表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/60

アルマ、デートをする(3)


 やがて日は完全に落ち、夜の帳が下りてくる。

 ディートハルトからのアプローチにより精神的にかなり消耗したアルマは、


「……そろそろ屋敷に戻らない? 明日も早いし」


 と、実質的な降参宣言をした。これ以上一緒にいると冗談ではなく心臓に悪い。

 しかしディートハルトは珍しく頷いてはくれなかった。


「もう一か所だけ、お付き合いいただけますか?」

「……どこへ?」

「たぶん、アルマが喜んでくれそうなところです」


 その意味深な笑みにアルマは疑惑の目を向ける。だが、結局折れたのはアルマの方だった。

 差し出されたディートハルトの手を握り返し、二人は再び歩き出す。

 目的地まではさほど時間は掛からなかった。

 アルマはディートハルトが立ち止まった店を見上げる。焦げ茶色のレンガ造りのその店はこじんまりとしていて、この大通りではあまり目立たない類の外観だった。木製の扉の上部、ランプに照らされた鉄製の看板は――剣と盾をモチーフとした意匠。


「ここって……鍛冶屋さん?」


 アルマの言葉に視線だけで是と返し、ディートハルトが扉に手をかける。

 店内も外観同様にあまり飾り気はなかったが、代わりに壁面や棚などには剣や槍などの武器、様々な形の盾、胸部鎧や全身鎧などが数多く展示されていた。


「うわあああ……ね、ねぇディー! ちょっと色々と見て回ってもいい!?」

「もちろん、何か気になる物があったら教えてくださいね」


 ディートハルトの手を離れ、アルマは店内をじっくり鑑賞し始める。

 騎士としての性分からか、武器や防具の類を見るのがアルマは好きだった。アルマが主に使うのは剣だが、槍や弓を眺めるのも好きだし、防具の性能にも非常に興味がある。本音を言えば手に取って確かめてみたかったが、今の身体には不釣り合いだとも分かっているので、それは流石に遠慮した。

 店内には装飾剣の類も置かれており、こちらは美術品のような扱いだろう。

 確かにディートハルトの言う通り、ここはアルマにとってテンションが思わず上がる場所だった。


 そうして店内をぐるりと回りながら楽しんでいると、


「アルマ、ちょっといいですか?」


 ディートハルトが呼び掛けてきた。そこで声がした方を向くと、彼はその手に布で包まれた細長い物をふたつ持っていた。左手に持つのはアルマの身長くらいの長さのもので、右手の方はその三分の二程度の長さのものだ。サイズも右の方が一回り細く見える。


「――どうぞ、受け取ってください」


 そう言ってディートハルトは右手に握っていた方をアルマへと差し出した。

 素直に受け取れば、持った時の感触でアルマがこれがなんであるかを理解する。心臓が自然と鼓動を早めるのを感じながら、アルマはディートハルトに尋ねた。


「……今、見てもいい?」

「勿論です。それはもう貴女のものですから」


 布をめくって中を確かめる。

 そうして出てきたのは、ダークブルーに金装飾が施された鞘に収まった一振りの西洋片手剣(ロングソード)だった。好奇心が抑えきれずに柄に手をかけて鞘から抜くと、白銀の刃が店内のランプの光を反射して美しくと輝く。

 今の自分の体格でも無理なく抜くことが出来たことから、これがアルマに合わせて造られた特注品であることは明らかだった。重さも軽すぎず重すぎず、実に手に馴染む。

 思わず言葉を失いながら、アルマはディートハルトへと視線を向けた。

 すると彼は悪戯が成功した子供のような顔で、笑う。


「気に入っていただけましたか?」

「っ……なんで、いつの間に用意してくれたの?」

「貴女と再会した後で、記念に何か贈りたいなと考えた時に最初に思い浮かんだのが剣でした。いざという時のお守りにもなりますし」


 そう言いながら、彼は自分が握るもう一振りの方の布を払う。

 出てきたのは予想通り西洋片手剣(ロングソード)。だが、鞘の意匠は白銀に赤の装飾と、アルマが持っているものとは色違いになっていた。

 そこで気づく。

 アルマが持つ方の鞘の色がディートハルトの色であり、彼が持つ鞘の色が自分の色であると。

 不思議と恥ずかしいとは思わなかった。

 ただ、ディートハルトがこの剣と鞘に託した想いを感じ取って胸が熱くなる。


 守られるだけの人生は嫌だ。前世も今世も、誰かを守れる強さを持った人でありたい。

 だって自分(アルマ)は、何よりもディートハルトの未来を守りたいのだから。

 これはきっと、そんなアルマの意思(わがまま)を尊重してのもの。

 そして同時にディートハルトもアルマを守りたいと願うからこその、対の二振りなのだと。


 自然と涙腺が緩むのを感じ、アルマはきゅっと唇を噛みしめた。ここで泣くのは似合わない。

 伝えるべきは、きっと、


「――ありがとう、ディー。本当に、すごく嬉しい……ずっと、大切にするね……っ!」


 笑顔と、感謝の言葉だから。

 剣を鞘に戻しながら、アルマは頬を染めながら柔らかく微笑む。

 するとディートハルトは一瞬、どこかぎこちなく固まった後で、


「……喜んでもらえて何よりです、が……あまり無防備に可愛い顔しないでください。…………抱きしめたくなるので」

「ん? 何か言った?」


 後半の音が拾えずに尋ねれば、ディートハルトは何故か苦笑いを浮かべながら首を振った。


「いいえ……では、屋敷へ帰りましょうか」


 ディートハルトのその言葉で店外へ出ると、夜風がひときわ強く吹いた。

 それでアルマが慌てて髪を押さえた時――突然、ディートハルトがアルマの腕を強引に引っ張った。


「っ……!?」

「――静かに」


 そのまま彼はアルマの口を大きな掌で覆うと、大通りから死角になる鍛冶屋と隣の店の間の狭い路地に身を潜める。必然的にディートハルトに抱き込まれる形となったアルマが首だけ動かして彼の顔を窺うと、その視線は自分にではなく大通りの方へと向いていた。

 アルマは彼の視線の先を追う。そして、ディートハルトの強行の意味を理解した。


 そこに居たのは二人の人間。一人は小柄だがフード付きのゆったりとした外套を着ているため、性別は分からない。しかしもう一人の方はしっかりと顔が確認出来た。

 アルマも見覚えのあるその顔は――


「……ヨルダン・ネッケ、ですね」


 低く囁くような声でディートハルトが呟くのに、アルマが首肯する。

 幸い向こうはこちらに気づいた様子はなく、フードの人物と何やら近距離で会話をしている。

 残念ながら会話の内容までは分からない。が、ヨルダンの表情は遠目からでもはっきりと分かる程、上機嫌だった。ニヤニヤと口もとを歪めるヨルダンは、やがてフードの人物の肩をやや強引に抱き寄せると、そのまま大通りの南の方へと歩き出す。

 その時、アルマは驚きに目を見開いた。


 一瞬だけフードから零れた長い髪。その色が――鮮やかなオレンジ色だったからだ。

 そこから連想されるのは、今日わざわざ忠告に来てくれた高慢だけど素直なご令嬢の姿で。


 見間違いかもしれない。

 だが、偶然で片付けるには少しばかり出来すぎているような気がした。


 二人の後ろ姿が小さくなったところで、ディートハルトはアルマの口もとから手を外し、路地から大通りへと出た。そしてアルマの乱れた髪を丁寧に手櫛で直しながら、彼は言う。


「――夜会が楽しみだ、と言っていましたね」

「え? もしかして、あの人たちの声が聞こえたの?」

「いえ、ヨルダンの口の動きを読みました。大半は分かりませんでしたが……」


 そう答えるディートハルトの声は硬い。

 アルマは貰ったばかりの剣を両手で胸に抱きながら、


「……どちらにせよ、彼が夜会に来るなら好都合かも。狙いが何か分かれば対処も出来るし」


 出来るだけ冷静にそう口にする。

 さらにアルマはディートハルトの目をしっかりと見据えながら言葉を続けた。


「夜会――まさかわたしを置いて行ったりはしないよね、ディー?」


 最後ににこりと笑って見せれば、難しい顔をしていたディートハルトがふっとつられたように表情を和らげる。肩の力を抜いた彼はアルマの頭を優しく撫でると、ため息交じりの言葉を吐き出した。


「まったく……大人しくしてはくれませんね、貴女は」

「うん、それがわたしだからね。幻滅した?」

「まさか。どこまでもお付き合いしますよ、それこそ戦場でも地獄でも」

「それは心強い! ふふっ……ちょっと夜会が楽しみになって来たかも」


 強がりではなく心からそう思えるのは、きっとディートハルトと一緒だから。

 それを素直に認めながら、アルマは「さ、帰ろう」とディートハルトの手を引いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 事件=ラブコメの波動
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ