34 ジャンニーノside
「パロン先生、彼女に夢見の魔法を使っていたのですね」
「あぁ、そうだ。当時、彼女はまだ幼いながらも死にたいと願うほどに辛い経験をしたようだった。彼女から詳しい話を聞いたかい?」
「おおよその流れは聞きました」
「彼女は殿下の命令で、愛する殿下が見ている前で男たちに嬲られた。それが大きな傷になっているんだ。夢見の魔法ではその事を忘れるように昼夜問わず三年間ずっと魔物と戦い続けていたんだ。魔力量がずば抜けているのも納得いく結果だ」
「彼女の魔力量なら三日間の深い眠りに就かなくても良いはずなのに何故、眠りに就いたのか分からない」
ジャンニーノはパロン先生に疑問を投げた。
「ユリアお嬢様は本当に優しい。普段から我慢をし続けているのだろう。
心の傷はまだ癒えていない。自分で思い出さないように蓋をしているのだ。領地に居た時は元気に走り回っていたとエメから聞いている。
王都に戻ってきて、傷が刺激され続けている。
魔力をいつもより消費したのを切っ掛けにして無意識に心を守るために眠りに就いたのだろう。
できるなら王都から離れた生活をしたほうがいいのだが、貴族であるうちは仕方がない」
「あぁ、だから魔法使いとして他の国に行きたいと言っていたのか」
「ユリアお嬢様は平民になることを望んでいる。一人で生きていくために今は様々なことに挑戦しているのだよ」
「やはり王子が邪魔だ」
「そう、苛立たんでも。もとより病のために婚約者候補から外れていたんだ。
私は王子の方も気になるがな。まぁ、今回君が倒れたユリアお嬢様を医務室に連れて行った。
このことは王家に報告がいっているだろう。これが決定打になるかもしれんな。ただ、国一番の魔法使いを手放すかと言われれば……だろうがな」
ジャンニーノはパロン先生と少し話をした後、王宮へ戻りとある場所へと向かった。
「……入れ」
ノックした扉から聞こえてくる声。ジャンニーノはずかずかと部屋に入っていく。
「ランドルフ殿下、先ほどはどうも」
「ジャンニーノ、君がここに来るなんて珍しい。どうしたんだい?」
殿下は話をする。
「報告が上がっているとは思いますが、ユリア様が倒れました」
「あぁ、聞いた。心配だから明日、見舞いに伯爵家に向かおうと思っていたんだ」
「……それは止めておいた方がよろしいかと」
「なぜ?」
「理由はわかりませんが、精神的に負担が掛かっていたようです。医師も今は静養が必要と診断が出ております。中庭で殿下は何か仰ったのですか?」
「ユリア嬢と婚約したいと言っただけだよ」
あえてランドルフ殿下に中庭の事を話す。
彼は過去の記憶はないのだろうか?
だが、ここまで人に執着を見せなかった殿下が彼女に声をかけるのは気になる。
「王宮に呼ばれただけで倒れるのであれば殿下の婚約者には望ましくない。殿下が望んでも他の婚約者候補は納得しないでしょう。
そんな中、伯爵家に殿下が向かってしまえば、殿下との婚約を望んでいる令嬢達からしたらユリア嬢は邪魔者。
攻撃の対象になるでしょうね。彼女の事を思うのであれば手紙だけにすればよいのでは?」
私からすれば手紙も燃やしてしまいたいが。
「……」
ランドルフ殿下は青白い顔をしている。
過去を思い出しているのか、はたまた自分が望む相手を攻撃されることを想像したのかは分からない。
まぁ、どちらにせよユリア様に近づく事は許さない。
「私からの報告は以上です。では」
私は殿下の顔色などお構いなしに部屋を出て自室に戻った。
ふうっ、と一息を吐きながらカウチソファに寝っ転がる。
……ユリア・オズボーン伯爵令嬢、か。
私はこれでも王宮の筆頭魔法使いだ。
パロン先生は俺の魔法の師匠でもある。幼少期に馬車に跳ねられ大怪我をした。その時に治療をしてくれたのがパロン先生。
俺は貧乏子爵家の次男だったため、普段怪我をしても高名な医者には掛かれない。
たまたまその場にいた先生が俺の治療をしてくれたんだ。
パロン先生は平民向けの治療院をしていたのだが、治療の技術はとても高く、回復することが出来た。
俺はその治療の技術に感銘を受けて先生の元に通い、魔法の訓練をし、こうして筆頭魔法使いになることができた。
そのパロン先生から直接教えてやってくれと要請がきた。正直、なんで王宮魔法使いの俺が、と高を括っていたのはある。
どうせ貴族相手だから俺が呼ばれたんだ。適当に教えればいいか、とすら考え、簡単に思っていた。
だが、彼女に会って俺は衝撃を受けた。
十三歳になる令嬢が今まで文字を覚えていないと聞いていたのに学院卒業までの知識を持っている。心の病で領地の奥にいたはずなのに物覚えもいいし、穏やかで癇癪一つ起こさない。
そして魔法に興味を持っている。
俺の興味は一気にユリア様に移った。
教えを請う姿は本当の妹のようで可愛く思える。領地にいた時の話は詳しく聞いていないが、剣や魔法を使い従者と魔獣を退治していたとか。
貴族の令嬢が魔獣退治。
実に面白い。
学院が始まると、俺は王宮の仕事を退屈にこなすだけだった。たまに彼女は分からない課題や魔法の構築方法について思いついた事を紙に書いて俺に送ってきた。
俺の考えと違って彼女の発想は面白い。
歳を感じさせないその考え方が俺にとっては新鮮で仕方がなかった。『もっと彼女と魔法について討論してみたい』俺の中の欲求は深まるばかりだ。
そんな中、彼女からの緊急メッセージが届いた。
王宮の中庭で魔獣が出たと。




