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 東の宿舎の少年たちが去ったあと数日後のこと。

 北の宿舎の少年たちは、食堂に集まって頭を抱えていた。


 東の宿舎の少年たちが持ってきた紙を受け取ってから確認したところ、割と伝統的な恒例の試合だったらしい。東の宿舎と北の宿舎が5人の代表を選び、各騎士隊の隊長が見る前で剣の腕前を披露する。

 ただ騎士隊の内々でやるものでおおやけに公開されているわけではなかったから、北の宿舎の少年たちは知らなかったのだ。


 その紙を受け取ってからの北の宿舎の少年たちと言えば―――



 ―――怖気づきまくっていた。


「東北対抗剣技試合って言うけど、なんだよこの戦力差……」

「あっちは俺たち世代のトップ層が揃い踏みだぜ。五人選んだらもはやドリームチームだ……」


 テーブルに突っ伏した少年たちは、虚ろな顔で愚痴をもらす。


「そもそもなんで優勝者12人中6人があっちの宿舎にいるんだよ」

「クーイヌももとは東の宿舎にいたことを考えると7人だぜ。対してうちはゴルムス一人だ……」


 そういう事実を考えると、東の宿舎の少年たちが言ってた落ちこぼれを集めたという言葉も、にわかに現実味を帯びてくる。

 そんな中、ここ数日、先輩たちに情報収集した騎士が、青い顔をしながらあんまりありがたくない情報を提供した。


「落ちこぼれを集めたっていうのは、そんなことないって言ってたよ。ただ……。

 なんでも東の宿舎の総務担当の騎士が、自分が見習い騎士のころに3年連続で北の宿舎に負けたらしくて……。どうやらそれをかなり恨んでて、毎回優秀な人材をあっちに引っ張ろうとするらしい。

 特に今年は妙に気合が入ってて、最高の戦力を整えて北の宿舎の人間たちに三年連続敗北の屈辱を今年こそ味あわせてやるって息を巻いているらしい……」

「なんだよそれ!」

「完全に逆恨みじゃねーか!」


 あまりにあまりにもの下らない理由に、普段は割とふざけたことをしている少年たちも、叫び声をあげた。


「こっちの総務担当の先輩はなにやってんだよぉ……」

「ほら、うちの宿舎の標榜は『入隊してからの努力こそが大事』だから……」

「貧乏くじ引いてるってわけか……」


 少年たちも話し合う中で、おおまかな事情は分かってしまった。

 あっちとこっちでやたらと戦力差があるわけも……。


「鍛えて強くなれって建前はわかるけどさぁ……。だからってあれだけの戦力を揃えられると、もう正直厳しいぜ……」

「うちであいつらに対抗できるのなんてゴルムスとクーイヌぐらいだろ」

「北の宿舎の1年目の勝率は10%ぐらいらしいぞ……」

「試合の告知も予定日が決まってからするのが普通らしいんだけど、あっちは入寮当初からフライングで知らされていたらしい」

「そのための専用の訓練までしてるとか」


 各々が集めてきた情報を突き合わせても、少年たちの頭には絶望の二文字しか浮かんでこない。


「あぁぁぁ……絶対に勝ち目ねぇ……。でたくねぇ……」

「全騎士隊の隊長の前で恥とかかきたくねぇよ……」

「俺もいやだぁ……」


 テーブルに突っ伏した少年たちがあげるのは、絶望と怖気づいたうめき声だけだった。




 そんな食堂の一角で、ゴルムスは腕を組んで吐き捨てた。


「けっ、みんな情けねぇ。戦う前から怖気づきやがって」


 それを同じ場所に座っていたレーミエが、困った笑顔をしながら彼らを一応フォローする。


「でも、みんなの気持ちも分からなくないよ。みんな彼らと同じ道場に通ったり、同じ大会にでたりしてたから、実力差は肌で感じているだろうし」


 実際に彼らの嘆きは、情けないけど根拠だけは十分にあった。

 東の宿舎のメンバーは、彼らの通った道場のトップや、彼らが参加していた大会の優勝候補者で構成されているのである。同じ道場で鍛えていれば、彼らとの才能や実力の差を実感するだろうし、大会では当たれば大体の人間が手も足もでずにやられている。

 見習い騎士になり半年鍛えた彼らだが、それでも追いつけた気はまったくしてないのであった。


「だからって好き勝手言われっぱなしってのは性にあわねぇ。俺は勝つ気でいくぞ」

「うん、僕たちも協力するよ」


 フィーの友だちでゴルムスとも付き合いの深い三人の見習い騎士も、ゴルムスの意見に応じた。

 彼らは実力はそこまで突出したものではないけど、義に厚い良い少年ばかりだった。


「おう、サンキュー!お前らが参加してくれると助かるぜ。それでも当面の問題はメンバーだな」

「はいはいはい!僕は!?」

「うん、ギースが怪我していて出られないからね。一枠が空いちゃう」

「力になれなくてすまない……」

「気にするなって、俺たちががんばるからさ!」


 こちらのメンバー用紙は白紙だった。

 本当は北の宿舎の全員を集めて、実力や相性を考えてメンバーを選びたいのだけど、みんな出たがらないのだ。

 だからやる気のあるゴルムス、クーイヌ。それに協力を申し出た三人の見習い騎士のレーミエとスラッド。するとギースが怪我をしているので、一枠が空白になってしまうのだ。


 勝つ気でやるのに、これでは話にならない。


「ねぇねぇ!ゴルムス!ぼくはー!」

「ゼリウスのやつはどうだ?あいつなら絶対に出てくれるはずだ」

「それが……。試合の日がおばあちゃんの誕生日と重なっちゃったらしくて。お祝いのために実家に戻るからでられないって……」

「騎士隊長たちにアピールできるイベントより家族を優先か。相変わらず男らしいやつだぜ……」

「ゴルムス!僕は!僕は!」

「……」

「……」


 手詰まりになり、いよいよゴルムスたちはあの声を無視できなくなってくる……。

 4人の前に能天気な顔で立ち、自分を指差し続ける小柄な少年騎士の声を……。その隣ではクーイヌが立ち、汗を浮かべている。


 沈黙に促されるように、ゴルムスが沈痛な面持ちで額に手をあて、ヒースに問いかけた。


「あのなぁ……。お前、自分の模擬戦での成績理解できてるか?」

「こう見えてもここ10試合は負けなしだよ。ゴルムスの次ぐらいにいいんじゃないかな!」

「都合のいい見方すんな!てめぇの直近の成績は2勝10敗33引き分け!大幅に負け越してんだよ!」


 北の宿舎の模擬戦は、総当たりするように一巡して戦うが、その中で引き分けを連発しておかしな成績をだしているのがフィーだった。

 いろいろな手をつかってきて戦いにくい上に、回避に徹すると妙な動きで攻撃を避けられなかなか決着がつかない。その結果がこの成績だった。

 ちなみにクーイヌが44勝1引き分け(相手はフィー)で北の宿舎でトップ、次点がゴルムスの44勝1敗(相手はクーイヌ)だった。


 それでも見方によっては大した成績なのだが、残念なことにフィーの戦い方では公式的な試合だとだめなのだった。その理由というのが……。


「うちの訓練の模擬戦だと審判がいないからいいけど、ルールのある試合だとヒースの戦い方じゃ攻める意思なしと見られて警告をとられちゃうよ。警告は二回取られると負けだから、さすがに厳しいと思う」


 レーミエがゴルムスも危惧してる、フィーの参加をためらう理由を説明した。


 フィーの戦い方は最初は打ち合うのだけど、追い詰められると大抵回避に専念するだけになってしまう。やっぱりフィーの体格では、少年相手に真っ向から打ち合うのは厳しいのだ。

 それでも捌ききってしまうあたりは非凡なのだけど……。


「大丈夫!本番は勝つ気でいくから!」

「どこからそんな自信が湧いてくるんだ……」


 自信満々のポーズで胸を叩きそう断言したフィーに、ゴルムスが溜息をはいた。


 しかし、もうほとんど選択肢がないのは事実だった。


「おい!メンバーは残り1人だ!参加するってやつはいねぇのか!」


 ゴルムスが紙を掲げて食堂のメンバーに問いかけるが。


「ああぁ!剣が……!俺の剣がぁ!どこかにー!」

「うわぁああ、もういやだ……。開始3秒でやられるのはもういやだぁ……」

「光が……光が見える……」


 少年たちから返ってきたのは絶望のうめき声だけだった。彼らとの試合のトラウマが相当ひどいことになっているようだった……。

 その情けない少年たちの姿を見て、ゴルムスも溜息を吐いてついにあきらめた。


「仕方ねぇ……!くれぐれもちゃんと戦えよ!」

「わーい!」


 ゴルムスに参加を許可されたフィーは嬉しそうにジャンプした。


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