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試合がはじまって間もなく。
(そんなに甘くなかった……)
フィーはそう実感した……。
確かに相手は大柄で強そうだ。でも、動きはそんなにはやくないだろうから、素早く動いてかく乱すればチャンスはあるかもしれない、と思っていたのだ。
(歯が立たない……)
あたりまえの話ではあるけど、子どものころにお姫さまとして遊び程度の剣を習い、最近、二週間ちょっと素振りをやったぐらいでは、騎士志望者の振るう剣に太刀打ちできるはずがなかった。
剣を相手に向かってふることすらできず、必死に逸らして逃げ回るのが精一杯。
一方、ゴリ……ゴルムスのほうも、予想外のできごとに驚いていた。
(こいつ小せぇうえに、ちょこまか動きやがるから当てにくいっ!)
あんなガキ、一分もたたずにぶっ飛ばして、みんなの前で恥をかかしてやると思ってたのだ。
なのに、もう5分間も、ゴルムスの猛攻を避けつづけていた。
動きも独特だった。
小さくやわらかい体で猫のようにまるまったり、奇妙な体勢から跳ねたり、ゴルムスの予想のつかない方向に動き、時には地面にしゃがんだり、転がったりしながら、攻撃を避け続けている。
(だがっ、それでも俺の敵じゃねぇ……!)
確かに避けるのがうまいのには驚いた。でも、はじまってから一度も、こっちが剣を打ち込まれたことはない。
動きを見ればわかる。こいつ剣の腕は素人レベルだ。
あっちにこちらを倒す力がないのであれば、攻撃をつづければいずれ勝てる。
自分の勝ちは揺るがない。ゴルムスは確信していた。
「あーあ、やっぱ一方的な試合になっちまったか。かわいそうに」
「でも、あれだけ避け続けてるのはすごくないか?ゴルムスにあれだけ攻撃されて、もちこたえられるやつ見たことねぇぜ」
「それでも攻撃しなきゃ勝てねぇよ。このままじゃ、体力が尽きておわりだ」
開始前に小競り合いがあったせいか、時間をもてあました受験者たちがこの試合の観客になっていた。
実際に、猛攻を避けるたびに、フィーの顔色は悪くなり始めていた。
比較的、運動は好きだったとはいえ、あくまで王女は王女。スタミナがあるほうではない。おまけに連日の貧しい食事も、スタミナ不足に拍車をかけた。
(なんとか……、持ちこたえてっ……チャンスをっ……)
そう考えるが、体はどんどん重くなっていく。
呼吸はみだれ、喉からひきつるような音がしはじめる。
一瞬、足がもつれた。
「ここだ!」
そしてついにゴルムスの攻撃がフィーの体をとらえる。
咄嗟に木剣で防御したが、圧倒的なパワーの差で、体が浮いて吹き飛ばされる。
フィーの体はそのまま木の柵に叩きつけられた。
背中に強い衝撃が走る。呼吸が数秒も止まった。
フィーの体はそのまま地面に仰向けに崩れ落ちる。
(はやくっ……起き上がらなきゃっ……!)
起き上がれない。
全身が痛い。
耳がきーんとなる。
(勝たなきゃ……いけないのに……)
そう思うのに体が動いてくれない。
(わたしの人生にもうこんなチャンスなんてないかもしれないのに……)
諦めが弱った心と体の隙間にしみこんでくる。
(もう……、だめなのかな……?)
「もう、諦めるのか?」
そのとき声が聞こえた。
(だれ……?)
気づくと仰向けになった視界に、ひとりの男の顔が映っていた。
「お前はそれで終わりか?」
柵の前に立ち、男はフィーを見下ろしていた。
目元を仮面で覆ったその男は、その奥から覗くブルーグレイの瞳で、フィーを静かに見つめていた。
その男の姿に観客たちが、ざわりと、なった気がする。
仮面のつけた男から突きつけられた問い。
(いやだ……)
フィーは自分の中に気力が、もどってくるのを感じる。
「まだっ……終われない……!」
声をだすことができた。
耳にまわりの音がもどってきていた。
「まだあきらめんな!ヒース!」
クロウの応援する声が聞こえた。
「おお、まだあいつやる気だぞ」
「でも、倒れたままだ。次の攻撃はふせげねぇぞ」
ゴルムスが木剣を振り下ろそうとしてるのが見える。
まだ体はうまく動かせない。このままじゃやられる。
どうすべきか一瞬考えて、フィーは次の行動を決めた。
「これだ!」
フィーは右手で砂利を握り締め、その顔に投げつけた。
「なにぃっ」
予想外の攻撃をゴルムスは咄嗟に防御したが、砂利がいくつかまぶたに当たり視界がうばわれる。
「あいつ目潰し使いやがったぞ!きたねぇ!」
「本当に騎士志望かよ?!」
その隙にフィーは四つんばいで、ゴルムスの大きな股をくぐり抜けて死角に逃げる。
「くっ、どこいきやがった!」
苦しそうにフィーを探すゴルムスの足が目の前で浮く。
フィーはその浮いた足から靴を片方奪い取った。
「なっ!?」
そのままフィーは地面をくるくると転がってゴルムスから離れると立ち上がった。
「あいつ靴をうばいやがったぞ!」
「手癖も悪ぃ!」
「てめぇっ、きたねぇぞ!」
「へっへっへ」
ゴルムスは自分が履いてた靴をもって悪役みたいに笑うフィーのほうに踏み込もうとするが、その動きが止まる。
試合場所の地面は細かい砂利で覆われていた。
足の裏に食い込む砂利の痛みは、慣れれば無視できるだろうだが、それでもゴルムスの動きを一瞬止めた。
そして片方の靴だけ奪われたことにより、体のバランスがいつもとは崩れ、動きをにぶらせる。
ゴルムスは迷った。もう片方も脱ぐか、このままいくか。
靴を奪い取ったのは咄嗟になんとなくだったけど、思った以上の効果をもたらした。
「いまだ!」
その隙を逃さず、フィーはまだ痛む体に鞭をうち、木剣できりかかる。
「甘めぇ!」
ゴルムスがそれを剣で防ぐ。
ふたりの剣がぶつかり合う。
まだ視界をとりもどせないこと、片方の裸足、心の動揺がゴルムスの剣を鈍らせていた。
とくに裸足の足は、ゴルムスに強く踏み込むことをためらわせ、その剣からフィーの体を吹き飛ばすような力を奪っていた。
一方的だった差が、剣で打ち合えるようになる。
しかし、それでもまだフィーが不利だった。
「身長差がありすぎる。あれじゃあ、攻撃が有効な場所にあたらねぇ」
フィーの身長では、巨体なゴルムスの体の下部分にしか攻撃できないのだ。もっとも有効な頭や首には剣が届かない。
そして時間が経てば、ゴルムスは今の状態から回復していく。
長引けば、フィーにもう勝ち目はない。
(もういまやるしかない!)
長い間、打ち合ってたせいか、フィーはゴルムスの剣のくせをなんとなく感じ取っていた。
直線的で、相手にもっともはやく到達するように剣を振ってくる。
しゃがみ姿勢を低くすると、振り下ろしの剣が来た。
(予想通りっ)
フィーはそれを横に転がり避ける。
すると横薙ぎの剣が来る。いつもなら下がるところを、フィーはそれを高くジャンプして避けた。
それを隙と見たゴルムスは、剣をそのまま払いあげた。
「終わりだ!」
(きた!これだ!)
フィーはジャンプしながら、体を縮め全身のばねをためていた。
そして自分に対して迫ってきた木剣を、思いっきりけりつける。
「なっ、あいつ剣を踏み台にジャンプしやがった!」
フィーの体が大きく宙に浮かび上がる。
ゴルムスの頭が、フィーの下に見えた。
体のすべての力を込め、フィーは木剣を振りかぶった。
(この試合に勝って……わたしはふたつめの人生をあゆむんだ!)
フィーの全力の一撃が、ゴルムスの頭に叩き込まれた。
そして――
しばらくあと
「ただいまの試合の勝者、ゴルムス!!」
試合は決した。




