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 反則だと叫んで、東の宿舎の勝利を宣言した審判。

 それを聞いてフィーは、審判に抗議した。


「ええ、なんでですか?」

「剣以外の武器の使用は禁じられている」


 当たり前といえば当たり前の突っ込み。

 しかし、それにフィーはキリっとした表情で返した。


「さっきのは朝食のオレンジジュースです。武器じゃありません」


 綺麗なくもりのない青い瞳が、審判を見つめ返す。


 ゴルムスたちが一生懸命ルールを教えた結果がこれだった。

 成果は斜め上だったが……。


 つばぜり合いになると顔を近づけるという弱点を突くために、朝食のジュースを口に残しておいて目潰しとして吹きかける。そして動きが止まったところで全力で攻撃する。

 まさに隊長に習った通りの一点突破。

 完璧な作戦だとフィーは自負している。


 その澄んだ瞳に一瞬審判は怯んだ顔をしたが、正気にもどったように慌てて首を振ると言った。


「そ、そんな言い訳認められるか!だいたいそうだとしてもだめだ!さっきの行為は騎士道に反する!」


 しかしまあ当然として当然、認められるわけがない……。


 ルールブックには確かに書いてあった。

 『剣以外の武器を使っちゃいけません』の他に『騎士道に反する行いは禁止』と。

 それにフィーは不満げな顔する。


「ええー、そのルール曖昧すぎますよ!」

「曖昧でもなんでもとにかくだめなものはだめだ!騎士なら正々堂々戦いなさい!」


 ぶーぶーとフィーは口を尖らせた。


「偏狭な騎士道はんたーい!僕たちに十人十色の騎士道を!」


 腕を上げ下げして、抗議のシュプレッヒコールを一人で展開する。

 その背中をガシッと誰かが掴んだ。


「ヒース、ちょっとこい。話がある」


 誰であろうヒスロだった。

 ちょっとこいとか言いながら、襟首をがっしり掴んで、ずるずると連行していく。

 ヒースは不満げな顔をしたまま、ヒスロにひきずられて試合会場を退場して行った。




 その様子を見て、観覧にきていた騎士隊の隊長たちはざわざわとなる。


「なっ、なんだね、あの見習い騎士は……!」

「いったいどこの隊の見習い騎士なのだ!」

「うちのだが……?」


 イオールがそういった瞬間、騒いでいた騎士隊長たちが、顔を青くして気まずげに視線をそらした。


「イ、イオールさまのでしたか……」

「はは……。元気な子ですな……はは」


 そんな中でゼファスだけが腹を抱えて爆笑していた。


「はははは、また面白いのを入れたなイオール。まさか試合で毒霧使うなんてな!」

「実戦なら勝ちだったんですがね」


 イオールは引きずられていったヒースをみながら、少し残念に思ってそうなため息をついた。


「そうだな。これでコイールんとこのせがれっ子も悪い癖なおすだろうよ」


 ゼファスはその隣でひたすら楽しそうに笑っていた。




「な、なんなんだ。さっきのは……」


 こちらは東の宿舎の人間たちが集まる席。

 試合の結果を見て、カーネギスが呆然と呟いた。


 勝つには勝った。

 しかし、先鋒が勝って一気に盛り上がるはずだった東の宿舎のムードは、さっきの試合で起きた出来事のせいでみんな困惑してしまい、とてもそんな雰囲気ではなくなってしまった。




 北の宿舎の席では、ゴルムスが腕を組んで呆れた顔をしながら、ひきずられていくヒースを見送っていた。


「あいつ出会ったころから見習い騎士として時間を経るごとに、どんどん騎士っていう存在から遠ざかっていきやがる……」


 そもそもこういうフィーの汚い行動は、北の宿舎の間では有名だった。

 模擬戦でも木製で作られた危険性の少ない隠し武器や暗器をどこからか調達してきて、いつの間にかその扱いも身につけていて使ってきたりする。

 あらかじめ使うなと言っておけばやめるし、使ってきた時点で試合を止めやり直す人間もいる。

 だが、ゴルムスなど一部の人間はその状態で戦ったりする。

 実戦では騎士同士で戦うとは限らない。隠し武器の扱いに長けるヒースとの戦いは、実戦を考えると大きなメリットになった。

 さすがに訓練用の木剣そっくりに偽装してきた、刃がばねで飛び出す謎の木剣を持ち込んできたときは、ヒスロに通報され3時間ぐらいの説教を喰らっていたが。

 ヒースの2勝10敗33引き分けのうち3敗は反則負けである。


 それとヒースが絶望的に剣での戦いに向いてないというのがある。

 あの体格では普通の剣術で強くなるにも限度がある。横道に大分逸れているとはいえ、彼なりにまわりとの差を埋めようとする努力を、仲間である北の宿舎の少年たちは無碍にしようとは思わなかった。

 そういうわけで、ヒースが暗器の使い方を身につけているのは、北の宿舎では半公認の状態だった。


 だからこの結果は、ある意味予想通りだったと言える。

 問答無用でヒースを先鋒においた自分の判断を、ゴルムスは極めて正しかったと思った。

 ルールを書き取りで覚えさせた件は、斜め上方向に効果を発揮されたが……。


 それはともかく。


「よし、ここからが本番だ!あのアホのことは置いといて、予定通り俺たち4人で3勝取るぞ!」

「おー!」


 反則負けして連行されていったアホの子は最初からいなかったことにされ、ゴルムスたち4人のチームは新たに気合を入れて試合に挑む

 不安要素の爆弾のフィーはもともと数に入っていなかった!


 向こうの東の宿舎の席から、一人の少年が降りてくる。

 東の宿舎のメンバーの1人、ジェリド。ヒースの相手だったルーカほど有名ではないが、簡単に勝てるような相手では決してない。スラッドたちの世代にその名を響かせる強豪のひとりである。


「よし、行ってくるぜ!」

「がんばれー!スラッド!」


 準備を終えたスラッドに、たくさんの応援が向けられる。

 スラッドは絶対に勝ってやると熱く気合を入れながら試合の舞台に降りて行った。


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