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81 東北対抗剣技試合

 フィーは眉をしかめながら、クーイヌと対峙していた。


「こらぁっ!クーイヌ!」


 その手には木剣が握られ、クーイヌへと向けられている。

 そこから5メートルは離れた位置に、クーイヌが立っていた。リーチの短いフィーにとっては、間合いの外の外。攻撃なんてなにひとつ届きはしない。


 ここは見習い騎士たちの野外の訓練場所、現在は一対一の模擬戦の最中だった。

 周りでも見習い騎士たちが木剣を手に持ち、激しく打ち合っている。

 いや、周りは激しく打ち合っているが、クーイヌとフィーは違う。打ち合っていない。


 フィーとクーイヌも模擬戦の最中だった。相手はお互い。


「クーイヌぅ!」


 フィーに怒った声をだされて、クーイヌは困った顔をしている。


 さっきからフィーが怒ってクーイヌの名前を何度も呼んでいる理由。

 それはクーイヌがフィーを攻撃したからではない。

 その逆、クーイヌがまったく攻撃してこないからだった。


 苛立った表情のフィーが一歩踏み込むと、クーイヌがばっと後ろに三歩分ぐらい飛んでさらに間合いが広がる。

 フィーの眉間にさらに皺がよる。


「もう、クーイヌ!模擬戦中はまじめにやってって言ってるでしょ!」


 普段は秘密を守るためにもクーイヌに逆らって欲しくないフィーだったが、模擬戦中は別だった。

 まじめにやらないと自分のためにも、クーイヌのためにもならない。


 なのに……。


 フィーがまた踏み込むと、今度はクーイヌが左に飛びすさった。

 その跳躍力は凄まじく、フィーとの距離はまったく詰まらない。


「むぅぅぅぅぅぅ!」


 地団太を踏んで唸り声をあげるフィーを、クーイヌはひたすら困った顔で間合いを保ち見つめ続けてくる。

 その手に握られた木剣は体の横におかれたまま、フィーに打ち込んでくる気配はない。

 ゴルムス戦で見せたように、そこはクーイヌの間合いなのにだ。


 ずっとこうなのだ。

 クーイヌが模擬戦に参加しだしてから結局、クーイヌがフィーに攻撃してきたことはない。

 一度も。


 実際のところ、クーイヌとフィーの実力差は凄まじいぐらい開いている。

 それはフィー自身が自覚していることだった。

 クーイヌが本気になったなら、フィーなど一瞬で抵抗すらできずに倒されてしまうぐらいはある。


 フィーとクーイヌの戦い方は似ていると言われている。

 俊敏な動きを活かし相手の攻撃を避けながら攻撃するタイプのファイターだ。


 しかし、その本質はかなり違う。

 フィーの体も天然のばねには優れているが、あくまでそれは女の子レベルでのこと。たぶん、男子たちに力では敵わない。

 フィーの動きを根本的に助けているのは、その体重の軽さだった。

 体が軽いから少ない力で動け、動きを切り返すときも小さな負担でできる。その予測のつかない変則的な動きを駆使して相手を翻弄して攻撃を避ける。それがフィーの戦い方。


 一方、クーイヌの体型は細身だけど、身長は男子の平均と同じ。騎士志望の少年の平均だから、決して低くない。

 そしてその細身の体で、体重については同じ身長帯の少年たちより実は重い。

 引き締まっていながら、筋肉の質が凄いのだ。

 その強靭な筋肉のバネをもってして、クーイヌはその重い体でフィーと同じ動きができてしまう。しかも、フィーより速く。

 この差は決定的だった。

 フィーの方が軽くて有利なはずの初速ですらフィーより速く動きだし、筋量がものをいう最高速についてはフィーとはもう比べ物にならない。

 そして完全に速度と体重が乗った一撃は、あのゴルムスですら力負けさせる。

 そんなはっきりいって化物みたいな存在がクーイヌなのだ。


 フィーの完全上位互換というか、実際にみると別次元の「なんなのこれ?」という感じな存在がクーイヌなのである。

 フィーが勝てるはずない。


 なのにフィーとクーイヌの対戦成績は5回やって5引き分け。

 そんな結果になった理由は、クーイヌがフィーにまったく打ち込んでこないからだった。

 他の騎士相手だと5秒も立たず一撃で倒してしまい、あのゴルムスですら30秒持ちこたえられれば調子がいい方。

 そんな北の宿舎で現在進行形で不敗伝説を築き上げているクーイヌは、なぜかフィーにだけはまったく打ち込んでこなかった。


 最初は怒られると思ってるからかなと思って、自分を攻撃するように命令をだしても結果はおなじ。

 試合前にちゃんと攻撃していいからと言っても結果はおなじ。

 試合中ついに切れて怒りだしても結果はおなじ。

 クーイヌはフィーとの対戦のときだけは、ひたすら気まずそうな顔をして逃げ回るのだ。


 先ほど言ったように、フィーとクーイヌでは初速はクーイヌが速く、最高速ではクーイヌが速い。

 つまりフィーがどうやっても追いつけるわけがないのである。


 その結果、フィーとクーイヌの模擬戦はいつも、怒ってクーイヌに掛かってくるように命令しながら彼を追いかけるフィーと、ひたすらフィーから距離をとって逃げ回るクーイヌの追いかけっこと化していた。


「くぅーいぬ!クーイヌぅぅぅ!なんでなのぉぉぉ!」


今日もそれからクーイヌを全力で追い回し、体力を消耗し、ぜぇぜぇと真っ赤な顔をしながらフィーが叫ぶが、クーイヌは今日もまったくつかまらない。

 クーイヌは申し訳なさそうな顔でフィーを見ながら、きっちり剣の届かない距離にいる。


 そんなとき、訓練場に聞きなれぬ笑い声が響いた。


「ははははは、ここが見習い騎士の訓練場っていうのは本当かい?まるで出来の悪いダンス会場だ。君たち本当に剣の訓練をしてるのかい?」

「北の宿舎はレベルが低いと聞いていたが、これは予想以上に酷いな。ふっ」


 突如、響いた笑い声にみんながその方向を見ると、そこに5人の見慣れぬ少年たちが立っていた。

 その少年のうちの一人を見て、北の宿舎の見習い騎士たちは思った。


(きのこ……?)


茶色の髪をトップだけ膨らませキノコそのものの髪型をした少年と、金色の髪を長く伸ばしたきざそうな少年が、こちらを露骨に見下ろし馬鹿にするような笑みを浮かべ立っていた。


励ましのご感想ありがとうございます。

これからもがんばっていきたいと思います(`・ω・)!

返信の一部はちょっと実家をでてからになるかもしれませんが遅めになりますが、感想、活動報告へのコメント、拝見させて元気をいただいてます!

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