96
「バ、バカな……」
カーネギスは試合の結果を呆然と見つめた。
「あのリジルがやられただと……?」
ゴルムスの一撃に吹き飛ばされたリジルは、倒れたまま動かない。
そして審判によりゴルムスの勝利が告げられた。
信じられなかった……。
パーシル、リジル、ルーカはカーネギスが今年選んだメンバーの中でも、目玉として取った少年たちだった。
実績も実力もずば抜けていた同世代でも最強と呼ばれる3人。
最後の年の成績こそリジルはベスト4、ルーカは準優勝だが、負けた相手は同じである。実力は伯仲していた。
しかしルーカは相手のめちゃくちゃな戦法によりぶち倒され、それについては反則勝ちにはなったものの、リジルは本当にゴルムスによって倒されてしまった。
ゴルムス……。
強いという噂はあったが大会などの実績が無く取らなかった選手だ。相手に優勝者がいないと体裁がまずいというのもあった……。
カーネギスが彼を見た見習い騎士の試験での決勝では動きが悪く、パワーだけの選手だと判断した。
しかし、今日の試合を見るとまるで違った。
的確に相手の攻撃に対応し防御し、動揺したリジルの隙を突き一気に攻勢に出て、パワーを生かした一撃で仕留めてしまった。
基本的な力はリジルとさほどの差はないだろう。パワーはゴルムスのほうが上だが、スピードや技術ではリジルが上回っていたはずだ。
なのに結果だけを見ると圧勝だった。
パーシル、リジル、ルーカの三枚看板のうち、一人がやられてしまった。
いつの間にやら勝利2敗北1引き分け1。戦績だけ見るとほぼ互角だった。いや大将戦の結果で試合が決まる以上、もう完全に互角になったといっていい。
「なんで……。なんでなんだ……!」
あの敗北の悪夢が蘇る。
あれからずっと不運続きだった。昇進もなかなかうまくいかず、女の子と付き合ってもすぐに別れる毎日。酒びたりになったことだってある。
復讐のために東の宿舎をひたすら支援をしてきたが、1年目は勝っても、2年目、3年目と差は縮まっていき、必ずどこかで負けてしまっていた。
だから、今年は少し無理にでも最高のメンバーを集めたはずだった。
なのに……。なのに1年目ですでに大将戦まで決着がつかずに来てしまった。
「こんなはずではなかったのにぃ……!なぜなんだ……!」
もしかしたらという敗北の予感にカーネギスは震えた。
この戦いは勝ちの保証がある試合だったのだ。
まず言って優勝メンバーの数があちらが2、こちらが5。優勝者とそれ以外のメンバーが当たって、それだけで3勝が取れる。
そこで計算違いが起こっても、優勝者のうち3人は世代のトップだと見込んだメンバーだった。
だから、たとえ優勝者同士の戦いになっても勝てる。そう踏んでいたのだ。
しかし、リジルは敗北してしまった。
次の試合。
クーイヌは未知数の人間だった。
王家の剣術指南役を務めていた、かつて国一番と言われていた剣士ゼイネスの弟子。そういう触れ込みで入ってきたのが彼だったが試合の実績はない。
しかし、念のためということで取った。
入ってきたとき試しにルーカとやらせてみたが、クーイヌは彼を一瞬で倒してしまい判断は正解だったと思った。
それがまさか突然に北の宿舎に転寮を希望し、引きとめたのに何度も人事課に転寮願いを出し、ついに人事に認められ移って行ってしまうとは思わなかった。
パーシルとクーイヌ、どっちが上かはカーネギスにも分からない。
この大将戦は組み合わせの中で一番、勝てる保証がないのだ……。
「いや……、大丈夫なはずだ。パーシルはオーストル少年剣技大会3年連続優勝だ。その実績は3人の中でも図抜けている!だだだ大丈夫だ!」
青い顔をしながらカーネギスはもしかしたらとよぎる敗北の恐怖を誤魔化すように呟いた。
「そうだ!勝てる!このメンバーなら絶対に勝てるはずなんだ!そして俺はあの3年連続敗北の悪夢を振り払う!これからは薔薇色の人生を送るんだ!
いけ!いくんだ!パーシル!北の宿舎の奴を倒して……あれ?パーシル?」
カーネギスがパーシルに試合にいくように指示をだそうとしたが、その姿はもう東の宿舎の席にはなかった。見るとカーネギスに何も言わず、すでに試合会場に歩きだしていたパーシルの姿があった。
「ついに大将戦まで来たな……」
迫る決着に北の宿舎の少年たちが緊張した顔で言った。
クーイヌはすでにみんなに背中を叩かれて送り出され、試合の場所へとゆっくり歩いていってる。
「なぁ、クーイヌとパーシルってどっちが強いんだ……?」
「しょ、正直わからねぇよ……」
それは少年たちがこの東北の勝敗は置いても知りたい疑問だった。
自分たちが出場してきた試合、そのすべてで優勝していった自分たちの世代最強と見込まれているパーシル。
かつて王国で最高の剣の使い手といわれたゼイネスに若くして弟子入りし、鳴り物入りで騎士隊に入隊したクーイヌ。
おそらくこのどちらかがみんなの中で最強だと噂されながらも、戦う機会のなかった二人。
それには東の宿舎の方針もあった。
北の宿舎の打倒を第一目標にしていた東の宿舎は、クーイヌとパーシルを戦わせる意味が無かったのだ。
それは訓練の内容にもでていた。
クーイヌがいた頃の東の宿舎では、基本的に優勝者同士の模擬戦をやることは少なかったらしい。なぜなら相手である北の宿舎には、そのとき優勝者がゴルムスしかいなかったから。
それでもクーイヌはパーシルの力を感じていたらしく一番に強いと言った。
「パーシルって奴はそんなに強えのか?」
「うん、僕たちの世代ではおそらく最強と言われていた防御型の選手だよ」
あまりそこらへんの事情に詳しくないゴルムスの疑問にレーミエが答える。
「もちろん、攻撃やカウンター、いろんなものに優れていてオールラウンドにも戦えるけど、とにかく防御技術がすごいんだ。絶対に負けない。だから勝ってしまうって感じだよ」
「クーイヌとちょうど真逆って感じか」
今から行われる試合は同世代の剣を志した少年たちにとっては、絶対的な注目のカードだった。
自分たちの世代での最強決定戦。
そして北の宿舎と東の宿舎の決着をつける試合。
誰もがごくりと唾を飲み込んで見守る。
褐色の金髪の少年と、メガネをかけた黒髪の少年が試合場の中心で向かい合う。
一方は真剣な表情、一方は真剣というよりは無表情な真顔。
背はクーイヌの方が若干低いかもしれない。だが、パーシルもそんなに高いわけではない。
だいたい同じぐらいの背格好の二人は、木剣を構え向き合った。
ついにこの東北対抗剣技試合の勝敗を決める戦いが始まる。




