93 レーミエの長所
団体戦においては、試合時間は1試合につき20分のルールになっている。
互いに警告などの減点を受けておらず、ここで決着がつかないと10分間の延長がある。
それでも試合に決着がつかないと引き分けになるのだ。
3勝を目標にしていた北の宿舎だが、実際のところ1試合は引き分けでも目標は果たせることになっている。
両者の勝ち数が同じ場合、大将が勝った方が勝ちとなるのがルールだった。
相手のレーミエはこちらに適度に攻撃しながらも、見せた隙に対して深く打ち込んでこない。
それは勝ちを放棄していることと同じ。なのに何故、平気な顔をして戦い続けられるのか。
理由は明白だった。
激しくつばぜり合いをしながら、ケリオとレーミエがにらみ合う。
「なるほど、勝てないと理解して、引き分け狙いか。なかなか合理的な作戦だ」
ケリオのもっとも得意とするカウンター。
これは相手に勝つ気があればあるほど作用する。攻撃に力を傾けることにより、防御に隙ができていくからだ。
しかし、攻撃しているように見せかけて、防御に意識を集中しているのでは、そう簡単に決めることができない。
「だが、甘い考えだと言っておく!」
スピードの乗った横薙ぎがレーミエを襲う。
レーミエはそれを咄嗟に防御したが、タイミングはぎりぎりだった。
「俺は確かにカウンター戦術が一番の得意だが、自分から攻撃するのも苦手ではない!」
ケリオの猛攻がレーミエを襲う。それをレーミエが必死に受け止める。
「防御だけ考えていれば引き分けに持ち込めるなどと思った貴様たちは愚かだ!」
ケリオはレーミエを仕留めにかかる。カウンターを封じられてもこんな選手には負けはしない。
今はリジルたちに置いていかれていても、いずれは追いついて見せる。
それが彼のプライドだった。
しかし、それに反して試合は長引いた。
(ぐっ……、固い……!それに攻撃がやりにくい……!あの大股のステップのせいだ……。間合いがコロコロと変わる!)
ケリオはレーミエをいいとこまで追い詰めるが、ぎりぎりで仕留めきれない。
危なくなると、大きく足を動かすステップで離れていき、ケリオの攻撃が継続しないのだ。
ケリオ自身も強豪だけあって俊敏な選手だ。しかし、レーミエも遅い選手ではなく、スピードにはあまり差はない。
こちらは細かくステップしながら間合いを維持しているのに、大股でざっくりと距離を稼いでくるあちらに逃げられると想像以上にやりにくかった。
何よりケリオが想定したより、レーミエの防御技術がすぐれていた。
無名選手なら簡単に倒せると踏んでいたケリオの攻撃を、紙一重とはいえ防ぎきっている。
攻撃の手を一旦休めた瞬間、レーミエがこちらに打ってくる。
ケリオはそれを受け止めた。
(くっ……またか……!)
おまけに警告をとられないように、こちらの攻撃の隙間を狙いきっちり剣を打ってくる。
倒す気のない力のない攻撃だ。だから防御することは造作もない。しかし、それは相手も同じ。反撃してもすぐに防御できるように準備している。
攻める意思を審判には見せているだけなのだ。
想像以上にしっかりと対策を取られていた。
ケリオはこのときになってはじめてそれに気づいた。
試合を見ていた北の宿舎の少年たちは、試合を見ながら自慢げに言った。
「俺たちがずっと練習につきあってたんだぜ!いくらケリオでも、そんな簡単にやれるわけないだろ!」
「本当にきつかったぜぇ。ひとり2分間、ひたすら全力で打ち込んでいくの!」
「まあレーミエはもっときつかっただろうけどな」
1人1人はケリオのような実力はない見習い騎士たち。
それでも彼らはケリオとの対戦を想定した練習をレーミエにさせるために、普段の何倍ものペースでレーミエに2分間全力で打ち込み、それを10人で交代しながらやることで、ケリオのような実力者との試合の状況を再現した。
おかげでレーミエの防御技術は飛躍的にのびた。
また警告をとられないように、防御しながら手を出しをしていく練習も同時にやった。ケリオのような攻撃を再現するには、全力で攻撃にだけ意識を集中させなければならないため、防御などとても考えられなかった見習い騎士たちは、なんどもレーミエの木剣に体を打たれ痛い思いをしたが、当たるたびに申し訳なさそうな顔をするレーミエを気にするなとひたすら励まし練習を続けた。
彼らの腕や肩にあるアザは、今の戦況を作り出せている立役者の証である。
試合を見に来ている騎士たちも、この状況には少し驚いた顔をしていた。
ケリオもリジルたちほど有名ではないが、それなりに名の通った新人である。相手は無名だということもあり、早々に決着がつくだろうと思っていた。
しかし、以外に長く拮抗した試合になっている。もちろん優勢なのはケリオだが、しかし彼の攻撃もなかなか決まらない。
「なんか熱戦になったなぁ……」
「あのレーミエっていうのがんばるなぁ」
なんとなく休暇だったので来てみた騎士の一団。特にどちらかを応援するともなく見ていた彼らは、予想してなかった試合の展開に純粋に驚いていた。
彼らが試合に対しての感想をそれぞれ言っていたとき、連れの騎士のひとりが府に落ちないという顔をしながらいった。
「なんかこの試合動きすぎじゃね?」
「え?」
何を言ってるのかわからないように訪ねたほかの騎士たちに、その言葉をいった騎士が競技場を指でしめす。
「さっきは会場の右端で戦ってたのに、もう左端で戦ってるんだぜ」
そう言われればそうだった。
激しく剣を交わす二人は、さっきまで隊長たちが座ってる場所から右のほうにいたのに、もう左の方にいる。そして彼らの見てる前で、剣を交わす彼らは今度は右上のほうに移動していった。しかも、まっすぐではなくじぐざぐにだ。
「なんだこれ……」
「なんでこんなに移動しまくってんだ……?」
騎士たちの口から疑問の声が漏れた。
そうしていくうちに試合はどんどん長引き、審判の声で一旦止められる。
いつのまにか20分が過ぎていた。
延長に入るのだ。
お互い試合の開始地点に戻ると「はじめ」の合図とともに延長戦が開始される。
(くそっ……、まさか延長戦まで長引くとは……。だが、ここで沈めてやる)
ケリオはそう考えながら、延長戦開始の合図とともに相手に飛びかかろうとした。
しかし、ガクッと膝がふらつく。
(なんだ……!?)
何が起こったかわからず、自分の意思に反して進まない足にたたらを踏む。
その瞬間、レーミエの一撃がケリオを襲った。
「ぐっ……!」
重い……!
延長前の形だけの攻撃とは違う、しっかりと体重が乗った攻撃。ケリオの腕が震えた。
それから2撃、3撃、レーミエは剣をこちらに打ち込んでくる。
(バカな……!俺の方が動きで遅れている……!?)
受け止める相手の攻撃が重い。防御が遅れて、相手の剣が体の間近まで迫る。
攻撃を重く感じる理由は、レーミエの意思の変化だけではなかった。
体が鈍い……。思った通りに動かない。ケリオの体は、明らかに身体的なパフォーマンスがガタ落ちしていた。
(まさか体力が……!?いやまだ延長もはじまったばかりだ。そもそも俺は疲れて負けたことなど一度もない)
ケリオも強豪だった。おまけに相当に鍛えている。体力だって人並み以上にあった。延長も含めて30分戦うだけの体力が十分にある。なのに……。
それ以外にこの状態を説明できる言葉が無かった。
こちらが重く感じる攻撃を打ち込み、激しくつばぜり合いをしながら相手のレーミエが再び笑った。
「試合中ずっと会場中を大きく走り回ったからね。さすがに疲れたでしょう?」
「まさか……!」
そう言われて初めて、ケリオはレーミエの大股のステップの狙いに気がついた。
ステップが大きくなれば移動距離が大きくなる。それに付き合い剣を打ち合ったケリオの移動距離も増えていったのだ。
そんな状態で頻繁に動きまくれば、体力の消耗も普段の試合とは比べ物にならなくなる。
相手を無名と侮り、倒すことに夢中になっていたケリオは、自分がいまやどれだけ走らされたのか想像がつかなかった。
ケリオはレーミエの体力を削る作戦にまんまと引っかかったのだ。
しかし、それでもケリオは納得できないことがあった。いまのレーミエの動きだ。相手も同じ条件でさっきまで走っていたはずだ。いや、こちらを誘導していた分、相手のほうが消耗が激しいはず。
レーミエの体もこちらと一緒で汗だくだった。明らかに体力を消耗している。なのに、その剣にはまだまだ力があった。
ケリオの心の中の疑問に答えるようにレーミエが話す。
「僕は長距離だけは得意だからね。体力勝負なら誰にも負けないよ……!」
現在の北の宿舎のランニングは、レーミエが1位だった。
ゴルムスも最初はがんばっていたが、あの大きな体では持久走には向かず、かなり前にトップの座を譲り渡していた。
それからもどんどんレーミエのランニングの成績は伸びていき、今は北の宿舎でもゴルムスを大きく引き離しトップにある。
つまり、北の宿舎で持久力最強はレーミエなのである。
だからこそ、レーミエたちは作戦を組んだ。
レーミエが無名なことを利用し、通常の試合時間中は大きなステップしかない選手だと見せておいて、そのステップで相手をひたすら動かしスタミナを消耗させる。カウンターでやられないように防御を中心に意識して、警告を受けないように攻撃も混ぜて立ち回りながら、ひたすら走り回り時間を使って、持久戦へと持ち込む。
引き分け狙いだと思い、相手がムキになったのも大きなアドバンテージとして作用した。
そして延長に入り相手のスタミナが尽きかけた頃に、レーミエはその高い持久力を使い一気に攻勢へとでた。
「ぐっ……くそ……バカな!この俺が押されているだと……!」
レーミエの攻撃に押されながら、ケリオが信じられないように叫び声をあげる。
「君が試合中に言ったことひとつだけ訂正させてもらうよ」
延長前と変わらぬ、いや速さをました動きで攻撃しながら、レーミエはみたび笑った。
「僕は最初から勝つ気だよ!」
完全に形成は逆転した。
スタミナをほとんど使い切り動きの鈍くなったケリオ。同じ以上のスタミナを使いながらもまだまだ動けるレーミエ。
ずっと走っていたとは思えない連続の攻撃がケリオを襲う。
「くそっ……!こんなところで負けられるか!」
ケリオも最後の力をふりしぼり、レーミエと打ち合う。
延長も今まで以上の激しい熱戦が繰り広げられた。
そして10分後、試合の結果が決まる。
「引き分け!」
結局、勝敗はつかなかった。
試合の終わりが告げられたときには、ケリオもレーミエも荒い息をついていた。
その表情は対照的だった。青い顔をして試合が終わったことをほっとするケリオ。あと少しだったのにと悔しい顔をするレーミエ。
実際、もう少し時間があったらレーミエが勝っていたかもしれなかった。
時間を重ねるごとに、ケリオの体力は尽きていき、たくわえた技術でなんとか持ちこたえている状態だったからだ。一方、レーミエは最後まで動きが鈍らなかった。
お互い礼をし、無言で握手を交わすと、お互いの席へと戻っていく。
レーミエは北の宿舎のみんなのもとに戻り、いつも通りの柔和な笑顔で、ちょっと申し訳なさそうに謝った。
「ごめんね。もう少しだったのに」
「いやいや、すごかったぜ!」
「うんうん!ケリオ相手にあそこまでやれりゃ十分だよ!」
当然だが、レーミエを責めるものは誰もいない。彼は一生懸命立派に戦った。
みんなレーミエの戦果を喜び明るい表情だ。
そして何より引き分けという十分すぎる結果を彼は北の宿舎にもたらした。
試合は見事にゴルムスへとつながれた。




