葉を選びつつ、アルマはひそひそとダグラスの問いに答える。


「確かに視線は感じるけど、わたしが注目されてるのは『ディートハルトさまが連れてる見慣れない子供だから』っていうのが大半だと思うけどね?」

「……それにしちゃ、ちょっとばかり男からの視線も煩いけどなぁ」

「まったくだ。煩わしいことこの上ないな」


 ディートハルトが珍しくダグラスに同調し、不機嫌を隠さずに吐き捨てる。しかしそんな態度を見せても周囲の女性たちは「素敵」「かっこいい」「ああ、詰られたい」などと囁き合う始末。

 それでも誰一人として彼本人には話しかけてはこないところを見るに、普段のディートハルトの夜会での立ち位置が窺える。つまり、大多数の女性からするとディートハルトは観賞用ということだろう。


「……ディートハルトさまって、いつもこのような態度で夜会に出ているのですか?」

「そもそも夜会自体を好まないので、よほどの会でなければ欠席のことが多いですが。必要に迫られて出席する際は、大抵クラリス王女のパートナー役を務めていますね」


 クラリス王女の名前が出るたびに、アルマはほんの少しだけ緊張する自分に既に気づいている。

 今この場でディートハルトにクラリス王女との関係を尋ねるのは容易い。だが、想定外の答えが返って来た時に平静でいられるかと問われれば、いささか自信がなかった。


 ――知りたいけど、知りたくない。

 矛盾する自分の感情を持て余し気味なアルマがしばし言葉を詰まらせていると、


「おお! アルマよ、ここに居ったか!」

「お祖父様! 声が大きいですわ!! 恥ずかしい!」

「そういうエリーチカも声はデカいと思うがなぁ」


 唐突に、そんな会話を繰り広げながら。

 グランツ辺境伯およびその孫娘エリーチカが、アルマたちのもとへ堂々と近づいてきたのだった。

 

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