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94 天才対筋肉

 レーミエがケリオから引き分けを見事に獲り、北の宿舎の次の試合へと繋いだ。


 いま、その二人が競技場の中心で向き合っている。


 ついにはじまる優勝者同士の戦い

 そこまで北の宿舎はこぎつけたのだ。


「くそっ、バカな……。ケリオが引き分けに持ち込まれるなんて……。

 し、しかし、次はあの天才リジルだ!そう、さっきの試合の結果なんて関係ない!リジルがゴルムスを倒してそれで終わりだ!うちの勝利は揺るがない!そうだ!きっとそうだ!はははははは!ははは……」


 思わぬ引き分けの結果にカーネギスはかなり動揺したようだ。

 気を持ち直して高笑いをはじめるが、ちょっと不安そうなのが隠せない。


 どうやら自信満々なようで、実のところメンタルが弱いらしい。

 だてに個人的な恨み辛みを十年以上にわたって引きずってない。


 北の宿舎の少年たちは、あとはもうゴルムスたちの手に試合を託すしかなかった。

 彼らは強い。それは一緒に過ごしてきた日々で知っている。

 しかし、敵も強い。それも何度も思い知っていた。


 奇しくも北の宿舎に来たのは、少年たちの剣技大会にでたことのない強者二人だった。

 ゴルムスは道場の方針という理由で、クーイヌはたぶんそれに地理的な事情も加わってただろう。オーストルで有名な彼の師匠は、今は田舎の山奥に篭もって弟子たちに剣を教えている。


 対して東の宿舎の選手は、彼らの出場した剣技大会におけるスター揃いだった。

 2回戦、3回戦と彼らががんばって勝ち進んだ試合で、確実に当たり、自分たちの努力などものともせず倒していく化物揃い。


 その中でも、ルーカ、リジル、パーシルは特に有名だった。

 彼らは出る大会で必ず準決勝や決勝まで進み、大会での上位を独占している。


 ケリオ、ジェリドだって強かったが、彼らのレベルはそこから一段も二段も上にある。本当に恐るべき相手なのである。

 なぜかそのうちのひとりを地面に転がしボコした上で、反則負けして連行されていった、例外的なアホが自分たちの宿舎にはいたが……。


 北の宿舎の少年たちには、彼らとゴルムス、クーイヌたちのどちらが上かはわからない。でも、信じるしかなかった。ゴルムスたちが彼らから勝利をもぎとってくれることを。 


 試合会場の中心でゴルムスとリジルがにらみ合った。


 ごつごつとした強面な悪人面と、きのこ頭の美形だが独特の嫌味そうな顔がにらみ合う。


「ケリオの奴も情けない。あんなやつに引き分けるとは」

「レーミエの作戦勝ちさ。あいつらは二週間、ずっとお前たちを倒すためにがんばり続けた」

「ふん、せせこましい努力なんて弱者がするものさ。強者には勝利の運命しかない。それで結果を狂わされたケリオも、所詮は弱者だったってことだ」

「弱者が強者を倒すこともあるぜ」

「それはお前が弱者だってことか?」

「戦ってみりゃわかるさ」


 こちらを蔑むように笑って見るリジルの言葉に、ゴルムスが片目を瞑ったまじめな表情で返す。


「君たち私語はつつしむように!」


 審判から注意を受け、ゴルムスは歯切れ良く「はい、すいません」と、リジルは「はいはい」とやや適当に答えた。

 そして他の選手たちと同じように木剣を構えて向き合う。


 ゴルムスは特に変哲もない普通の構え。ゴルムスの巨体がそうやると、かなり威圧感がある。

 リジルはゴルムスに左半身を向け、レイピアをもつような独特の構えをする。騎士たちが持つのは斬るのを主体とする長剣なので、かなり変わったフォームだった。


「はじめ!」


 その声とともにリジルが動き出した。

 すっと間合いを詰め、その構えと同じように、フェンシングさながらの動きでゴルムスに連続で突きを放つ。


 ゴルムスはそれを木剣を横から当て、軌道を逸らすことで防いだ。


 するとリジルはいきなり構えを変え、普通の騎士がやるような両手もちのフォームに変わる。そして地面すれすれに下から弧を描くように斬り上げた。


(浅せぇ。フェイントか?)


 その狙いはゴルムスの顎にあるようだが、ひと目で分かるほどゴルムスの体には届かない。

 当たらないと判断し回避しなかったゴルムスだが、その軌道が突如として延びた。体を上手く伸ばし、いつのまにか片手に握り替え、剣の軌道を変えたのだ。


(ちっ!)


 ゴルムスは体をそらしそれを避ける。かなり変則的な動きで普通の人間なら威力を失うはずだった。

 しかし、リジルの一撃は、十分な威力を持った攻撃がゴルムスの顔の前を通り抜けた。


 さらにリジルは振り切った剣の重みを利用し、その場でくるりとダンスするように回ると、横薙ぎの一撃をゴルムスへと放つ。


 ゴルムスの体制はのけぞったせいで崩れていた。

 見ていた者はそこで決まってしまうように思えた。


 しかし、ゴルムスはその体勢から腕を振ると、手打ちの力の入らないはずの状態でリジルの剣をはじき返した。


 お互いの木剣がぶつかり、軽いリジルの体が若干後ろに飛ばされ、二人の間合いが開く。

 リジルの顔に浮かぶのは余裕だった。


「へぇ、さすがにパワーはあるじゃないか。それなのに存外に速く動ける。ただのパワー馬鹿かと思ったら予想外だったよ。褒めてあげよう。所詮は凡人の域だがね」


 あくまで上から目線でゴルムスを褒めるリジル。


「毎日、アホみたいに速く動く奴を相手にしてるからな。嫌でも動けるようになるさ」


 ゴルムスはそう言いながら油断なく木剣を構える。

 リジルはそんなゴルムスを見ながら、もったいぶるような笑みを浮かべて言った。


「ふん、いいだろう。お前には見せてやろう。俺の必殺技、踏幻の舞いを!」


 そういうとリジルはゆらりと体を揺らした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 踏幻の舞いとか弱そう。自分から高らかに宣言しちゃってるし仕方ないね
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