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92 スラッド熱き戦い

スラッドは負けた。


 こちらは東の宿舎。

 ルーカが勝ったときは喜ぶ機会を逃したカーネギスだが、ジェリドの勝利に高笑いをあげた。


「ははは!よくやったぞ!最初の戦いはなんかおかしなことになったが、あと一勝でこちらの勝利だ!やはり俺の選んだこのメンバーは最強だ!

 よし!いけ、ケリオ!やつらにトドメを刺してこい!

 しかし、この調子ではせっかく選んだリジルやパーシルに回る前に終わってしまうな。ちょっと選びすぎたか?まあいい。ははははは!」


 ケリオが無言で立ち上がる。

 彼の心の中には、見習い騎士となってからずっと小さな嵐が吹き荒れていた。


(みんなパーシル、リジル、ルーカの話ばかり。俺だって優勝者の1人なんだ。なのにずっと控えで、クーイヌが東の宿舎から抜けてようやくメンバーに選ばれる始末……)


 その木剣を握る手に力が篭もる。


(確かに奴らには敵わない。だが、俺だって少年剣技大会では強豪の1人だったんだ。この試合で勝ってそれをみんなにも思い出させてやる!)


 ケリオはそう独白して競技場のほうへ降りていった。




 北の宿舎ではレーミエが準備をしていた。

 手に布を巻いて汗への滑り止めにして、そこに愛用の木剣を持つ。


「ケリオはカウンターの使い手だ。気をつけろ」


 クーイヌがあらためて相手の情報を確認し、それにレーミエが頷いた。


「勝つ気でいけよ!」

「もちろんだよ」


 ゴルムスの鼓舞する言葉を受け取り、レーミエは試合会場へとその体を向けた。

 すでに2敗。北の宿舎の命運は、レーミエのその少し線の細めな肩に託された。


 その肩が競技場の方に降りていく。その歩みは、ゆっくりと試合会場の中心へとむかっていった。

 すでに会場ではケリオが待っていた。

 ふたりは無言で視線を交わし木剣を構えた。


「はじめ!」


 審判が二人を確認したあと、大きな声でそう宣言する。

 試合がはじまった。




 試合がはじまってすぐ、ケリオは相手の観察をはじめた。

 数度、間合いをつめて打ち合うが本気ではない。

 打ち合いながら相手の性質を見極めていく。


 北の宿舎と東の宿舎の剣技試合。ケリオたちにとっては楽な試合だった。

 パーシル、ルーカ、リジル。自分たちの世代に燦々と名を輝かす強者たち。これだけの圧倒的な戦力を揃えて勝てないはずがない。

 たとえケリオが何かの要因で負けたとしても、恐らくリジルがすぐにこの試合を決めてしまうだろう。


(だからこそ負けられない!)


 チームとしてはそうでも、ケリオ個人としてはこの試合負けられるはずがなかった。

 負ければただでさえ名声も実力も差がついたあの三人と、どんどん引き離されていってしまう。

 ケリオにとって決して負けられない試合なのである、これは。


 相手は少年剣技大会では名も聞いたことないような選手。だが、それでも万に一つを警戒して、ケリオはまず相手を慎重に見極める作業からはじめた。


(レーミエといったか。剣の腕はそれなりだ。悪くない。動きもなかなか速い。しかし、ステップが大股で雑だな)


 試合の相手、レーミエの剣の腕は悪くなかった。

 少なくとも東の宿舎の平均的実力の選手と戦っても負けないだろう。それでも自分のほうが上だとわかるが。


 細身で軽そうな体には、そこそこの速さがあった。

 しかし、ルーカたちのような化物クラスの速さではない。十分、対応可能だ。


 そして一度のステップがやたらと大きかった。普通に歩く以上の歩幅で移動している。だから一歩動くだけで、やたらと位置が変わった。

 ステップというのは基本的に細かい方がいい。距離の微調整、小回りの効き易さ、自分の有利な間合いを維持するには小さなステップがかかせない。

 ただそればかりでは体力を消耗しスピードがでないので、歩幅のあるステップも織り交ぜなければならない。要は的確に両方のステップを織り交ぜられるかなのだが、そこはセンスが問われる領域である。


 なのに相手はずっと近づいても離れても、やたらと大きなステップばかりをしていた。


(どうやらかなり大雑把な性格のようだな。ならば……)


 ケリオは間合いを詰め、打ち合ったあと、わざと自分で大きな隙を作った。


(大雑把な性格なら、ここで踏み込んでくる。あの荒いステップなら、カウンターをとることは造作もない)


 そう思ってレーミエが打ち込んでくるのを待つ。

 しかし、レーミエはケリオの予想とはまったく違う動きをした。ケリオの隙を見ると、すっと足を引き間合いを取り直したのだ。


(なに!?カウンターを狙っているのを読まれたか……?)


 ケリオは相手の動きに戸惑う。

 しかし、構えを戻すと、あちらから大きく動きながら打ち込んできた。


 相手のレーミエは独特の大幅なステップで斬り合いながら、優勢になると上がり、劣勢になるとすぐに引き、剣を打ち込んでくる。

 ケリオはもう一度、今度は斬り合いの中で、かすかなでも分かる程度の隙を作り相手に晒した。さっきよりも自然な動き。相手の選手には自分の攻撃で隙を作れたように見えただろう。そうしておきながら、しっかりとカウンターの準備をしておく。


 しかし、レーミエはそれを見ると一歩、大きく下がった。


(また……!?)


 カウンターに警戒しているのは分かる。

 ケリオはカウンターの名手として名が通っている。あちらには同じ大会に出場した選手たちもいるはずだし、同じ宿舎にいたクーイヌだっている。

 いや、このレーミエという選手も、自分と同じ大会に出場していた可能性もある。

 情報が渡っているのは分かりきったことだ……。


 しかし、隙に対して打ち込まないというのは、試合において不可能なことだ。

 相手を崩し、そこに剣を打ち込むこと。それが勝利の基本だ。その行動を放棄することは、勝利を放棄することに等しい。

 だからこそケリオを相手にした選手は、ケリオの見せた隙が誘いかもしれないと分かっていても打ち込まざるを得ない。そしてカウンターによって負けていく。


 ケリオに勝てるのは、見せた隙にカウンター以上の攻撃ができるルーカやリジルのような選手、そして本当の隙と偽者の隙をあっさり見極められるパーシルのような選手だけだ。


(こいつに俺の動きが見極められているというのか……?いや……、そんなはずはない……)


 一度目は確かに少しわざとらしかったかもしれないが、二度目はかなり自然にできた。ああいう隙に打ち込まないのであれば、試合での勝ちは掴めない。


 頭の中は疑問に支配されながらも、こちらが動きを止めると相手がすぐに掛かってくるので打ち合う。

 数度打ち合ったあと、レーミエという選手はまた大股で後ろにさがった。


(またか―――



 ―――は!?)


 ケリオの頭の中に何かがひらめいた。

 その瞬間、レーミエが下がろうとしたところに、全力で地面を踏み相手へと一撃を放つ。

 その攻撃はすぐに相手に受け止められた。


 間合いをとろうとしたところに、ギアを全開まであげた速攻の一撃。

 相手にとっては速度の変化に不意をついた形になったはずだ。なのにあっさり受け止めてきた。

 それはつまり相手がずっと防御に意識を割いていた証拠だった。


 そう、ずっとこの選手は防御を意識していたのだ。

 ケリオと打ち合ってる間も、ずっと……。


「そうか……!」


 ケリオは理解した。

 警告をとられないように打ち合っているようにみせていたが、その実、防御のことしか考えていない。隙を見せると攻撃するのではなく、むしろ下がる勝ちを放棄するような動き。

 だから、カウンターの誘いにも乗らなかった。 

 つまりこいつは……!


「引き分け狙いというわけか!」


 ぎしぎしと激しくつばぜり合いしながらそう叫んだケリオに、レーミエの顔がにやりと笑った。


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