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 東北対抗剣技試合まで残り二週間を切った。

 フィーたちはがんばっていた。

 ヒスロも剣技試合が告知されてからは、基本的に自由行動を許してくれている。言ってくれれば相談に乗ったりサポートもしてくれると言っていた。


 そもそもヒスロが北の宿舎の教官になった理由も、うちの総務を務める人がさすがに戦力差が付きすぎるということで焼け石に水かもしれないが、厳しいけどちゃんと鍛えてくれるという評判の彼に教官を依頼したからだと聞かされた。

 総務担当の騎士といえば、フィーも数回しか見たことないが、なんとなく覚えている。小太りで線のように細い目をしたやさしそうな騎士だったと記憶している。


 まあそんな気遣いも他の見習い騎士の反応を見るに、本当に焼け石に水になってしまったが。

 メンバーが決まってからも他の見習い騎士たちは、ふわふわと湯気のように虚ろに漂っている蒸発状態である。


 フィーたちはというと、黙々と試合のための練習をしていた。

 フィーは敵情視察をしたり、ゴルムスたちと訓練したり、ルーカに勝算を得るための戦略をいろいろ考えては、やっぱりだめだと考え直したりの毎日だ。

 ゴルムスとクーイヌは二人で試合するのが主な練習だ。

 スラッドとレーミエは、ゴルムスやクーイヌとやったり二人でやったり……。


 正直言って手が足りない。

 相手と同じクラスの実力者は、北の宿舎にはゴルムスとクーイヌしかいない。フィーたち弱小組としては彼らと数をこなして実力をアップしたいところだが、彼らも自分たちの試合があるからずっと付き合ってもらうわけにもいかない。

 スラッドとレーミエでの練習は、彼らにとって多少の力付けにはなると思うが、今回相手にする強豪には心もとない。フィーにいたっては戦型も体格も独特すぎて、相手の訓練にはほとんどならない。


 ゴルムスたちのような実力者を求めるのはさすがに無理だと諦めるにしても、とにかく練習相手がたくさん欲しいのが実情だった。


 そしてお昼の時間、フィーはまた図書館に来ていた。

 さすがにルールを調べるためではもうない。


 ルーカに勝てるような作戦が思いつかず、何かアイディアはないかと兵法書みたいなのをめくったりしているところだ。


 今日も適当な本を取って席にもどるところで、意外な顔とすれ違いそうになった。

 向こうも近づいてから、こちらに気がついたようだ。


「おや?君は北の宿舎にいた少年じゃないか」


 すれ違いそうになった相手は、あのルーカだった。


「ヒースだよ」


 フィーが名前を教えると、彼は少し驚いた顔をした。


「そうか。君が僕の対戦相手だったのか」


 試合のオーダーは一週間以内に決めなければならず、もう対戦相手は決まったあとだった。北の宿舎も東の宿舎も変動はない。

 それを聞いてルーカは何がおかしいのかクククっと笑い出した。


「やれやれ、北の宿舎の人間たちは怖気づいて露骨に試合を捨てにきたみたいだね。君みたいな子どもに試合を押し付けるなんて」

「僕はたぶん君と同い年だよ。ずいぶんと余裕だね」


 それにフィーが睨み返す。


「へぇ、何か間違って子どもがはいってきたのかと思ったんだけど、そうじゃなかったのか。それで試合が控えているのに、図書館なんかに来て何をしてたんだい?」

「君を倒す方法を調べにきた。君の方こそなんでここにいるの?」


 フィーは図書館に来た理由を正直に述べた。隠してやる気なんて毛頭もない。


「それはそれは。見つかるといいね」


 ルーカはそういって笑いをこらえた顔でフィーを見ると、腕の中の本を掲げて見せた。

 それは夜会で踊るダンスの教本だった。


「僕の方は対戦相手で外れを引いちゃったんでね。暇つぶしにこういう本でも読むしかないのさ。まあ、僕は貴族の子息だから、こういう時間も無駄にはならないけどね。

 ちゃんとした相手に当たったリジルやパーシルがうらやましいよ」


 そしてフィーのことをはずれと断言して見せる。

 明らかに、フィーを戦う相手としてすら認識してないようだった。


「まあ、こんなところで僕を倒す方法が見つかるとは思わないけど、せいぜいがんばりたまえ。たとえ負けても一生懸命がんばった姿を見せれば、隊長たちの覚えも少しは良くなるだろう」


 そういってルーカはフィーのもとを去っていこうとした。

 しかし、ふと思いついたようにこちらを振り返ると。


「あ、でも本番ではあんまりじたばたしないでくれよ」


 一瞬でルーカはフィーの前まで移動し、その顎をくいっとまた持ち上げる。

 そして余裕の笑みを湛えた顔が、フィーの目を覗き込んだ。


「例え男だとしても、間違ってその可愛い顔に傷をつけてしまったらさすがに罪悪感がわくからね」


 ルーカはそれだけを囁くように告げ、ふっと笑うと去っていった。


 フィーはその背中を見ながら動けなかった。

 その時、フィーの頭の中にはパッとランプの光が灯っていた。




 北の宿舎に戻ると、木剣を持った見習い騎士の少年たちが大勢、訓練所に集合していた。

 ここ一週間ずっと死んだような顔をして、最小限の訓練が終わったら寮にもどってしまう少年たち。

 だが、今日の彼らは生気が戻った表情だった。


「みんな僕たちの訓練を手伝ってくれるみたいなんだ」


 レーミエが図書館から帰ってきたフィーに嬉しそうに告げた。


「悪かったな。情けないとこ見せちまって」

「俺たちもさすがに立ち直ってきたから、試合には出られないけど、練習に全員で協力することにしたぜ!」


 さわやかな顔をしてそういう見習い騎士たちにフィーが言った。


「それってメンバーが決まって気楽になったから、元気がでてきたとも言うよね」

「うぐっ……」

「そ、それは言わないでくれ……」


 割と図星をつかれ見習い騎士の少年たちが、胸を押さえて座り込んだ。

 それにフィーがくすくす笑う。


「冗談だよ。協力を申し出てくれてありがとう。すごく助かるよ!」

「お、おお……。やりたいことがあったら言ってくれよ!できることならなんでも協力するぜ!」


 そうして北の宿舎の見習い騎士たちも練習に協力してくれるようになった。

 その中でフィーの頼んだ練習は独特だった。


「本当にこれでいいのか……?」

「うん、まだまだお願い」


 ひたすら相手の打ってくる剣を受け止める練習だ。

 どちらかというと避けたり、逸らしたり、相手の攻撃をかわすことが多いフィーには珍しい動きだったが、同時に防御に特化した練習だった。


「攻撃の練習しないでいいのか?警告とられて、負けるかもしれないぞ」

「大丈夫。僕は勝つ気だよ」


 防御一辺倒になりがちだというフィーの弱点を心配するゴルムスに、フィーは笑顔で頷いた。


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