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 サウナに行くのが目的だと聞いて、フィーは正直困った。

 それはそうである。みんなと一緒のサウナなんかに入って、女の子だとばれないはずがない。てっきり買い物だと思ってついてきたけど、失敗したと思った。

 なんとかしなければいけない。


(ここはクーイヌを使ってなんとか自然に帰れるように……)


 そう考えてクーイヌの方を向くと、クーイヌは真っ青な顔をしながら、あわあわと口を開き、首を左右にきょろきょろ振りながら、狼狽しまくっていた。

 なんで私より慌ててるの……、とフィーは思った。

 動揺がだだ漏れているせいで、どうしようどうしよう、という声がこっちまで聞こえてきそうだ。


 フィーはみんなに気づかれる前に、クーイヌのわき腹を肘でとんと突き、落ち着くように小声で言い聞かせた。


 フィーに声をかけられクーイヌもようやく落ち着き、動揺するなというフィーの視線にこくこくと頷いた。

 まだ汗はでてるし、動揺の名残で目もいつもより開いているけど、さっきまでのように目に見える形で慌てられるよりはましだった。

 とりあえずクーイヌは落ち着いた。


 クーイヌが頼りにできないと、さっきのでとてもよくわかった。

 素直な性格はあつかいやすくていいけど、こと嘘をつくことが要求されるような複雑な作戦では使えない。

 クーイヌを落ち着かせながら、自力でなんとかこの状況を脱出するしかない。


 実際のところ、サウナにはとても入りたい。

 フィーがサウナに入ったことがあるのは数度程度だけど、水浴びよりも気持ちいいし、疲れもとれる。


 でもそれは、あとで行けばいい。クーイヌと一緒にいくのなんかいいかもしれない。


「そういえば欲しい本があるんだ。本屋に寄っていいか?」


 メンバーの中の一人が、道すがらでそう言った。


「ああ、いいぜ。まだ結構時間があるしな」


 いまはちょうど5時ぐらい。

 見習い騎士に門限というのはないが、あんまり遅すぎると教官から指導をうける。なるべく、食堂が閉まる9時までに戻るのが普通だった。


 下町の土敷きの通りを逸れ、ちょっとごちゃごちゃと木造の家が立ち並ぶ裏道へと入っていく。

 以前、コンラッドさんといった危険な場所と外見そとみは少し似てるけど、雰囲気はまったく違う。

 わいわいと家の中や街角から、子供や女の人の声が聞こえてきて、お店に呼び込みをする大人たちの声も聞こえてくる。明るい活気に溢れている。


 ここはスラッドやギースの出身地だった。

 みんな馴れたもので、初見では迷ってしまいそうな複雑に入り組んだ道をすいすいと進んでいく。

 一緒に遊びに来てだいぶん馴れたとはいえ、まだ細かい道は把握できていないフィーやクーイヌ、レーミエなどは大人しく下町出身の見習い騎士についていく。


 道をなんどか曲がると、細い道の先に古い木造の本屋があった。

 売ってあるのは、ボロボロに擦り切れた古い本と、紙を糊で簡単に端を留めた本というよりは冊子みたいなもの。

 簡単に刷られる新聞ときちんと製本された本の中間みたいな存在で、雑紙と呼ばる下町の子供たちに親しまれてきたものらしい。

 なんでも新聞ほどではないけど、新しい情報が載ってて若者には人気なのだとか。


 古い本は店の奥に、店の表には雑紙が並べられてある。

 店主は白髪のおじいさんだ。


「お、あったあった。これこれ」


 本屋に寄っていいかと聞いた見習い騎士の少年は、早速、並んでいる雑紙を見回し、その中からひとつを取り出して嬉しそうに掲げた。


「まーたお前はくだらない雑紙ばかり。たまにはきちんとした本を読め」

「なんだよぉ、自分で店に置いてるくせに。それに騎士仲間もつれてきてやってるんだぜ、こんな雑紙と古本しか売ってない店に。たまには感謝してくれたっていいんだぜ」


 店主のおじいさんがそれに小言をいい、見習い騎士の少年が唇をとがらせた不満顔で返す。

 このおじいさんは、ここ出身の見習い騎士たちには顔なじみなのだ。


「おおー、これはよくぞ我が店にいらっしゃいました。狭苦しい店で古本しかありませんがどうぞ見ていってください」


貴族出身の騎士たちの姿を見ると、おじいさん態度をあらためてうやうやしく頭を下げ、どうぞどうぞと店へと招いた。

 このおじいさんには、フィーも容姿のせいか貴族だと思い込まれている。表向きは貧民出身なのだけど。

 まあ、わざわざ誰も訂正してないし、フィーも特に言うつもりはない。実際、貴族とはちょっと違うけど、貴族には近い存在だし。


「けっ、お得意さまは俺たちなのにぜんぜん態度が違うぜ」

「わしは本当は古本だけを売りたいんじゃ。そんな下賎な雑紙なんて読むのは客じゃないわい」

「うるせー!その雑紙売らないと生活なりたたないくせに!」


 お互い口は悪いけど、軽口を言い合える仲だというのは、もうみんな分かってるので誰も気にせず、各自本を見てまわる。


 こういう場所では好みが如実にでる。

 スラッドなど下町のメンバーは雑紙ばっかりを見ている。こことは別の地区に住んでた平民出の騎士たちもだいたいは同じ。


 レーミエとクーイヌは割りと古本の欄にいく。なんだかんだ育ちがいいのが二人だった。

 レーミエは多趣味で調理本やら物語などを読むけど、クーイヌは騎士系の物語ばっかりに張り付いていた。


 ゴルムスは雑紙と本どちらも見る。本を見るときは、戦史や体を鍛えるコツなどがのった本が多い。 


 フィーは特に何か味があるわけではないが、たいちょーや第18騎士隊の人から教えてもらったお勧めの本がないか探していく。


 30分ほど立ち読みしたり、店主の人と話したりした結果、雑紙や本を買ったのは、最初に本屋によろうといった少年と、スラッド、それからレーミエだけだった。

 ちょっと申し訳なくなるが、店主のおじいさんも気にした様子はない。笑顔で見送ってくれた。

 なんだかんだ歓迎してくれてるのだった。


「何買ったの?」


 道すがらフィーが聞くと、レーミエは刺繍の本だった。ぬいぐるみが好きだけど、買うのは恥ずかしいから自作することにしたらしい。


(今回も男らしいランキングは最下位だな)


 とフィーは思った。


 スラッドはなにやら活劇物語の最新刊らしい。

 そういえばスラッドの部屋にはこういう雑紙がいろいろ保管されているのだった。糊で簡単にまとめただけの雑紙は、すぐにぼろぼろになってしまうのだけど、スラッドは棚に丁寧にしまって古い雑紙でも綺麗に読めるようにしてある。


「それ面白いの?」

「ああ、すごく面白いぜ。最初から貸そうか?」

「うん、お願い」


 そして本屋に寄ろうといった少年が買ったのは―――。


「なにそれ……」

「いろんな国の噂やオカルト話がのった本さ!」


 少年の買った雑紙にはの表紙には、見るからにあやしげな文字が躍っている。


『トマシュ王子の事故死に疑惑が発生!これは事故ではない暗殺だ!』

『街角に現れた怪人。バルスマシュシュットマンの正体とは!』

『国王に愛されず後宮に閉じ込められたことを恨み、夜な夜な後宮を抜け出し王都を練り歩く側妃の生霊!』


 読み上げてみても、どうかんがえても眉唾の怪しい話ばっかりだった。

 しかし、少年たちはその雑紙をきらきらした目で覗き込んでいる。


「おおー、すごいぞ!ボールデン湖に謎の巨大生物を確認だってさ」

「おおおお、噂されてたあれか!」

「ということは、つ、ついに捕獲計画が実行されるのか!」

「ああ、取材班でいま人員を集めているらしい。そのメンバーの中には伝説の猟師ザルヴィセスもいるんだそうだ!」

「うおおおお、俺も参加してぇ!」


フィーもちょっと覗いて見て、そんなどう考えても嘘臭い話に夢中になってる少年たちを呆れた目で見てしまい、小言を言っていたおじいさんの気持ちがちょっとわかってしまった。



雑紙表記ですが、雑誌だとハイカラーなイメージがつきすぎる気持ちがあって、わざと字をずらしております。

でも、似たようなものだし雑誌でもいいかなぁと悩んでもおります~。

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[一言] 久々に読み返して気付いたが、トマシュ王子の名前がここで出てるのな
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