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さて、何も思いつかずサウナ場の近くまで来てしまった。
当面の問題はそのまま。
このままだとみんなと一緒にサウナに入らなければならなくなることだ。
それからクーイヌがもう、落ち着きの限界を通り越そうとしていること。
「どうしたんだ、クーイヌ。そわそわしちゃって。そんなにサウナが楽しみなのか。はは」
「う……うん」
スラッドがのんきな声で言ったセリフに、クーイヌが青い顔をしながら頷く。
まわりが鈍いからいいけど、鋭いコンラッドさんなどがみたら一発でアウトな表情だ。
そんな大らかなメンバーの視線の先に、やがて煙突から煙をたてるサウナ場が見えてきた。
大き目の木造の建物で、結構な人数が入れそうだった。
サウナ場の入り口は二つあり、上にある看板に男・女という性別が書いてある。どうやら男女で分かれているようだ。でも、いまのフィーにはなんのありがたみもない。
そうしてサウナの前についてしまった。
「ふーやっとついたぜ」
「サウナ楽しみだな」
少年たちはのんきな顔でサウナを楽しみにしている。
どうにかしてフィーはサウナに入るのを逃れる理由を考えなければならない。
病気ということにするとか、いやそれはのちのちつじつまあわせが面倒になる。
いきなり用事ができたことに、はちょっと無理があると思う……。
そんなとき、まだ幼い少年とその母親がみんなの前を通り、女性用のサウナに入っていった。
それを見て見習い騎士の少年のひとりが良いからかいのネタを思いついたという風に、にやりとフィーに振り返って言う。
「おい、ヒースならもしかして女子サウナに入れるんじゃないか?11歳までは男も入れるってきくぞ」
フィーの身長はだいたいその年齢ぐらいの少年と一緒だった。
つまり、フィーがその年頃の少年だと偽れば、ぎりぎり女子サウナに入っても咎められない。そんな思い付きだった。
そこには女顔のフィーをからかってやろうという魂胆も、もちろんあったけど。
「おいおい、のぞきはだめだろう」
「いやいや正面から普通に入るんだ。覗きじゃない。むしろ、正々堂々と女の子たちのサウナ姿を見に行くんだから男らしいとすら言える!」
発案した少年は、おどけるような口調でそう断言する。
そんな少年のおふざけに、フィーは真剣な顔で少し考えるふりをしたあと、その目を見て答えた。
「うん、そうだね。やってみるよ」
「え……?」
見習い騎士の少年たちの時が止まる。
ゴルムスも、スラッドも、みんながフィーが何を言ったかわからないように呆然とし、フィーの顔を見つめた。
そんな動きを止めた少年たちを置いて、あくまでフィーは真顔のまま見習い騎士のジャケットを脱ぐと、それを騎士の少年たちに渡した。
「さすがにジャケットを着ているとまずいから預かっておいて。それじゃあ、いってくる」
そういうとフィーはすたすたと女子サウナの扉のほうに向かっていく。
「お、おい……!」
ゴルムスが慌てて止めようとしたが、フィーは振り返り真剣な表情でしーっと唇に手をあてた。
騒ぐな、ばれる。
少年たちの耳に、そんなヒースの声が聞こえる。
見習い騎士が女子サウナに突撃しようとしている。それがまわりにばれる。
誰だってまずいと分かる。
女子サウナ。
少年たちなら誰でも憧れる魅惑の扉であるとともに、決して踏み込むことは許されない神聖で危険な場所。
いまは自分たちの仲間であるヒースの歩みは、明らかにそちらの扉に向けられていた。
周囲の視線を考えると、ここで騒ぎを起こすのはまずい。本当にまずい。
しかし、止めないともっとまずいことになるのでは……?
そんな混乱で見習い騎士たちの足を縫い止め、ヒースは歩みを再開した。
女子サウナの扉へと。
すたすたと何も悪いことはしてないかのように自然な歩みでそちらの扉へ向かい、あっさりと扉に手をかけ、それを開け、中へと入っていった。その背中が少年たちの視界から消えていく。
女子サウナの中へと……。
1人を除く全員がこの異常事態に、脂汗をかきながら、目を見開き、その光景を呆然と見送っていた。
ばくばくと心臓が早鐘を打つ。
今さっき起きた出来事の衝撃、そしてこれから起こるであろうもっと大きな騒ぎに。
なのに、訪れたのは静寂だった。
彼らの中では女子サウナに見習い騎士の少年が入っていったという、この世界を揺るがすような大事件が起きたはずだった。
なのにヒースがその扉の向こうに消えてからも何も起きない。何も起きてない。
何事もなかったように、平穏な夕方の時間が周囲には流れている。
「い、いったのか……」
「あいつ……本気で……」
「しかも、普通に入っていった……」
まるで幻でも見ているようだった。
でも、確かに現実なのだ。ヒースは女子サウナに入っていった。
真正面から堂々と……。そして軽々と……。
そして何も起きないということは、サウナへの侵入に成功したということだった……。
通行人からちょっと不審な目でみられ、見習い騎士たちは慌てて凝視していた女子サウナの扉から視線を逸らした。
危うく誇り高い騎士見習いが変態扱いされるとこだった。
みんな男子サウナに向かわず、この場に留まり、適当な場所に視線をきょろきょろさせ、身じろぎをする。
その中で彼らは探していた。
あの小柄な見習い騎士の少年の姿を。
そして確認する。
自分たちの中に、さっきまでいたあの小柄な見習い騎士の姿はない。
やっぱりさっきの出来事が、本当に現実の出来事であることを示していた……。




