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次の日のこと、フィーはイオールを探していた。
ルーカとの対戦について相談したかったのだ。
遠くに見えたイオールに駆け寄ると、イオールが立ち止って振り向いた。
「たいちょー、おはようございます!」
「ヒースか。今日も元気だな」
「はい!」
呼び止めておいてなんだが、どこかに向かってるようなので忙しくなかったかと聞いたら「大丈夫だ」と言ってくれた。
なのでフィーは早速、あのことについて相談することにした。
「ふむ……」
イオールはフィーの話を聞いたあと、少し考えて言った。
「確かにお前の体格では、正面から戦う試合は不利だな。ルーカについては俺も聞いたことがある。なかなかの才能を持った少年のようだ」
そうなのだ。フィーの実力だと、北の宿舎の少年たちですら、引き分けに持ち込むのがせいぜいなのに、そんな彼らが勝てないと恐れているのがルーカたちなのである。
だからといって諦めるわけにはいかない。
むしろ勝ちたいとフィーは思う。
そこで尊敬するイオールたいちょーに相談に来たのだった。
「何か方法はありませんか?」
体格差や技術を補って相手に勝つ方法をフィーは探していた。
「やはり試合は実力がものを言う世界だ。お前の資質は剣技の試合には向かないうえに、経験や技術でも劣るのでは必ず勝ちを得るというのはむずかしい」
「はい……」
やっぱりたいちょーから見ても厳しいようだった。
それも当然だとフィーも思う。ほとんど全部で劣ってるのに勝とうというのは、虫が良すぎる話かもしれない。
「だが、同時に戦いは勝機でもある」
「勝機ですか?」
尋ね返した言葉に、イオールは頷いた。
「一点だ。相手のことをよく観察し、一点だけでいいから弱点を見つけろ。そしてこれに対する可能な限りの対策を打ち立て、お前の全力をもってそこを突け。
お前の資質では100%の勝利を目指すということはむずかしい。だが、10%でも勝算もって挑むことは、仲間にとって大きな助けになるはずだ」
確かにフィーはゴルムスやクーイヌのように確実に勝ちにいけるようなタイプじゃない。
3人のうち誰かが一勝。
なら、フィーのすべきことはその日までに相手に対する勝算を、ひとつでもふたつでも得ていることだった。
大切なのは確実な勝利じゃない。勝てる可能性を持っておくこと。
その言葉を聞いて、フィーの腹づもりも決まった。
「入隊試験の時のように勝機を掴めれば、実力が劣るものが優れたものに勝つこともある。だが、同時にその勝機を掴み取るのには、相応の実力が必要だ」
見習い試験でのゴルムスとの戦い。
フィーは千載一遇のチャンスを得たのに、体力不足で掴めなかった。
フィーは自分を見る仮面の向こうの顔が、ふと笑った気がした。
「俺はお前がその実力を得るために、今日まで努力してきたことを知っている。試合は俺も見に来る予定だ。楽しみにしてるぞ」
「は……はい!」
イオールの言葉に、フィーは嬉しそうに頷いた。
イオールたいちょーは自分の努力を知っていてくれた。あの日から体力をつけるために毎日がんばってトレーニングをこなした。みんなの訓練にもいまは少しついていけるようになっている。
たいちょーはそれを月に一度、ちゃんと聞いてくれて、クロウさんからも報告を受けているようだった。
フィーはなんだかそわそわした気分になってイオールに言った。
「それじゃあ、僕は相手のこと調査してきます!」
「ああ、行ってくるといい」
フィーはたいちょーのもとから元気よく飛び出し、東の宿舎まで敵情視察にいくことになった。
それから東の宿舎の訓練所へやってきたフィーは、彼らの訓練を見にきていた。
「おい、なんだあれ……」
「北の宿舎のヤツだよな。なんでこっちにいるんだ……?」
木の上に登って……。
木の太い枝に立って東の宿舎の訓練を見下ろすフィーは、とても目立っていた。
なぜ木の上に登ったかというと、良く見えなかったからだ。
フィーは背が低い……。
「気にするな。偵察にきたんだろう」
リジルがケリオと剣を交えながら言う。
「偵察……!?止めなくていいのか……?」
偵察と聞いて焦るケリオの剣を瞬時に跳ね飛ばしながらリジルは言った。
「構わないよ。所詮は弱者の努力さ」
絶対的な自信を持ってふっと笑って見せる。
ケリオだってクーイヌがいるときは、メンバーからは漏れていたがそれ相応の実力を持った男だった。普通の見習い騎士なら、絶対に勝てる自信はある。
しかし、リジルはそんなケリオを余裕の笑みをうかべながら相手してしまう。
その姿は才能の差をみんなに痛感させる。
他の団体戦のメンバーである騎士も、フィーの姿を気にした様子はない。
そういうわけでフィーは東の宿舎の誰にも咎められることなく、その訓練を見ていた。
内容は北の宿舎と同じ1対1の模擬試合。
しかし、自分たちで審判をするというか、そんなルールにこだわりはない北の宿舎の模擬試合とは違い、何人かの少年たちが審判にまわり判定を行っている。わざわざ時間計測用の時計まで準備されてた。
かなりの力の入れようだ。
フィーはルーカのことをずっと見ていた。
(つよい……)
それが正直な感想だった。
彼はメンバーに選ばれてない見習い騎士と、ずっと代わる代わる試合形式の訓練をしていた。
上段を打ち込もうとした見習い騎士の剣を余裕を持って避けたルーカは、次の攻撃へ移ろうと振り上げた隙を見逃さず横に剣を振るう。
胴への一撃が綺麗に決まった。
基礎のしっかりした正統派の剣術。
スピード、パワー、技術、どれもが高いレベルでバランス良く備わっていて穴がない。
王道ともいうべき戦い方だった。
だからといって、変則的な戦い方に弱いわけでもなく、癖の強い相手と当たってもしっかりと対応して、その綺麗な剣筋で圧倒してしまっていた。
クーイヌの爆発的な瞬発力やゴルムスのパワーみたいに物凄い強みがあるわけではないけれど、その分隙のない完成された剣術。
フィーはこの剣術を破れるビジョンが浮かばなかった。フィーが突けそうな弱点も見つかりそうにない。
フィーに見られていることは分かっているのに、ルーカはそれを気にした様子もなく余裕の表情で戦い続ける。
たいした自信だと思うけど、今ならその自信も実力に裏付けされたものだったと分かる。まあ、クーイヌの方が強いけど。
フィーはそれでも彼の戦いをひたすら見続けた。
ルーカは新しい相手と向かい合い、自分から剣を打ち込んだ、上段の攻撃をギリギリ受け止めた相手に余裕の笑みを浮かべ、その綺麗な顔を近づけて囁いた。
「おお、うまく受けれたじゃないか。でも……、まだまだ甘いね」
さっと後ろに引き剣を振るうと、受けるのに精いっぱいでついていけなかった相手の剣を上空に吹き飛ばした。




