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「ただいまの試合の勝者!クーイヌ!」


 審判の声とともに周囲の客席から大きな歓声があがる。


 その中でクーイヌは呆然と立っていた。


(勝てるとは思わなかった……)


 パーシルは強かった。とてつもなくレベルの高い防御技術を持ち、攻防ほぼ隙が無かった。何よりこちらのあらゆる情報を把握し、勝つための戦略を立ててくる戦い方が恐ろしかった。

 全身疲れ果てた体で振り返ると、わき腹をおさえたパーシルが起き上がっていた。クーイヌの全力の攻撃をその身に受けたのだ。その体はふらついている。


 クーイヌは慌てて駆け寄り支えようとしたが、それは手で制された。


「いや、大丈夫だ。自分で歩ける。それに君もかなり疲れているだろう」


 倒れるほどの一撃を受けた後も、パーシルは冷静だった。

 起き上がったパーシルはクーイヌへとひとつ質問した。


「それよりひとつ聞かせてくれないか。君はあのときもう精神も体力も限界だったはずだ。なのになぜあんな動きができた」


 クーイヌが最後に見せた切り替えし。それは試合の中で見せたどの動きよりも速かった。


 問いかけられたクーイヌは、少しパーシルの質問を考えたあと……。

 かーっと顔を真っ赤にして挙動不審になりはじめる。


「えっ……いや……それは……あのっ……」


 赤面し狼狽して何も言えないクーイヌに、パーシルが少し不思議そうな目をしたとき。


「クーイヌぅうう!」


 その体に誰かが飛びついてきた。

 パーシルも知っている顔だった。東北対抗試合で先鋒を戦った見習い騎士の少年。名前は確かヒース。

 観客席から試合会場に駆け下りてきたらしいその小柄な少年は、クーイヌへと駆け寄ると思いっきり飛びついてそのまま抱きついた。


「クーイヌ!すごかったよぉおおおお!えらいよぉおおお!」

「ヒ……ヒース……!?」


 その小さな手がクーイヌの汗にぬれた髪をわしゃわしゃと撫でまくる。

 クーイヌの顔がさらに真っ赤にそまっていくが、感動で興奮した様子のヒースに気づいた様子はない。


(ちょっとやわらかい……!それにいい匂いがする……!)


 疲労困憊なのに、さらにいろんな意味でくらくらしてきたクーイヌが、必死に転ばないようにその体を支えるが、フィーはまったく気にせず、ひたすら嬉しそうにクーイヌをずっと撫ぜまくっていた。

 そんなクーイヌのもとに北の宿舎の仲間たちまでも、客席からおりて駆け寄ってきた。


「クーイヌ!すごかったぜ!」

「よくやったああああ!クーイヌぅううう!」

「お前が今日のヒーローだ!」


 そうして彼らは疲労困憊のクーイヌにそのでっかくて重い体で飛び掛る。

 クーイヌの体はさすがに耐え切れず地面に倒れこみ、どんどんもみくちゃにされていった。ちなみにフィーはひとりだけさっと飛びのいて難を逃れている。


 疲れ果てて北の宿舎の少年たちに好き勝手に抱きつかれたり握手されたりもみくちゃにされたクーイヌだが、その表情は割と嬉しそうだった。


 その光景をじっと見ていたパーシルはいつものメガネを直す仕草をしたあと言った。


「なるほど。仲間との絆の力か。それは確かに計算に入ってなかったな」


 無表情だったパーシルの口もとが少しだけふっと笑うと、彼は静かにその場を去って行った。




 そして東の宿舎の席、カーネギスは口をあんぐりと開け、呆然と試合の結果を見ていた。


「バカな……。なぜだ……。なぜこんなことに……」


 試合の結果は東の宿舎の敗北だった……。

 あれだけの戦力をそろえたのに。訓練だって北の宿舎を倒すために万全を期したはずなのに負けた……。

 喜ぶ北の宿舎の少年たちと、こちらに静かに帰ってくるパーシルの姿を放心状態で見つめる。


「ここから三連勝して俺は青春を取り戻すはずだったのに……!」

「そんな勝手な考えを抱いて、勝手な行動をして、うまくいくはずがないじゃないですか。むしろ上手くいってしまったほうが困りますよ」


 頭をかかえるカーネギスに背中からかかった声は、それなりの年を重ねた大人の女性の声だった。

 驚いて振り返ると、カーネギスの後ろにひとりの女性とトロッコが立っていた。その女性の方をみて、カーネギスは叫ぶ。


「エ、エリザベッタ!!」


 女性は30後半ごろの年頃で、亜麻色の美しく長い髪をもっている。その顔は年相応の落ち着きを重ねているが、今も十分に美人であり、若いころはさぞかしもてたことをうかがわせる。服装は女性にしては珍しいことに白衣に身を包んでいる。

 そんな女性は少し冷たい怒った目をしながら、カーネギスをにらんでいた。


「な、なぜ君がここにいるんだい!?」

「昨年に夫と離婚しましてね。半年前にこの国にもどってきたんです。いまは陛下からお誘いを受け、国立の医術院に勤めさせていただいてます」


 すました顔でそう言ったエリザベッタの言葉を、カーネギスはあ然として聞いたあと、トロッコのほうに振り向いた。


「トロッコ!知ってたのかい!?なんで教えてくれなかったんだ!」

「僕は何度も言おうとしたよ。でも今年の君は『北の宿舎の人間とは試合が終わるまで会話しない』と言いだして、ずっと話も聞かなかったじゃないか」


 その言葉に愕然とするカーネギス。確かにそう言ったが……。言ったけど……。

 そんなカーネギスにぷいっと顔を横に向かせたエリザベッタが言った。


「戻ってきても何も連絡などくださらなかったので、とっくに私のことなんて忘れていらっしゃると思ってましたが。それがまさか、十何年前のことをいまだに根に持って、子供たちまでを巻き込んで自分の怨念を晴らすことに夢中になってただなんて……」

「ち、ちがうんだ!エリザベッタ!」

「何が違うというんですか」

「いや違わない……」


 違わなかった。

 まったくもってエリザベッタの言うとおりだった。

 エリザベッタに呆れたようににらまれ、カーネギスの顔は真っ青になり、汗をだらだら流しながら肩を落とす。


 そんなカーネギスにトロッコが少し同情気味の顔をして言った。


「君がエリザベッタと別れたあと、ずっと落ち込みまくって北の宿舎を恨むような行動をとりはじめて。いつかは立ち直ってくれると思って見てたけど、年々君の様子はひどくなっていくばかり。僕も寮ごとの方針だと自分に言い聞かせてたけど、さすがにもう誤魔化せなくてね。

 悪いけど、エリザベッタだけでなく隊長たちにも報告させてもらったよ」

「そ、そうか……」


 それを聞いてさらに顔を真っ青にしたが、カーネギスは頷いた。

 そんなカーネギスにさらに追い討ちをかけるようにエリザベッタが言う。


「カーネギスさま。長く会わない内にずいぶんと情けない騎士になられましたね。今回の件、本当にあなたのことを見損ないました。迷惑をかけた人達にはきちんと謝ってくださいね!私は顔も見たくないので失礼させていただきます!」


 そう言いながらエリザベッタはきびすを返して去っていく。

 カーネギスは慌ててそれを引き止める。


「ま、待ってくれ!エリザベッタ!」


 そんなカーネギスの言葉にエリザベッタは一度だけ振り返って言った。


「そういえばこの国に戻ったら言おうと思ってたことを忘れてました。17年前のあなたは三連敗をされてもかっこよかった。そんなあなたを最低だと罵ったのは、わたしが馬鹿で未熟な娘だったからです。謝ります」

「え、エリザベッタ……」


 その言葉をカーネギスは目を見開いて信じられないように聞く。

 しかし、エリザベッタの瞳は冷たくカーネギスをにらむとその後吐き捨てた。


「でも、今のあなたは本当に最低です。さようなら」


 そのままきびすをかえして、さっさと歩いていってしまった。


「え、エリザベッタぁああああ!」


 その背中に手を伸ばしたカーネギスの悲痛な悲鳴が試合会場中に響いた。


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