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「いいだろう。お前に見せてやろう。俺の必殺技、踏幻の舞いを!」
リジルはそう宣言すると、独特のステップを踏み始めた。
まるでダンスするようにその場で左右に移動しながら、遅いように見えて速く動き、速く動いてるように見えてゆっくりと、不可思議な動きをする。
捉えどころのないその動きは、次の動きを予想することができず、錯覚を引き起こさせるのか、リジルが分身しているように見えるときすらある。
「あれは踏幻の舞い!」
北の宿舎の見ていた少年がそれを見て叫んだ。
「踏幻の舞い!?」
「ああ、リジルの奥の手だ。相手を幻惑するような独特のリズムを持ったステップで、あらゆる攻撃を回避してしまう。普通そんな動きできるはずないのに、あいつは天才だからできるんだよ……」
少年はリジルと同じ道場に通っていた。だから見たことがあったのだ。
「俺も一度やられたことがあるけど、攻撃が当たらないどころか、当てられる気すらしないんだ」
彼の言ったとおり、ゴルムスは攻撃すらできずに止まってしまった。
あのゴルムスですら捉えられない動きなのか……、少年たちの心に絶望が浮かびそうになる。
「くそ!ゴルムスなんとかして勝つんだ!」
「そうだぜ。とにかくなんとかしようぜ!攻撃だ!攻撃!」
彼らは絶望を振り払うように、無責任だけど一応の声援をゴルムスの背中に送った。
「応援してるよ?ほら、攻撃しなくていいのかい?」
彼は普通の人がやれば、足をもつれさせてしまいそうな複雑なステップを涼しい顔で踏みながら言う。
「言っておくけど適当に攻撃して、まぐれ当たりを狙っても無駄だよ。俺はこのステップをほぼ無意識でも踏める。咄嗟の回避や方向転換だってお手の物さ。
そしてこの技術。みんなは防御のためと思ってるらしいけど―――」
リジルは一呼吸置くと、ゴルムスに対しその幻惑的な動きのまま間合いを詰めた。
その顔が浮かべるのはいつも通りの見下す笑み。
「攻撃にも使えるんだよねぇ!」
リジルは予測のつかない動きのままスピードを増し、右や左、上下に体を移動しながら、あらゆる打点から剣を繰り出す。
それはまるで4人の人間がゴルムスを同時攻撃しているようだった。
ゴルムスは防戦一方になる。
「ゴ……ゴルムス……」
「だめか……?」
さすがの北の宿舎の人間たちも青い顔になった。
自分のときには堂々たる戦いを見せていたレーミエも、一方的にやられるゴルムスの姿を見て祈るように呟く。
「ゴルムス、がんばって!」
四方八方から出所の見えない攻撃をしながら、リジルは笑った。
「所詮はパワーで三下相手に圧倒していたのがお前だ!技術!才能!感性!速さ!ほとんど全てに長けた天才の俺に勝てるはずがない!」
このまま一度警告を受けさせてもいいが……。
そう考えながら、リジルはさらにステップのリズムを変えた。今度は静かに忍び寄るように気配を消す。
「ここでトドメを刺してあげよう!」
攻撃を防御する中で死角になった右下からの攻撃。ゴルムスは自分の動きを捉えきれておらず、視線が付いてきていない。完全に確実に決まる。
リジルはその勘を100パーセント間違えたことはなかった。
ステップを踏む足が思い通りの軌道を描き、右下の死角に相手の視線を置き去りに移動する。そして致命的な突きをリジルは放った―――
―――はずだった。
いきなり自分の目の前にせまった木剣をリジルは信じられないように見つめた。
そしてなんとか反射で右に足を動かしその剣を回避する。
「ぐっ」
無理な動きにステップが乱れた。慌てて距離を取る。
(なんだ……!?)
何が起こったのか分けがわからなかった。
おかしい。完全に死角をついた攻撃だったはずだ。防御できるはずがない。ましてや攻撃なんて……。
リジルは距離を保ったまま、呆然とゴルムスを見つめる。
その瞳がリジルを捕らる。
「何を驚いた顔してやがる。実力が拮抗している状態だったから、視線でフェイントをかけて相手を誘導した。ただの駆け引きの基本だろうが」
ゴルムスは試合がはじまったときと同じく冷静な表情でリジルに告げた。
「正直、そんな大したことねぇな。お前」
「なんだと!」
ゴルムスの言葉にリジルは激昂した。
自分は幼い頃からまわりに認められていた天才なのだ。他の人間とは違う。
なのにそれを大したことないなどと言うとは……、
この筋肉で出来たバカを無事に帰してなるものかと、もう一度攻撃のためにステップを踏み始める。
そして惑わすように左右に動きながら相手に切りかかろうとした。
しかし、その進む方向にゴルムスの木剣がぬっと現れる。リジルは慌てて後ろに飛びすさった。
(バカな……。なぜ攻撃が当たりそうになる!?)
今までの試合でこんなことなかった……。いや一度はあった……。オーストル少年剣技大会の準決勝で……。
「クーイヌのように化物じみた力を持ってるわけでもねぇ。基礎的な力は良く見積もって俺と互角ぐらいだろう。なのに戦い方がひとりよがりすぎる。相手の観察や勝負の駆け引きすらろくにできてねぇ」
そういいながらゴルムスは距離を詰め、剣を振りかぶる。
リジルはいつものステップで踏み避けようとした。それだけで相手の攻撃はまったく当たらないはずだった。
なのに、ゴルムスの剣はリジルがちょうど避けようとした地点に振ってきた。
慌ててリジルはその剣を受け止める。
「ぐっ……、なぜだ……!」
捉えられるはずがないのだ。自分の動きは……。それなのになぜ自分のいる場所を分かっているかのように打ってくる。
それにゴルムスは呆れたように言った。
「なぜ?当てられないから攻撃しないと思ってやがったのか?
そりゃ逆だ。俺が警戒してたのはお前の攻撃だけだ。仲間に試合を繋いでもらって、俺が負けるわけにはいかねぇからよ。さすがに緊張したぜ?だが、それも十分に防御できるぐらいだと分かった」
ゴルムスは距離をつめながら、二撃目を放つ。それもしっかりリジルのいる場所に振り下ろされる。
リジルは汗をかきながら必死にその攻撃を受け止めた。
「その動きを捉えることなら、最初からできたんだよ。こっちが倒される心配がねぇなら、遠慮なく攻撃できる」
ゴルムスの放った一撃は、その言葉を証明するようにリジルの移動先をまた的確に捉える。
「言っとくが、避けるだけならもっと上手い奴がうちにいるぜ?騎士隊長の見ている試合で反則負けして教官に連れて行かれるようなアホだけどよ」
ゴルムスの言ったセリフの意味はよくわからない。
だが、的確に自分のいる場所に振り下ろされる攻撃に、リジルは必死に木剣を突き出し防御する。重みのある攻撃に、リジルの足が後ずさる。
いや、リジルはゴルムスの攻撃に圧倒され、あきらかに自分で逃げようとしていた。
そして逃げようとするリジルに対して、もう一撃、ゴルムスから放たれる。
それを防御したリジルは、特殊なステップを踏んでいた軸足のバランスを崩し、明らかな隙を作ってしまった。
ステップの癖を見抜き、リジルを狙うのではなく少しずらし、受け止めたならバランスが崩れるような位置にゴルムスは剣を振るったのだ。
「しまった……!」
動揺し回避にすっかり自信をなくしていたリジルは、その当たらない軌道の攻撃まで防御して、体のバランスを崩してしまった。
ゴルムスは、その隙を決して逃さなかった。
「わりぃな、天才!」
ゴルムスの顔ににやりとした悪人面の笑みが浮かぶ。
ゴツゴツとした大木のような全身の筋肉が収縮し、リジルが防御する合間を抜くような正確で、それでいて強力無比な一撃を全身をつかって放つ。
「俺さまはつええからよ!」
ゴルムスの狙い済ました渾身の一撃がリジルの体に吸い込まれた。
そのただの一撃で、ドンっとリジルの体は派手に吹き飛んでいく。
吹き飛ばされたリジルは、そのまま気絶し起き上がれなかった。
ゴルムスはそれを油断なくしっかりと確認すると、木剣を天に掲げるガッツポーズをした。
「ただいまの試合の勝者、ゴルムス!」
その後、審判の声が響き、北の宿舎だけでなく会場中が歓声に包まれた。
2016/01/17 師範のくだりを取り消しました~。大人が絡むとパワーバランスの表現が難しいですね。




