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ヴェーラ魔獣事件から二週間ほど経った。
ヴェーラの脱獄、闇の組織の壊滅など世間を騒がせた話題がようやく鎮静に向かった頃、王宮から私に一枚の呼び出しを命じる手紙が送られてきた。
「師匠、今回はどんなことで呼ばれるんですか?」
「今回は一連の事件で捕まった者たちの判決が下るんだ。ユリアは色々手伝っているから呼ばれたんだろう。案外褒美ももらえるかもしれないね」
「という事は一度家に戻った方が良さそうですね」
「そうだね」
家に戻ることを考えただけで気が重い。ジョナスが真面目に勉強を取り組み始めている分マシなのかもしれない。
これから我が家はどうなるのかしら。
私はランドルフ様の爪を切り、ブラシを掛けた後、いつものように登校した。
学院はいつも通りに授業が始まり、いつも通りに授業が終わる。ただクラスメイトは落ち着かない様子だった。
今回の判決は貴族の前で行われるため、爵位のある成人した貴族が参加するのだ。皆、思い出したかのように顔色は悪い。
そうして判決が下る日。
私は少し早めに準備し、ランドルフ様の食事を終えた後、自分の家に向かった。
「お帰りなさい、お嬢様。すぐにお部屋の方へ」
「わかったわ」
玄関で待ち構えていた侍女たちに連れられて自分の部屋に入る。舞踏会とは違うため時間もあまりかからないはず。
侍女たちによって予め選ばれた数着のドレスの中から今日着ていくドレスを選んだ。華美にならないものを選び、髪もしっかりと編み込み、化粧もばっちりだ。
「傾国の美女とはお嬢様のことですね!」
一人の侍女がそう口にすると他の侍女も同意している。
「もうっ。そんなことないわ。でも嬉しい、褒めてくれてありがとう」
時間も迫ってきているため急いで私は玄関ホールに出る。今回は両親と私のみの参加。ジョナスはまだ十四歳で成人していないため参加できない。
「ユリア、元気にしていたかしら?」
「お母様、お久しぶりです。この通り元気にしていました」
「今日は家に帰ったら一緒にお茶をしましょう?」
「わかりました」
「さあ、しゃべっている時間はない。急ごうか」
母と違い父の顔色はあまり良くない。
我が家は派閥争いに加担していなかったから影響はないけれど、これからのことを考えて慎重に動かなければいけないのかもしれない。
私たちは馬車に乗り、会場まで足を運んだ。
「ユリア・オズボーン様、こちらへどうぞ」
私は両親と一緒に会場の入り口で呼び止められた。その他大勢というわけにはいかないらしい。
「ユリア、呼ばれたぞ。行ってこい」
「……わかりました」
「ああ、これが終わったら一度家に戻って来なさい。話がある」
「はい」
えーどんな話しだろう?
また婚約の話しかしら?
なんて思いつつ両親と別れ、従者の後を付いていき、着いたのは会場の袂の控室。
そこには騎士団の団長や大臣、宰相などこの国の顔である彼らは礼装していた。
大臣たちは政務について雑談をしている様子。
「ユリア、こっちだよ」
名前を呼ばれて振り向くとそこには礼装したジョーン師匠とジャンニーノ先生がいた。
「うっ。眩しい」
礼装した師匠は王子様然としている。ジャンニーノ先生も普段からかっちりとした王宮魔法使いの服を着ているけれど、礼装した姿は令嬢から熱い視線を送られてもおかしくない。
「ユリア、今日は会場で一番の美姫だね。野獣の群れが襲ってくるかもしれない。気を付けるように」
「ふふっ。ご冗談を。先生たちも令嬢にもみくちゃにされそうですね」
「そうだね。楽しみだ」
先生は煩わしそうだと言わんばかりの表情だけど、師匠は満面の笑みだ。




