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そうしてついに試合の日がやってきた。
試合は王都にある剣技大会用の建物を借り切って行われる。大規模な大会の決勝などで使われるなかなかの大きさの建物で、すり鉢状の席が設けられていて観戦にも対応している。
剣技大会などがないときは閑散としている建物のまわりだが、今日はまわりに騎士たちが歩く姿が見られた。
東北対抗剣技試合は隊長はなるべく参加するようにしているが、正規隊員たちは自由参加である。
それでも同じ部隊の後輩を見に来たり、単に興味本位だったり、どちらかの宿舎の出身だったりする者が見に来ていて、意外と人数がいる。
そんな試合場の周辺の一角で、東の宿舎の少年たちを前に一人の騎士が立ち、大声をあげていた。
金色の髪を大量の整髪料でオールバックにし整えている騎士は、その後ろに反らせた髪と同じように背を反らし笑い声を響かせていた。
「ふははははは!ついにこのときがやってきたのだ!
北の宿舎の人間たちに、俺が味わった三連敗の屈辱を味あわせるときが!その第一歩が!
思えばあれから俺は酷い目に遭いつづけていた。あの敗北のあとエリザベッタに振られたのも、それから第一騎士隊へ5度も転属に失敗したのも、あのあといくら女の子と付き合ってもうまくいかないのも、35を超えていまだに俺が独身なのにも、最近父さんや母さんがいいかげん誰でもいいから結婚してくれとうるさいのもすべて!
すべてがこの試合で三連敗を喫したせいだ!
だから俺は今日こそこの三連敗の屈辱をあいつらに返す!そしてこれをきっかけに失った青春を取り戻すのだぁああ!」
「あーあ、またカーネギスさんが発狂してるよ」
「毎年毎年、よくもあれだけ荒ぶれるもんだ」
「あれさえなきゃ、割りといい人なんだけどなぁ……」
「なんか俺あれ見てると、もうすぐ夏も半ばだなぁって思うようになっちゃったよ」
通りがかった正規騎士が、ちょっと呆れた顔をしながらその後ろを通り過ぎていく。
しかし、そんな声もカーネギスの耳に届いた気配はない。
「よーし!今日のために集めた最高の精鋭たちよ!行ってくるのだ!そして北の宿舎の人間どもに俺の味わったあの屈辱を、とくと味あせてくるがいい!」
腕を振りそう指示をだすが、あんまり「はい」と応じた少年たちはいない。さすがに東の宿舎の少年たちからも呆れられているようだった。
ただルーカとリジルは、にやりと笑みを浮かべ、試合会場のほうに足を向けながら言った。
「言われなくても僕たちが楽に倒してきますよ」
「俺たちがまけるわけないでしょう」
自信満々にあるいていく二人に、メガネを直しながら無言で会場へと向かうパーシル、その後をケリオ、ジェリド、他の見習い騎士たちがついていった。
会場の方には、隊長クラスの騎士たちがもう集まっていた。
その中には仮面をつけた騎士、イオールの姿もあった。彼がこの国の国王であることは隊長たちは知っていることで、彼らでもその顔には少しの緊張がうかがえた。
そんな中、彼らのもとに40過ぎだろう、他の隊長たちよりも一回りは歳が上だろう男性が近づいてくる。渋い髭を湛えたナイスミドルといった顔立ちは歳相応の威厳に満ちているが、その顔に浮かぶのは少年のようないたずらっぽい笑みだった。
「久しぶりだな、イオール」
その姿を見ると各騎士隊の隊長だけでなく、イオールまでが立ち上がり礼をした。
「お久しぶりです。ゼファス兄さん」
「ははは、敬語はやめてくれ、同じ隊長だろ。というか、本当は俺の方が使わなきゃいけないんだがな。その姿だとあんまり敬いすぎても不審がられるから許してくれよ」
最後の方はイオールに体を寄せて、隊長たち意外には聞こえないように小声で言った。
「気にしてません。むしろ助かるぐらいです」
イオールも変わらず敬語で話し続ける。
この男性こそ、第一騎士隊の隊長であり、国王と共に国を建てなおした立役者と言われ、巷ではロイと同じく英雄扱いされている騎士ゼファスだった。
彼はまた王族の剣術指南役を務めていたカイザルの弟子でもある。イオールにとっては兄弟子にあたる存在だった。
まわりには知られてないことだが、イオールは王子として剣術を習うだけでは我慢できず、カイザルに本気で弟子入りをしたことがある。そして弟子である期間は、王子として扱われることを拒否した。
そしてカイザルたちも、本気でそのように接したのである。
なのでイオールにとって、ゼファスは臣下の騎士というより、兄弟子という側面を強く見ている。尊敬する相手でもあった。
「遅れてすまんな。聞いてるかもしれんが、また子どもができてな。メリッサと医者のところに行っていた。母子ともに健康だそうだ」
「話はフィンから聞いています。メリッサさんも元気そうでなによりです」
そんな彼もいまは年をとり、結婚もしたことで、半引退気味の状態にある。
実務は副隊長であるフィンという騎士が取り仕切っていた。
長年、仲の良かった幼馴染との結婚は、年齢にしては遅く子どもが危ぶまれていたが、そんな心配もなんのその、夫婦には3人目の子どもができたばかりだった。
「ははは、結婚はいいぞ。イオール、お前もそろそろ意中の相手はいないのか?」
ゼファスはまた肩を寄せ、今度はまわりにも聞こえないようにかなりの小声で話しかける。その表情はやっぱり少し彼を心配しているようだった。
しかし、イオールはいつもと変わらぬ声で返す。
「いえ、まだ俺にはやるべきことがありますから。結婚はその後でいいです」
その言葉はゼファスもわかっていたようで、ちょっと溜息を吐いたが、深く追求することは無かった。
表情を悪戯っぽいものに戻し、イオールに話しかける。
「そういえば今日は、お前のところの見習い騎士もでるらしいな。良いヤツなのか?」
すると、イオールの表情に笑みが浮かんだ。
その瞳に宿る優しげな光を見て、ゼファスは意外な顔をした。イオールは気付かなかったが。
彼が基本的に誰かに見せる優しさというのは、王や指導者として民に見せる優しさで、個人の心情からくる優しさは、かなり彼の心の奥深くまで踏み込まないと見えてこない。
「ええ、素晴らしい才能と、騎士にふさわしい気質をもっています。その資質は草向きで、今の状況では裏の任務に近いものを回さざるを得ないですが、いずれは表舞台へ、この国を背負う騎士の代表の一人として立ってほしいと俺は思ってます」
ヒースの資質を考えれば草にまわしても問題はなく、その忠誠心から精一杯に働いてくれるはずだった。そんなヒースに表への籍を残していることは、イオールの心を示していた。
ゼファスもそんなイオールの表情をみて少し考えると、にやりと笑って見せた。
「そうか、じゃあ今日の試合も楽しみにしてるぞ」
「ええ」
イオールもそれに頷いた。




