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 クロウの隣を歩き、最後尾まで向かってると、フィーの鼻にいいにおいがただよってくる。

 きっと屋台の匂いだった。


 急にフィーのおなかが空腹をおもいだす。


(あうう、おなか減ったよぉ……)


 でも、買うわけにはいかない。

 お金がないわけではないが、フィーのもってきたお金はオーストルで流通している通貨とは違うのだ。

 貴金属を含んでいるので、ちゃんと重さを量ってもらえばつかうことはできる。

 でも、少年が異国の金貨をだして買い物すればいやでも目だってしまう。


(がまん……がまん……)


 フィーは必死に屋台をみないようにして通り過ぎることにする。


「どうした?」

「なんでもないです」


 これ以上、クロウにも不審がられるわけにはいかない。

 フィーは誤魔化そうとした。


 そんなフィーをクロウはじっと見つめたあと、


「ちょっと待ってろ」

「クロウさん?」


 どこかへいってしまった。


 もどってきたとき、クロウの手には鳥の串焼きが2本にぎられている。

 それをフィーの手に握らせた。


「ほら、食え」

「え、でも……」

「腹が減ってるんだろう。遠慮するな。そんな体調じゃ、入団試験にも受からないぞ」


 握っている鳥の串焼きからはいいにおいがただよってくる。

 フィーはクロウをうかがうようにちらっと見た。クロウがその視線に頷く。


 フィーは口をあけ、串焼きにかぶりついた。

 数週間ぶりに食べた肉の味が口にひろがる。


(おいしい!おいしいよう……!)


 ひとくち口に入れるともう止まらなかった。

 フィーは王女らしかぬ動作で、必死に串焼きを口で食み、飲み込んでいく。


「はは、慌てんな。喉につまるぞ。何も泣くことないだろ」


 そういわれて気づくと、串焼きをたべながらフィーの両目に涙がぽろぽろとこぼれていた。


 この国に来てから、フィーはこの国の人たちにずっと無視されてきた。誰にも相手されず、離宮にとじこめられ、与えられたのは孤独だけ……。

 そんなフィーにクロウははじめてやさしさを与えてくれたのだった。

 あったかい串焼きをたべながら、それ以上にあったかいもので心がみたされていく。


「クロウさん……、ありがとうございますぅ……」


 涙は止めようもなくて、だからフィーはクロウにお礼を言った。

 それにクロウはちょっと苦笑いしながら返す。


「だから泣くなって。言っておくけど、俺は男が泣いてても慰めたりしないからな。涙をながしてるのを慰めるのはベッドの中の女だけってきめてるんだ」

「はいっ」


 フィーはクロウの言葉に、まだ涙はこぼれていたけど頷いてくすくすと笑った。


 がんばろうと思った。

 こんな人がいるのだから、騎士団はきっといいところなのだ。

 そんな場所で新たな人生をはじめられるなら、こんなにいいことがあるだろうか。


 もしかしたら、クロウさんと同じ部隊になれるかもしれない。


 そうしてふたりは列の最後尾までやってきた。


「いろいろありがとうございました。クロウさん」

「気にすんな。これが仕事だからな」


 そうは言うけど、串焼きを奢るなんて、職務にはいってないことは明らかだった。


「一応言っておくけど、試験では贔屓とかはしてやれない。平等に評価していくつもりだ」

「はい、わかってます」


 真剣な表情に少しなったクロウに、フィーは頷いた。

 当然の話だった。

 これだけ入団希望者がいるのだ。少し親しくなったぐらいで、優遇してたら試験が成り立たない。


 オーストルほどの大国の騎士団に入るのは、とてもむずかしいことなのだろう。

 こんなに入団希望者もいるし、きっと厳しい競争になるはずだ。

 勝ち抜けるのだろうか……。

 いや、もう勝つしかないのだ。

 フィーとして離宮で孤独に朽ち果てていく側妃の人生を抜け出し、ヒースとして新しい人生を勝ち取るためには。


 一気に緊張した顔になってしまったフィーの肩を、クロウの手がポンっと叩いた。見上げると、クロウがにかっといたずらっぽく笑った。


「贔屓とかはしないけど、応援はしてるぞ」


 なんて嬉しい言葉だろう。


 この国にきてずっとひとりだったフィーを、応援してくれる人ができた。


「はい!がんばります!」

「おう!精一杯やってこい!」


 クロウはそういってフィーを元気付けてくれると、手を振って城の方へ去っていった。


(騎士に……、わたし騎士になりたい……!)


 その思いは、側妃の人生を逃れたい、それだけを思っていたときより、ひとつ強くなっていた。

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