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 東北対抗剣技試合が告知され一週間が経った頃。

 フィーと仲間たちは城壁内にある図書館に行くことになった。見習い騎士たちの寮と同じく、お城の中に建てられた別棟の建物で、王城内に職を持つものなら誰でも利用することができる。

 これとは別に王宮内にも書物を保管する場所があるらしいが、そこは王族、許可を得た文官や貴族などの限られた者しか使えない。


 北の宿舎を出て、西回りに宮殿のまわりを歩いて行くと、その図書館にたどり着く。

 場所的には城壁内の南西側ぐらいの位置だ。


 みんなで北の宿舎を歩いて出ると、途中、右手にフィーがいた離宮も見える。


 そこから城壁内の壁の一つを潜り抜け、西の門の前を通り、庭園を通り抜けると図書館へとたどり着く。


「あ、マーレッタだ」


 フィーは庭園の中で見知った花を見つけた。


「マーレッタ?」


 フィーに言われて少年たちが見ると、黄色い中心の花柱に、1枚1枚がはっきりした白い花びらがくっついた、背の低い花が咲いていた。

 葉の形は変わってて、槍みたいに何又にも分かれている。


「こっ……」


 故郷ではよく咲いてたんだと言いかけて、フィーは慌てて口を止めた。


「こんなところにも咲いてるんだぁ……」


 そして出てきたのは、ごまかせているんだかごまかせてないんだかよくわからないセリフ。


「ふーん、マーレッタって言うのか」


 少年たちの反応は薄い。剣に興味はあっても花に興味がある男子なんてそんなにいないからだ。

 だからその花がオーストルでは珍しいのかどうかすらよくわからない。そういえばあんまり見たことないな程度の感想だった。


 その中で唯一の例外、花に興味がある男子のレーミエだけは、フィーの話に乗ってきた。


「フィール王妃さまの故郷であるデーマンによく咲いてる花なんだよね。きっと庭師の人が、それで植えてみたのかな。素朴だけど綺麗な花だなぁ。

 ちなみにオーストルの園芸家の間では地味に流行ってるらしいよ!」


 レーミエは花も好きらしい。

 ノリノリの口調だったが、他に興味がある男子はおらず、必然的に話は流されフィーは助かった。


 それからしばらく歩くと、目的の図書館についた。

 3階建ての立派な建物だ。壁などを見ると割と新しい。レーミエの話によると、10年ほど前に王様が建てたんだそうだ。


 中はあまり賑わってるとはいえない。

 城に勤めている人間が何か興味をもったときに勉強できるようにと作られたらしいけど、その成果はというとちょっと微妙かもしれない。本を積極的に読みに来る人というのは、どうしても限られてしまうみたいだ。


 オーストルの王都での識字率はかなり高い。特に若者はほとんど文字を読み、書くこともできるとフィーは聞いていた。

 短期の文字を教える教室が開かれていたり、剣術道場にも文字を教えるように依頼したりしているらしい。

 国王の本心としてはもっと大規模に学校を作り、教育を行いたいと思っているけど、仕事や文化の兼ね合いもあって、現状はそれが限界なんだとか。


 良く考えると下町出身のスラッドたちが雑紙に親しんでいるのも、文字を勉強するのは貴族や商家などの裕福なものに限られるデーマンではありえない光景なのかもしれない。


「結構、空いてるね」

「雑紙がないからつまんねーんだよなぁ。俺も来たのは2回目だぜ」


 その分、雑紙を置いてないせいで、図書館がもともと識字率の高そうな層にしか利用されてないようなのは悲しいことかもしれない。


 以上が、自分を離宮に閉じ込めた王様について、フィーが見習い騎士になってから見知った情報である。


 扉を開け中にはいっていくと、カウンターみたいなものも見える。

 国に許可を申請すれば、貸し出しも受けられるらしい。平民も入れる図書館としては珍しいことだが、お城に勤めてる時点で身分はしっかりしているので問題はないのだろう。


 フィーたちが空いている図書館の中で席を確保すると、ゴルムスがフィーに言った。


「ほら、取ってこい。たぶん、騎士の資料の戸棚だ」

「はーい」


 図書館に来たのは、一回も公式の試合にでたことのないフィーにルールを勉強させるためだった。

 フィーは口頭で教えてくれればいいと言ったのだけど、やたらとゴルムスたちが拘ったのだ。そういうわけで、フィーは剣技の試合のルールが書かれている本を取りにいくことになった。


 図書館は案内標識もわかりやすいように整理されていて、とても親切に作られていた。王様の教育への力の入れようが伺える。

 そんな中で、フィーは資料の戸棚に歩いて行く途中、図書館に熱意を費やした国王の成果を見つけた。


 きっと仕事の休憩中なのだろう。椅子に座り込み、熱心に本を読む侍女の姿。

 最近、仲良くなった侍女のアルシアだ。クッキーをくれた子。


 彼女は長年王都に住んでるけど、それほど裕福でもない平民階級の子どもだと言っていた。侍女というのは本来は貴族や裕福な商家の令嬢しかなれないもので、デーマンでは今もそう、オーストルでも前まではそうだったけど、いまは信頼性のある身元をもち採用試験に受かれば王宮の侍女にもなれるらしい。

 そんなアルシアは本来なら本にはあまり親しんでなかった層のはずだけど、今は椅子にしっかりと座り、分厚い本を食いつくように読んでいた。


 フィーは興味を惹かれて、ちょっと表紙を見てみた。

 騎士と侍女の―――。うーん、その先は角度が悪くて見えない。

 フィーがじっと見ていると、アルシアがこちらに気づいた。そして信じられないものを見たように目を見開くと、顔を赤くし、本をバタンとテーブルに落とし、上ずって大きくなってしまった声で叫んだ。


「ヒ、ヒースくん!?」


 どうやら驚かせてしまったようだ。

 真剣に読んでいたのに邪魔しちゃって悪いと思い、フィーはにっこりと笑い返すと、手を振って別れを告げた。


 騎士の資料の棚にたどり着きその中を探していく。

 書棚には騎士の歴史や、有名騎士名鑑など、いろんな本が置いてあった。


 ふと見ると、北の宿舎寮則なんて本もあった。いくつかある。年代で分かれているらしい。他の宿舎のもあった。

 そういえばと北の宿舎の休憩スペースにも同じものが一冊置かれているのを思い出した。誰も読んだ形跡はないけど。


 フィーはそこからも目を離し、書棚を探していくとあった。

 剣技大会ルール・騎士編。

 どうやらいろんなルールがあるらしい。微妙な厚さの本だ。

 フィーはそれを手にするとゴルムスたちの方へ戻った。


 それからフィーはその本の書き取りをやらされた。


「ほら、しっかり写せ」

「むぅ……、読むだけでいいじゃん」

「だめだ。しっかりやれ」


 やたらとフィーにルールを覚えさせることに熱心なゴルムスだった。

 でも、中に書いてあることは当たり前のことばかりなのだ。フィーのやる気はすこぶる低い。

 試合には剣を使います。それ以外は使っちゃいけません。

 そんな当たり前のことが書いてある。ひたすら書いてある。


 まわりでは暇をもてあましたクーイヌやスラッド、レーミエが時間を潰していた。

 クーイヌは騎士物語の本をまた持ってきて楽しそうに読んでいる。スラッドは紙に落書き中だ。レーミエは午前の授業の復習をしている。

 ゴルムスはフィーの監視をしながら、また体を鍛える系の本を読んでいる。


 眉をハの字にしながら、ひたすらフィーが剣技大会ルール・騎士編を写しているとスラッドが言った。


「そういえばデーマンの人って、Dの文字をこういう風に書くらしいぜ」


 王妃をデーマンから迎えたせいか、オーストルの人たちの間ではデーマンのことがたまに話題になる。とはいっても何に特徴もない小国なので、1割ほどが花の話や文字の話などのとりとめない話、5分ほどがフィーの悪評、そしてほぼ9割をしめるのはフィールについての話だけど。


「ああ、知ってる。変わってるよね。王妃さまが書かれた文章を見たときは、変わってるけど綺麗だなぁって思ったけど」

「へぇ、そんな風に書くのか。書き難そうだな」

「EやFはこう書くんだぜ」

「書き順まで違うなぁ」


 フィーはその言葉にぎくりとした。

 書いている文章を見られたらデーマン出身だとばれてしまうかもしれない。


 そんなことを思ってたら、レーミエが書き写した紙を覗き込んできた。

 フィーの背中に冷や汗が流れる。


 レーミエはフィーの書いた文字をじーっと見つめると、にこっと笑っていった。


「ヒースの字は典型的なオーストルの字だね。綺麗に整えてあってちょっと王族の人が書くみたい」


 フィーはそう聞いて、ほっと胸をなで下ろした。

 よくわからないけど、フィーの書く文字は大丈夫だったらしい。


(あれ……?)


 そう考えてから、フィーは疑問を覚えた。


(そういえば私って誰に文字を習ったんだっけ)


 リネットでないことは確かだ。だって、リネットに会った時にはもう書けてたから。

 思い出そうとしたがフィーは結局思い出せなかった。


「よし、書けたみたいだな。もう一回だ」

「えー!」

「それが参加の条件だ。しっかりやれ」

「ぬぬぬぬ!」


 フィーはのち3回ほど、ルールの書き取りをやらされた。


2016/01/08 19:07 レーミエの復讐を復習になおしました。ご報告ありがとうございます(*´ω`*)

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― 新着の感想 ―
王様ってかなりしっかりした志のある人なんだわ。図書館の整備やなにやかやといい国だと思う。しかし、文字を覚えるほど長い間、誰に習ったのか記憶がないのって? 大事な事かな?
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