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 そうこうしてるうちに、パーシルに警告が出た。

 試合がはじまったから一切、攻めを行わなかったためだ。


「よし!いいぞー!クーイヌ!」

「その調子だー!」


 北の宿舎の少年たちが一気に盛り上がる。


 もう防御ばかりはしていられない。パーシルは打って出なければならない。

 これ以上警告を取られれば負け。もし時間内に決着がつかなくても、クーイヌの勝ちである。状況は俄然有利になった。


 そう、思っていた……。


 審判の掛け声で試合が再開する。


 クーイヌはふたたび加速し攻撃を再開した。疾風のような速さで放たれる連続の攻撃、しかし警告前とは違う光景が見えだす。

 パーシルが攻撃の隙間に少しづつ、剣を差し込みはじめたのだ。


「警告を受けて攻撃をはじめたんだ!」

「これならクーイヌの攻撃も決まるはずだ!」


 それを北の宿舎の少年たちは良い徴候だと思った。


 だが、見るものが見ればわかった。パーシルが攻撃をはさめるようになったのは、彼が攻めにではじめたからじゃない。


 クーイヌのスピードが遅くなっているのだ。


 それはゴルムスのような実力者にしかわからないほどの微妙な変化だった。だが、確実にスピードが落ちている。


 時間が経過するごとに、パーシルが攻撃の合間にはさむ一撃が、二撃に変わり、じわじわと攻防が変化しはじめたとき、クーイヌが大きく飛びすさり距離を取った。

 それをパーシルは追わず、静かな声でつぶやいた。


「やはりそうか……」


 パーシルの冷静な視線の先で、クーイヌは顔を歪め大量の汗をかいていた。

 吐き出す息はぜぇぜぇと荒い。


 それを見ながらパーシルは感情を出さない静かな声でクーイヌへと喋る。


「以前から疑問に思っていた。君は試合においてどんな相手でも1分以内に打ち負かしてしまう。

 それは君の攻撃に誰もが持ちこたえられないからだと言われていた。だが、本当にそうだろうか?

 もちろん、それも理由のひとつだろう。しかし、君自身にも1分以内に決着をつけなきゃいけない理由があると俺は予測した」


 メガネの奥の漆黒の瞳が、クーイヌの様子を観察する。


「試合開始から1分を過ぎた時点で、君のスピードが95%に落ちた。そして警告がでるころには90%に、再開後は80%に。時間が経つごとに君の武器である、その優れたスピードは落ちて行っている。

 その平均的な体格で爆発的で異常なまでの瞬発力を有する故なのだろう。恐らく君はスタミナに致命的な欠陥を抱えている。長期戦を戦うことができない」


 パーシルの分析を肯定するように、クーイヌはその場で荒い息をつくだけだった。

 そこにパーシルが一歩、あゆみを進める。


「くっ……!」


 クーイヌはまた加速して飛び掛った。しかし、剣は受け止められ、さっきまでよりさらに手数の近づいた打ち合いになる。


「さらに2%ほど落ちた。スタミナの回復も遅いようだ。いや、少し動くだけでも消耗が大きすぎるのか?」


 打ち合ったあと、後ろに下がったのはクーイヌだった。

 距離を取り姿勢を低くしながら、パーシルのほうを睨む。

 だが、その表情には隠し切れない焦りと動揺が浮かんでいた。


 さすがにそのときになって、北の宿舎の少年たちも雲行きが怪しくなりはじめていることに気づく。

 中でもその空気をいち早く察していたゴルムスは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


 実のところ、クーイヌがスタミナ面に大きな弱点を抱えていることは、ゴルムスなどの何人かは気づいていたことだった。

 クーイヌのランニングの成績はかなり下のほう。あれだけ優れた身体能力があるのに、ほかの訓練でも活躍する姿はあまり見せない。

 それでも模擬戦で発揮する彼のとてつもない強さによって、それがクーイヌの方針なのだと大半の少年は納得していた。

 だが、ヒスロやゴルムスなどの数人は薄々察していた。

 あの凄まじい身体能力を訓練でまで発揮すれば体が持たないのだと。


 しかし、弱点は分かっていたからといって、それを突くことは簡単じゃなかったのだ。

 誰もクーイヌの攻撃に対して、一分間防御して耐え続けることなんてできない。

 ゴルムスたちも挑戦してみたが、あの常識を凌駕する連続攻撃を防御しきることなんて不可能だった。


「ちっ、またとんでもねぇやつが現れやがったな……」


 しかし、パーシルはそれをやってのけたのだ。誰もがやられることしかできなかった連続攻撃を、その類稀なる防御技術で防ぎきって見せた。

 ゴルムスは噂以上のパーシルの実力に舌を巻かざるを得なかった。


 もはや警告の差なんて関係ない。ピンチなのはクーイヌのほうだった。自分の全力攻撃を1分以上防がれ、おそらく20分間パーシルと戦いきる体力はもっていない。


 顔を歪めたクーイヌは地面すれすれに体を伏せ、相手に突撃した。一撃の威力は下がるが、相手には捉えにくい死角を突く動き。クーイヌがたまに見せる技だった。

 獣のように低く伏せた体が、パーシルの斜め後ろまで一気に加速し、下段からの出所の見えない攻撃を放つ。

 しかし、パーシルはそれを予想していたように振り返り、クーイヌの攻撃をあっさりと逸らすと、刃を返し逆にクーイヌへと攻撃する。

 クーイヌは咄嗟に地面を転がり返し技を回避した。


「無駄だ。その攻撃パターンも記憶している」

「記憶した……?」


 地面を転がりながらも動物じみた仕草ですぐに立ち上がったクーイヌは、パーシルの言ったことを聞き返した。


「その通りだ。君の全開の攻撃を初見で防御しきることはさすがに計算上不可能だった。どんなに防御に集中しても40%の確率で防御が破綻する。

 だから、試合前に君の攻撃パターン78個をすべて記憶させてもらった。君が攻撃をだす前に、一撃目の姿勢や、肩の動き、視線などの癖から次の攻撃を完全に予測できる。これにより、40%のリスクを10%までに抑えることに成功した」


 それは信じれない言葉だった。

 そもそもクーイヌは自分の攻撃パターンが決まっていて、数に限りがあることなど意識したことがなかった。

 こちらをただ冷静に分析し続ける、メガネの奥の黒い瞳にぞっとする。


「偵察をしていたのは君の友人だけではないということだ。君と東の宿舎で過ごした五ヶ月間、そして対抗試合までの2週間、その期間を君の観察と分析に使わせてもらった。君は強い。だからこそ確実に勝つためにはそれだけの準備が必要だった」


 パーシルは準備していたのだ。クーイヌと戦う日のためにずっと前から……。


 クーイヌは必死に攻撃する。

 だが、パーシルには届かない。全力をだせた序盤ですら、パーシルはクーイヌの攻撃を防ぎきったのだ。身体能力の落ちたクーイヌの攻撃が、パーシルの防御を敗れる望みはほとんどなかった。


 試合の様相はまわりから見ても絶望が漂いはじめてくる。


「皇帝……」


 北の宿舎の誰かが呟いた……。


「皇帝……?」


 その言葉に別の誰かが聞き返す。


「あいつのあだ名なんだ……。

 あいつ……、パーシルは弱点がない上に防御技術に優れていて、それだけでもかなり強いんだけど、練習試合なんかではたまに誰かが勝ったなんて話もあるんだよ。

 でも、大会になるとまったく違うんだ。

 相手への対策を完璧に立ててきて、それを完璧に実行し。相手を寄せつけずに勝ってしまう。あのリジルやルーカですら最後の年の準決勝や決勝、手も足もでずにやられたんだ。公式戦に出場した3年間、誰もあのパーシルを試合で倒せた奴はいない……。

 だからこう呼ばれていたんだ。皇帝パーシルって……」


 少年たちの視線の向こう、試合会場の中心でクーイヌは荒く苦しそうに息をついていた。なんどどんな攻撃をしても防がれる。けど、その苦しそうな表情は決して諦めていない。

 だからこそわかってしまう。それなのに勝つ方法がどこにも見つからないという表情だった。


 そんなクーイヌに顔色ひとつ変えないパーシルが近づいてくる。


「試合開始から3分間が経過した。君の身体能力は全開時の70%まで落ちた。すべてデータ-と予測の範囲内だ。

 この場合、君の攻撃がこちらの防御を破る確率は0%。クーイヌ、この試合君に勝ち目はない」


 メガネを直す仕草をしながら黒い瞳の冷徹なる皇帝はクーイヌにそう宣告した。



突っ込みどころたっぷりかもしれませんが、データーキャラは調べた相手にデーターをしゃべって、メガネキャラはめがねをくいっとやらなきゃいけないと思うんです。パーシルのメガネは試合中は安全です。

王政の国で皇帝ってあだ名は自分でもどうかと思いました。

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― 新着の感想 ―
[一言] クイーヌ無駄が多すぎる感じかな。そりゃできるだけ前後左右から走り回って攻撃したら消耗激しいや。 ふつー早くてもそんな攻撃しないしね。間合いへ踏み込むとか四角をとるとかでやるときはあるだろうけ…
[良い点] わかります!わかります! 眼鏡データキャラはこうでなくちゃいけないんです!大大大好きなキャラです!存分に味わえました! [一言] 最近、おそばせながら読み始めて、もう続きが気になってとまり…
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