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 試合の状況は傍目からみても絶望的にしか見えなかった。


 さっきから息切れしたままのクーイヌと息一つ切らしていないパーシル。

 ポーカーフェイスのまま繰り出される攻撃を、クーイヌが必死の表情で受け止めている。いつの間にか攻守は逆転していた。


 褐色の肌に大量の汗がしたたり落ちる。


 クーイヌはまだ諦めていなかった。苦しい顔をしながら攻撃を捌いていて粘り続けている。


 だが、北の宿舎の面々には諦めの表情が浮かび始めていた。


 勝てる要素がない。

 クーイヌの武器である超越的な身体能力による攻撃力。それが今は見る影もなかった。

 試合は進み、クーイヌのスピードはもうパーシルと同じ程度にまで落ち込んでいた。

 そのわずかに残った力を、すべて回避へと傾けて必死に生き残っているだけである。

 全力のクーイヌの攻撃でさえ防ぎきったパーシルの技術の盾。それを今のクーイヌが貫けるはずがなかった。


 そんな状況でもクーイヌは、こちらを冷然と見つめるパーシルとにらみ合っていた。

 もはや体力は尽きかけている。息も苦しい。体は思うように動かない。それでも……。


(負けたくない……。みんながここまで繋いでくれたのに……!)


 声は出なかった。喉からは苦しい息がでるだけ。

 それでもクーイヌは心の中でそれを呟く。


 クーイヌは第18騎士隊に入ったというヒースと勝負するために北の宿舎にやってきた。

 それは意外な形で露と消えてしまったけど。

 でも、転寮したことを後悔はしてない。北の宿舎のみんなと過ごす日々は楽しかった。


 両親が10歳のころ事故で亡くなって、早くに爵位を継がなきゃいけなくなって、幼かった自分は身を立てる方法がわからなかった。

 そんな中、遠い親戚だったというゼイネス師匠から連絡をもらい、弟子になり武芸で身を立てていこうと決心した。

 師匠とその弟子の人達と過ごす日々はみんな優しく暖かかったけど、みんな年上で山奥に暮らしていたから同年代の友達がいたという経験はない。

 東の宿舎に入っても、メンバー同士は個人個人で行動し、メンバー以外とは壁があって友達というのはできなかった。

 でも北の宿舎のみんなはそんな自分を受け入れて仲良くしてくれた。一緒に遊びに行ったりもしたし、バカなことにも付き合わされた。

 そんな日々が楽しかった。

 それに―――


 状況は絶望的だ。

 自分でも分かっている。それでもこの試合、勝ってみんなを喜ばせたかった。


 だからクーイヌはひたすらパーシルの攻撃を防御し続ける。勝算が低いんだとしても、まだ諦めたくない。


 パーシルは完璧な防御を張りながら、クーイヌへと攻撃を続ける。

 防御型の選手と言われているが、パーシルの攻撃はまったく甘くない。リジルやルーカをあっさり倒してみせるほどの的確で鋭い攻撃を放つ。


 それに対してクーイヌも、実を言うと高い防御技術を持っている。

 剣術は国一番という人間にずっと教わってきたのだ。クーイヌの技術も決して低いものではない。そのほとんどはおおよそ、自分の身体能力を生かした超威力の斬撃を放つのに使われていたが、こうして誤魔化しながら粘ることもある程度できる。


 しかし、同時にゼイネスには言われていた。今のお前の場合、一分以内に勝負をつけられないなら、負ける可能性のほうが高いと。

 ただそれでもあきらめるなと教えられていた。


 ゼイネスの教え通り、クーイヌはひたすら粘る。粘り続ける。


 そんなときパーシルが今までに無かった、一連の攻撃動作から一歩踏み込む動きをした。いままでパーシルはクーイヌを攻撃しながらも、間合いを一定以上詰めてこなかったのだ。

 あくまで安全に完璧に勝利するためか、最低限剣の届く間合いから攻撃をし続けていた。


「そろそろ終わりにさせてもらおう」


 そう言うと、息も絶え絶えのクーイヌへと間合いをつめる。

 それはトドメを刺すための動きだった。


 その瞬間、クーイヌは地面を蹴った。

 クーイヌの体が全盛のときにかなり近い速さで加速する。


 これには見ていた者たちも目を見開いた。


「なっ……!」

「まだ体力を残していたのか……!?」


 正直、ぎりぎりだった。これ以上削られたらだせなくなる。

 そんなぎりぎりに一回分の攻撃のための体力を残しクーイヌはじっと耐えていたのだ。


 相手の意識が一番攻撃に向いた瞬間、不意をつき、ぎりぎり温存しておいた体力で全速力の攻撃をする。

 一分以内に決着をつけられなかったときのための師匠に教えられた最後の刃。


 しかし―――


 ―――突き出された剣は空を切っていた。


 しっかりとまったくバランスを崩さず攻撃を避けたパーシルは、驚いた表情なくそのポーカーフェイスでクーイヌを見抜いていた。


「やはりか。苦しそうに見せながら、一回分の攻撃の体力を残しておく。予測通りだった」


 そう言いながら、腰溜めに構えられた木剣から一閃、強力な一撃が放たれる。


「ぐぅっ!」


 クーイヌは体力をさらに振り絞り、その一撃の前に木剣を差し入れた。

 ガンッという音と共に、クーイヌの体が吹き飛ばされる。体はそのまま地面にごろごろと転がる。

 だが、それでもクーイヌはすぐさま立ち上がり、木剣を構えた。


「しかし、ここで諦めないのは予想外だった。クーイヌ、君はなぜそこまでして戦う」


 クーイヌは答えられない。

 ぜぇぜぇはぁはぁと息を吐くだけだった。


 最後の策も尽きた。

 カウンターを咄嗟に防御し、諦めず立ち上がったクーイヌだったが、もう何も作戦はない……。

 試合を見ている者たちと同じように、今さらに絶望が心の中にせりあがってきていた。


(諦めない……?なぜ……?)


 酸欠で意識が朦朧としてきて思考すらまとまらなくない。

 敗北の予感がもう背中のところまで来ていた。


(それでも……ただ負けるわけにはいかない……!)


 クーイヌは剣を構えぐっと体を沈みこませた。

 もうこれを使えば回避も防御もできなくなる本当に最後の力。しかも距離が離れてるため不意もつけない。ある意味、絶望的な突撃の構え。


 それでもこのまま防御しつづけて確実に負けるよりははるかにマシだった。


 パーシルもクーイヌの最後の攻撃が来るのを感じたのだろう。迎撃の体勢を取る。


 距離は5メートル。

 クーイヌは最後の攻撃へとその5メートルを加速しはじめた。


 しかし……、スピードはでない……。


 もう、クーイヌの体力も精神も限界だったのだ。


「だ、だめだぁ……」


 その動きを見て、北の宿舎の少年たちの口から絶望の声が漏れる。

 このままではパーシルに簡単に迎撃されて終わりだった。


 そのとき声が響いた。


「クーイヌ!がんばれー!」


 声がした方向に視線を向けると、金髪の小柄な騎士が大声でクーイヌのことを応援していた。

 フィーがヒスロの説教を受け終え、ようやく会場に戻ってきたのだった。


 クーイヌの目が信じられないものをみるように一瞬、そちらを見る。


「負けるなー!クーイヌ!」


 そして視線を戻したとき、クーイヌの体がまた加速しはじめた。


 パーシルはそれに少し驚いた。

 クーイヌの体力はもう尽きていて、この突撃は50%ほどの加速しか得られないと思っていた。

 そしてさっきまでの速度は予測通りであり迎撃は容易だと判断した。そこで試合を決めるつもりだった。


 しかし、クーイヌの体はパーシルへと届くまでにどんどん加速していった。


(これは試合開始時と同じ速さ……。だがこれならば最初と同じく防御すればいい……)


 一瞬は驚いたパーシルだが、すぐに冷静に計算をはじめた。

 クーイヌがここにきて全力時の速さを取り戻したことは驚くべきことだった。しかし、その速度なら、迎撃は不可能でも、防御することは可能。これを防げばクーイヌの体力は本当に尽き、その後でも攻撃にでれば試合に勝利することができる。完璧な計算。

 過程にも若干の違いしかない。


 パーシルは相手の攻撃パターンの予測をもう一度頭から引き出し、防御の体勢を取った。


 その瞬間、クーイヌの体が消えた。


(……なっ!?)


 今度こそ本当にパーシルは驚く。

 いつもは冷静なメガネの奥の瞳が見開かれた。


 完全にクーイヌを見失ったパーシル。

 しかし、パーシルは彼らしくない、きわめて単純な勘により後ろを振り返った。


 そこにはいた。

 クーイヌが……。

 完全に切り返しの体勢を終え、こちらに完全に生気の戻った鋭い目を向けて。


 その両脚が地面を蹴りとてつもない加速する。

 それはパーシルの目をもってしても、掻き消えて見えるほどに速かった。


(試合開始時よりも速い……!この速さデータにはない……!)


 パーシルが木剣を構え防御を完成させるより先に、クーイヌの木剣がその場所を通り過ぎていく。そしてそれはパーシルの体を疾風のように突き抜けていった。


 パーシルとクーイヌ、互いに背中をむけた状態。二人とも動かなくなり、試合会場もしんとなる。

 数秒後、パーシルの体が崩れ落ちていった。



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