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97 皇帝

 試合開始の合図とともに、動き始めたのはクーイヌだった。

 地面を軽い感じでとんっとひと蹴りする。


 それだけで彼の体が凄まじい速さで加速する。


「はええ!」

「なんだあれ!?」


 見に来ていた騎士たちが目を見開く。

 ルーカの攻撃もその速さには驚かれていたが、明らかにクーイヌのはレベルが違う。ルーカたちのは見習い騎士レベルで速いという驚きだったが、クーイヌの出す速度は人間として驚異的な速さなのだ。


 そして移動距離も尋常ではない。

 普通なら剣の間合いとならない距離から、一気に一歩二歩で距離を詰め攻撃をする。


 恐ろしい速さと威力をもった攻撃がパーシルを襲う。

 パーシルはそれを横に捌いた。真正面から受け止めれば、加速と重さに吹き飛ばされてしまっただろう。

 ただそれだけでほとんどの見習い騎士たちが防御できずにやられていく攻撃。


 しかし、クーイヌの凄さはこれだけでは終わらない。

 もし終わるのであれば、ゴルムスやルーカ、名だたる少年たちがそう易々とやられたりはしないだろう。


 一撃目を逸らされたあと、クーイヌが左足で地面を蹴る、それだけで同じように左に猛スピードで加速していく。そして今度は右足で地面を踏むとあっさりと右方向への慣性を受け止め、さらに地面を踏み抜きまったく逆方向にさっき以上の速さで加速した。

 稲妻のような動きでクーイヌが斜め横からパーシルへと迫る。

 普通、1対1の戦いでは横をとることなんてめったにできない。相手もこちらへと体を向けるからだ。でも、クーイヌはできてしまうのだ。とてつもない瞬発力による加速をもってして。

 そしてそこから繰り出される信じられないほどの速さと力を秘めた一撃がまたパーシルを襲う。


 遠目から見ている人間たちですら、信じられないようにそのクーイヌの動きを見る。

 だが、パーシルはメガネの奥の表情は冷静なまま顔だけでクーイヌを見て、その攻撃をまた横にそらした。


 それでもクーイヌの攻撃は止まらない。また一歩で別方向に再加速して攻撃する。

 止まらない。

 強く、早く、それでいて相手の視線を切ってしまうような獣のような連続軌道。そしてその速さをすべて剣に乗せたような恐ろしい剣撃。

 これがクーイヌの武器だった。


 その威力は本気で凄まじい。

 常に一撃必殺となる攻撃が、雨あられのような連続して繰り出される。しかも、立ち止まって打たれるのではなく、その攻撃の発射台は横や斜めに回りこんできて何度もそれを放つのだ。下手をすれば背後に回りこまれる可能性すらある。普通はとても防ぎきれない。

 だからゴルムスやルーカですら対応できずやられてしまう。


 北の宿舎に転寮してきた時に見せた彼の強さは、ほんの一端にすぎなかった。


 こんな攻撃ができる騎士はいないであろう。少なくとも見習いには。

 おそらく攻撃だけなら見習い騎士の中では最強。そして正騎士でも彼に攻撃で勝てるのはかなりの上位層だけだと言われている。

 

「や、やっぱりクーイヌはすげえなぁ……」


 あらためて見せ付けられるクーイヌの実力。

 その動きに北の宿舎の仲間たちですら圧倒され唾を飲み込む。


「でも、パーシルも凄いぞ。あれを受けきってやがる……」


 その通りなのだ。

 さっきからパーシルはクーイヌの攻撃を防いでいた。うまく剣を当て、必殺の一撃を右や左へとはじき、回り込まれそうになっても上手く体を動かし、前後左右あらゆる場所から放たれる攻撃を見事に捌いている。


 彼は剣技大会にでていたころから、防御が得意な選手として有名だった。

 そして今もクーイヌの凄まじい連続攻撃を防ぐさまは、彼のその能力が本物であることを示している。


「大丈夫だ!確かにぎりぎりで防がれているけど、防御に必死で攻撃できてない!あのパーシルですらクーイヌの攻撃を防ぐのはむずかしいんだ!このままいけば警告になって勝ちが近づくぞ!」


 少年たちの表情は明るかった。

 確かにあのクーイヌの攻撃を防いでることは驚くべきことだ。正直言って信じられない防御技術だと思う。

 でも、そこから攻撃に転じられなければ、クーイヌが負ける要素は無い。


 警告が出れば時間がくればクーイヌの勝ちになる。そうならないようにパーシルも攻める必要があった。そうなれば防御に隙ができ、逆にクーイヌのチャンスは広がる。


 クーイヌの攻撃を防御に専念したパーシルがぎりぎりで捌く。そんな光景がずっと観客たちに展開される。時間は刻々と過ぎていく。

 警告の判断は審判によってまちまちだが、もう1分をかなり過ぎさすがに一度目の警告を取られる時間帯になってきた。


 北の宿舎の少年たちの表情には勝ちへの期待が膨らんでいく。

 その中で今までにない表情をしたゴルムスが呟いた。


「まじぃな……これは……」



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