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102 フィールと焼き物王子

フィール嫁入り前の話です(本編開始より前)

 フィールは目の前に置かれた粘土を見ながら、真剣な表情でろくろを回していた。


 足でろくろを回しながら粘土に手を入れると、だんだんと粘土がうつわのカタチに整っていく。しばらく真剣に作業していたとき、緊張しすぎていたせいか、ふいにフィールの手に力が入ってしまった。

 ぐにゃっと粘土のかたちが曲がる。


(あっ……)


 思わずフィールは心の中で叫ぶ。


「こ、これは失敗されたのですかな……?」


 ちょっと戸惑いがちにカランド王国の大臣が言うと、フィールのまわりを囲う人たちの中で、威厳のある白い髭をたくわえたおじいさんがいった。


「いえ、これは失敗ではありませんな」

「といいますと……!?」


 おじいさんはフィールの歪んでしまった粘土を見ると、真剣な表情で語りはじめた。


「この曲がり方。この形。これはプラセ教に伝わる神の像の手の形を模したに違いありません!まさかティーカップにこのような大胆な意匠を盛り込むとは。50年間陶磁器をつくってきたわたしでも思いつかぬ斬新で革新的な素晴らしい発想。さすがはフィールさまです!」

「おおおおおおお!なるほど!」

「きっとティーカップを作るときですら、この世界のことを思いながらおつくりになられてたのね!」

「なんとすばらしい作品なのだろうか!」


 カランド王国の名産である白磁器の巨匠パーパオゼの言葉に、フィールのまわりを取り囲んでいた、この国の大臣や、さらに別の国からわざわざやってきていた王子たち、さらに彼らのお付きの侍女や女官などが賞賛の声をあげる。


 そんな中、フィールは思っていた。


(ただ失敗しただけなんだけどなぁ……)


 いまさら言えるはずもない。言ってしまったら巨匠と呼ばれるパーパオゼに恥をかかせることになってしまう。

 パーパオゼの指導に従って、おとなしく妙な形になってしまったティーカップに取っての部分をつけた。


「おおおぉ、なんという素晴らしい意匠だ!早速、我が国の産品にもこの形を採用させていただきたいと思います!」

「ええ、ぜひともそうしましょう!」


 フィールの失敗作を頭上に掲げながら、パーパオゼと大臣がきらきらした顔で頷きあう。フィールはその姿を困った顔を悟られないようにしながら見た。


 そんなときフィールは一人の青年が、しゃがみこんでることに気づく。

 お腹を押さえて、その場で体が痙攣しているのだ。


(気分悪いのかな……!?)


 フィールは慌てて、その青年へと駆け寄ろうとした。

 しかし、フィールが立ち上がろうとするまえに青年の口から「ぷぷっ」と声がもれる。


 そのときになってフィールは気づいた。青年は痙攣しているのではない、肩を揺らしているのだと。


(もしかして笑ってる!?)


 漏れでた声はだんだんと大きくなり、やがて辺り一帯に聞こえるようになる。


「ぷぅ……くすくす……あはっあははははは!」


 青年はお腹を抱えて大声で笑い出してしまった。とてもおかしなものをみたように目には涙までためながら楽しそうに。

 ただひとりこの場所で爆笑している。


 当然、その場の視線が一気に集まってしまう。


「急に笑い出してなんなんだね君は!」


 フィールについてきていた隣国の王子が、咎める声を青年へと発する。

 すると爆笑していた青年は、すっと綺麗な動作で立ち上がり一礼をすると、王子へとにっこりとした微笑を浮かべ挨拶する。


「これは失礼しました、サンガ王子。私はフォルラントの王子トマシュです。お初にお目にかかります」


 その動きは都会的でどことなく洗練されている。彼の言うとおり、王族の風格がどことなく漂わせている。

 なのに青年の格好は、作業服にエプロン姿。どうみても王子という格好ではなかった。

 そう考えてフィールは自分も今はエプロンを着ていることを思い出した。


「フォルラント……?」

「フォルラントといえば、デーマンの隣にある小国ではないか」

「そのフォルラントの王子がなんでこんなところにいるんだ!呼ばれてもいないだろう!」


(あなたも呼んでないんですけど……)


 トマシュ王子に愛想の悪い返事をするサンガ王子に、フィールは心の中で呟いた。


 フォルラント王国といえばデーマンの隣にある、デーマンよりさらに小さな国だった。特に工業も産業も有名ではなく、歴史もデーマンほどにはない。他国からはあまり重要視されていない国だった。

 外交では有名国とばかりつながりを持ちたがるデーマンとも、あんまり交流があるとはいえない。

 ただ領土といえばフィールの国であるデーマンも五十歩百歩の小国で、それをサンガ王子たちは棚上げにしている。


 フォルラントの王子と名乗るトマシュは、銀色の髪に緑の瞳を持つ、線の細い優しそうな青年だった。容姿はとても整っていると思うのだが、彼の浮かべるちょっとぼやっとした表情からか、見ほれる女性はあんまりいなかった。


「私は陶芸を学ぶためにパーパオゼさまに弟子入りさせていただいてまして。今日もパーパオゼさまの弟子としてこの場に同席させていただいております。ご無礼などがあったら申し訳ありませんでした。サンガ王子」

「お、王子が陶芸家に弟子入り……?」


 フィールはだからエプロン姿だったのかと納得した。

 つっけんどんな態度をとっていたサンガ王子も、トマシュ王子のにっへらとした笑顔と、よくわからないプロフィールに戸惑いの表情のほうが大きくなる。


「申し訳ありませんでしたな、サンガ王子。トマシュは変わり者でして、ときどき突拍子もない行動を取るのですよ。

 それでは私たちはフィールさまの仕上げた素晴らしい作品を焼成する準備に行ってまいりますのでこれにて失礼します。それでは行こう、トマシュ」

「はい、先生」


 そういうとパーパオゼとトマシュは戸惑うこの場の人達を置いて、扉から出て行ってしまった。



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