90 一点突破
競技場の中心で10人の少年たちが向かい合う。
北の宿舎の代表メンバーと東の宿舎の代表メンバー。
ばちばちと火花を散らす者、余裕の笑みを浮かべる者、ただ冷静にその場に立つ者。それぞれの視線が交錯する。
オーストルの騎士団の全隊長、そして北の宿舎と東の宿舎のほぼ全員、そして自主的に見にきた正騎士たち。
そのたくさんの目が集まる中で、少年たちが礼をした。
ついに剣技試合がはじまる……。
最初の試合は、先鋒であるフィーとルーカの試合。
フィーの試合がはじまる前にもう一度、北の宿舎のみんなが集合する。
最後にみんなで掛け声をあわせるためだ。
音頭を取るのは、チームの結成から練習に至るまでリーダー的な役割を果たしていたゴルムスだ。
「よし!この試合に勝って東の宿舎のやつらに吠え面かかせてやろうぜ!」
「おうー!」
ゴルムスの声にみんなから大きな声が上がった。
シンプルだけど決意は十分。みんなも気合十分という感じだった。
一方、東の宿舎の席では、カーネギスがひとり大声を上げていた。
「よーし、ルーカ!まずはお前が北の宿舎の奴らに力の違いを思い知らせてやれ!いけー!いくのだー!」
「はいはい、わかってますよ、カーネギス先輩。そんなに気合を入れなくても、勝てる試合じゃないですか。少しは落ち着いてくださいよ」
東の宿舎は総務の目標のせいか、エリート主義なところがあった。
カーネギスの方針で団体戦にでるメンバーを中心として鍛えていく訓練方式。それは決して悪いことばかりではない。優秀な人間を見たり戦える機会を多く持てることは、彼らの力を伸ばしていくことにもつながる。
しかしそれにはモチベーションが必要である。
メンバーとそれ以外の人間たちには壁があり、メンバーたちも個人主義の精鋭ぞろいなので協調性があるとは言いがたい東の宿舎では、そういう雰囲気作りができてるとは言いがたかった。
まあ端的に言って、ある1名を除き、みんな仲が良く楽しそうに、時に喧嘩し時に団結する北の宿舎のような雰囲気とは違う。
それでも団体戦メンバーの実力は北の宿舎を上回るというのは、多くのものが抱く見解だろう。
ヒスロなどの教官からしても、客観的に言うとそう言わざるを得ない。
形など関係ない。実力さえあればいい。
東の宿舎の組織はその体現でもある。
「ジェリドとケリオがミスらなければ、三勝ですぐ終わる試合ですよ。まあ、見ててください。僕の華麗な剣捌きでそれを証明して見せますよ」
そういってルーカは、試合の舞台に降りていった。
「よし、相手も降りてきたようだ。いってこい、ヒース」
ヒスロも選手の背中を叩き、できるだけ彼らを励ますように声をかける。
ヒース対ルーカは、今日行われる試合の中でも一番厳しい組み合わせだった。実力の差は明白。
もし、北の宿舎に勝機があるなら、スラッド対ジェリド、レーミエ対ケリオのどちらかをとることが本命である。
だからといって捨てろとは言える状況ではない。
先鋒の闘いは、試合の流れを作る。
あっさり負けて試合の流れがあっちに完全に傾けば、実力で劣るスラッド、レーミエもあっさり負けてしまう可能性が高い……。
なんとか試合を繋ぎ、真正面から戦う実力があるゴルムス、クーイヌへバトンを繋がなければならない。
自分用の木剣を持ち準備するフィーに、ゴルムスたちが声をかけた。
「ヒース!勝つ気でいけよ!」
「がんばってください!」
「僕たちも応援するから、ヒースも出来るだけがんばって!」
「全力で応援するぜ!」
そんなみんなの顔を見て、フィーはこくりと頷き、試合会場に下りて言った。
その背中を見てゴルムスたちが呟いた。
「おい……、いまあいつ無言だったぞ……」
「もしかして緊張してるのかな……」
「あいつなら大丈夫だよ!し、信じるしかねぇよ!」
いつもと違うフィーの様子に、ゴルムスたちは不安げに呟いた。
試合会場のみんなの注目の中、フィーとルーカが向き合う。
「やあ、一週間とちょっとぶりだね。昨日はよく眠れたかい?」
「……」
無言でこちらを見るフィーに、ルーカがふっと笑った。
「その様子じゃ、あんまり眠れなかったようだね。安心しなよ。僕が一瞬で終わらせてあげるよ。そのあとゆっくり休むといい」
「……」
「無駄話は慎むように!両者、準備が整ったら礼をして構えなさい!」
審判が喋るルーカに注意する。
ルーカは「はいはい」と言いながら、気障な仕草で礼をして剣を構えた。フィーもぺこっと頭を下げて剣を構える。
かなり身長差のある二人の視線が絡み合う。
「おいおい、あんな小さい奴がでてるのかよ」
「相手はあのルーカだろ。あれで勝負になるのかよ」
期待の新人の1人であるルーカの名は、正騎士たちにも結構知れ渡っていた。
そしてそれと向かい合うフィーは、今だかつてないほど小柄な騎士だった。
勝敗が予想できるというよりは、勝負になるかすら怪しい。恐らく試合がはじまってすぐに、ルーカに倒されてしまうだろう。それが大方の予想だった。
「ヒース、がんばって!」
レーミエが祈るように視線を向ける。クーイヌも不安そうな目で試合を、フィーをじっと見つめる。
「はじめ!」
審判の声が響いた途端、ルーカがすぐさま間合いを詰め、フィーに斬りかかった。
クーイヌほどではないが、電光石火の速さを持つ攻撃をルーカはできる。
「はええ!」
「本当に見習い1年目かよ」
見てる人間たちも、その見事さに息を呑む。
それをフィーは両手に持った木刀で受けた。ガッと鈍い音が立ち、フィーの腕が一瞬ぶれ、体が数センチほど後ろに引きずられる。
それでもフィーはルーカの第一撃を受け止めた。
ルーカの目が少し驚きに開く。
「へぇ」
つばぜり合いになった状態、ルーカがフィーに顔を近づけた。
「なかなかがんばったじゃないか。まさか君程度の選手が僕の剣に反応できるとは思ってなかったよ」
そういってフィーの顔を覗き込み、囁いたその瞬間。
オレンジ色の噴霧がその顔を覆った。
「えっ!?」
「なんだ?!」
突如、信じられない光景が目に飛び込み、試合会場の誰もが目を見開く。
ルーカが飛び掛り、フィーと剣で組み合った次の瞬間、フィーの口からオレンジ色の何かが噴射され、それが霧状になりルーカの顔を覆ったのだ。
霧に顔を覆われたルーカは、1秒後、剣を取り落とし叫びだした。
「目がぁあああ!目がああああ!」
目を押さえ仰け反る。
そんなルーカを冷静な表情で見ながら、フィーは限界まで腰をひねり、木刀を頭の後ろに来るまで振りかぶると、足を上げたあと思いっきり踏み込み、その顔へ木刀をスイングしながら打ち込んだ。
ちなみにどう見ても剣を振るフォームではなかった。
「ぐふぉっ!」
小柄でもフルスイングで溜めた威力は凄まじく、直撃を受けたルーカはゴンっと鈍い音を立てて地面に倒れる。
そんなルーカにフィーはとことこと駆け寄ると、ゴンゴンゴンっと3回ほど木剣を振り下ろす。
そうしてルーカがぴくぴくとなって動かなくなったのを確認すると、しーんとなった会場をまったく気にした様子なく、ちょこんと腕を上げ誇らしげに言った。
「勝った」
「は、はんそくうううううううう!ルーカ選手の勝利!」
北の宿舎の1敗目が速攻で決定した。




