101
「私情で寮の人員配分を不平等に操作し、剣技試合では東の宿舎が有利になるように画策し、君たちには多大な迷惑をかけてしまった。大変もうしわけない!」
試合を終えて帰る準備をはじめたフィーたちの前で、金髪を大量の整髪料でオールバックにした騎士が土下座をしていた。
それだけ整髪料を使えばオールバックはびっしり整ってるはずなのに、なぜか今は少し髪が乱れている。
「僕からも謝罪するよ。友人だからと甘い対応をずるずると続けて、状況をエスカレートさせてしまったのは僕だ。僕とカーネギスのせいで君たちには迷惑をかけてしまった。もうしわけなかった」
その隣ではトロッコまで土下座している。
その姿にフィーたちは慌てた。
「ぼ、僕たちは別に迷惑なんてしてないですよ?!ねえ!」
「そうそう!確かに東の宿舎のやつらが来たときは面食らったけど、別に口げんかになった程度ですし」
「ああ、別に試合前の小競り合いなんてよくあることですよ」
「寮分けに不満なんてないですよ」
正直言うとルーカとリジルだけはちょっと迷惑だったけど、カーネギスだけでなくトロッコまで謝罪しているのだ。北の宿舎の少年たちとしては言わないでおこうと思った。
「すまない……君たち……。本当にすまない……」
北の宿舎から罵倒どころか優しい言葉を貰い、カーネギスは正座をしたまま俯きながら泣き出した。
遠めに騒いでる様子しか見たことがなかったけど、なんだか憑き物が落ちたような雰囲気だった。
そもそも不正まがいのことをして東北対抗剣技試合に勝利しようとしていたらしいカーネギスだけど、フィーたちとしてはそんな土下座して謝られるほどのことをされた気にはなってない。
なんだかんだで盛り上がったしイベントも楽しんだ。
だから謝られても困ってしまうのだ。
北の宿舎の少年たちは顔を見合すと、みんなで頷いて言った。
「顔をあげてください、カーネギスさん」
「俺たち北の宿舎に入れて良かったと思ってるんです」
「友達もできましたし、毎日楽しくすごしてますから」
「だから選んでくれたトロッコさんには感謝してますし、カーネギスさんのことも恨んでなんかいません」
「だから本当に悪いことなんて何もなかったんです」
その言葉にようやくカーネギスは顔をあげた。
その顔は涙でぼろぼろで、せっかく整えた髪もぼさぼさで怒る気になんてとてもなれなかった。
「君たちぃぃ……」
感極まって何も言えなくなったカーネギスに代わり、おだやかな声でトロッコが言葉をつなぐ。
「ありがとう、ちょっと忙しくてあんまり顔はだせなかったけど、君たちがオーストルの騎士団に、北の宿舎に入ってくれて本当に良かったと思うよ。僕とカーネギスは追って罰をうけることになる。どうなるかはわからないけど、またいつか君たちと騎士生活をともにできることを希望するよ。それじゃあ、カーネギスいこうか」
「ああ……」
そういってトロッコとカーネギスは去っていった。
それからフィーたちが試合会場を出ると、ばったりと東の宿舎のメンバーたちと出くわした。カーネギスがいないのに、みんなけろっとした顔をしている。
それが彼らの本質なのかもしれない。カーネギスは扇動している気になっていたけど、彼らは彼らで好き勝手やってたのだと思う。
ルーカが髪をかきわけながら、相変わらずのキザったらしい仕草で言う。
「今回は君たちにはしてやられたよ。それに僕にとっても大いに勉強になることがあった。君たちと試合できてよかったよ。来年はリベンジさせてもらうけどね」
まだかっこつけているルーカだが、不用意に相手に顔を近づけたり、見下すような仕草はやらなくなっていた。
特にフィーとは何気なく距離を取っている。割りとあれがトラウマになったらしい。
「俺も天才だったがちょっと努力の方向性を間違えてしまっていたらしい。来年こそ正しい努力をして真の天才をみせてやるよ」
リジルは相変わらず自信満々だった。自称天才は変わらない。
でも、ルーカもリジルも相手を馬鹿にするようなことはもう言わなかった。
試合が終わると険も取れたのか、北の宿舎と東の宿舎の人間たちがまざって少し話していくことになった。
試合前は対立してたけど、同じ道場や同じ騎士隊、貴族同士などで縁はあるものだ。
この国で特にコネクションのないフィーは、対戦相手だったルーカと話してみようとおもったけど。
「ちょ、ちょっと君……。それ以上近づくのはやめてもらえないかな……?」
そういわれて2メートル圏内の以内の立ち入りを禁止された。
フィーがそれを破って足を踏み入れると、「ふふふっ……」と余裕を見せようと笑いながらも、脂汗を浮かべて後ずさる。
その後、フィーとルーカの追いかけっこが展開された。
ケリオとレーミエは大集団のすみっこのほうで顔を合わせていた。
「今回はお前にしてやられたよ。来年もし当たったら今日の決着をつけよう」
「うん!来年はちゃんと互角に戦えるように訓練をもっとがんばるよ!」
そういって二人は頷きあった。
そしてパーシルはクーイヌのもとへ。
「クーイヌ。今度は絆の力を発揮した君に勝てるよう戦略も実力も練り直してくるつもりだ。いずれまた試合しよう」
「う……うん……」
クーイヌは絆の力という言葉に、ちょっと微妙な表情で赤面しながらパーシルの言葉に頷いた。
東の宿舎の少年たちとしばらく話、約二名だけは追いかけっこをして、それから別れ、フィーたちも帰路につく。
試合に勝てたし、東の宿舎の少年たちとも険悪な仲ではなくなった。フィーは満足な気分だったけど、ちょっとだけ不満があるのを思い出した。
「そういえば僕、試合ほとんど見れてないや。みんなの試合見たかったなぁ」
ヒスロ教官から説教を受けて、ようやく戻ってきたとおもったら試合の終盤だったのだ。
あわてて応援したけど、そこからすぐに決着がついてしまった。
「ゴルムスもレーミエもかっこよかったらしいね。見たかったなぁ」
「まあ、俺さまの試合は順当過ぎて見る必要もなかったけどな」
「僕は引き分けだったけど、そういってもらえると嬉しいな」
ゴルムスは不敵な顔で、レーミエは嬉しそうな顔で笑う。
「あ、でもクーイヌの最後の攻撃は見てたよ。あのときのクーイヌ、すっごくかっこよかったね。クーイヌ、僕の応援聞こえてた?」
フィーが隣を歩くクーイヌの顔をみあげて、そう尋ねると。
「あっ……えっとっ……うっう……うん」
なんだか要領のつかない返事が返ってきた。その返事にちょっとフィーはむくれる。
「聞こえてないなら無理しなくていいよー。他のみんなもいっぱい応援してたしね」
「聞こえてた……!聞こえてました……!」
「本当にい?」
「うん……」
クーイヌが頷いたのでフィーはにこっと笑って言った。
「じゃあいいや」
あんまり観戦はできなかったけど、友達の応援はできたみたいだし、フィーは満足することにした。でもクーイヌって照れ屋なんだと思う。あんなに活躍したんだから、もっと堂々としてればいいのに。
そう思いながら歩いていたフィーは視線の先に、イオールの姿を見つけた。
フィーはすぐにそちらのほうに駆け出す。
「たいちょー!僕の試合みてくれましたか?」
観覧席にいるのだから見てて当たり前なのだが、フィーはそれを訊ねながらイオールのもとにやってくる。
「ああ、見てたぞ。試合としては負けてしまったが、見事な一点突破だった。ただ次回からはきちんとルールは把握して作戦を立てたほうがいい」
そういって褒めてくれたたいちょーの手が、フィーの頭にぽんっと降りてきた。そしてフィーの金色の髪をそっと優しく撫でてくれた。
フィーはちょっとびっくりして目を見開いた。でも、すぐにその心地いい感覚に身をゆだねた。
「えへへぇ!」
それからまだ仕事があるらしいたいちょーと別れると、フィーは北の宿舎の少年たちのもとに駆け足で戻る。
「あ、クーイヌもたいちょーに会わせてあげればよかったね。ごめんね」
「いえ、大丈夫です」
フィーの言葉にクーイヌは首を振った。
以前はイオールイオール言ってたクーイヌだけど、最近はそうでもないのだ。でも、いずれ会わせてあげなくちゃなぁっとフィーは思っている。
まわりを見ると、何やらはしゃいでるようだった。
勝ってはしゃぐのは分かるけど、また別の感じだった。
クーイヌに訊ねてみると、トロッコさんがゴルムスにお金を渡していたらしくて、このあと打ち上げにいくみたいです、と聞かされた。
「わぁ、楽しみ!クーイヌも来るんだよね」
「はい」
北の宿舎にはいって半年ぐらい。いろいろあったけど、クーイヌもすっかり北の宿舎の仲間だった。
食堂の人たちに連絡すると、あらかじめ話は通っていたらしく、いってらっしゃいと送り出された。フィーたち北の宿舎の少年は、楽しそうに下町にくりだしていった。
その後のカーネギスとトロッコだが、二人とも遠征任務六ヶ月と減給を命じられたが、騎士たちが署名を集めて提出して、遠征任務は三ヶ月ですむことになった。
署名には元北の宿舎出身の騎士たちも参加していたらしい。トロッコもカーネギスも騎士になった卒寮者たちからは意外と慕われていたようだった。
フィーたちももちろん署名に参加した。




