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72 カインさん2

 カインは悩んでいた……。

 いや、ずっと前から悩み続けていたが、新たに悩みが追加されたという感じだ。


 そんな悩み続けるカインの視線の向こうで、フィー王女が第18騎士隊の集会所からでてきた。


 カインはすぐに移動を開始する。

 見つからないように気配を消しながら、いつもの場所へ。


「カインさーん、遊びにきました~!」


 フィー王女は一本の木の前で立ち止まると、すぐにそれに手をかけてそれを登ろうとしはじめた。

 その前に、カインは木から飛び降りる。スタッと音もなく着地した。


 フィー王女の顔が、降りてきたカインの姿を見て笑顔になる。


「カインさん、遊びにきました!」


 それ一度言いましたよね、とは言えない。

 それより言うべきことがあった。


「ヒースくん、木に上るのは危ないからやめてくださいと言いましたよね」

「ええ、でも、壁にも上ってるし、今さらですよ?」


 その言葉にぐさっと刺される。

 その通りだ。今さらなのだ。


 フィー王女には草の技である壁のぼりの技を教えてしまった。

 木にのぼるより当然危ない。ほかにも、高いところから降りる受身など、いろんなことを教えてしまっている。

 もはや、お姫さまが木登りしては危ないとかそういうレベルの段階ではないのだ。


「その通りですが、気をつけるにこしたことはありません」

「はい、気をつけてのぼります」


 登らないでって言ってるのに……。

 カインは額を押さえた。


「それよりカインさん、遊びにきました!新しい技を教えてください!」


 その言葉を聞いて、カインの背中にまた汗がながれはじめた。

 これがカインの悩みである。

 カインと知り合いになったフィー王女。彼女はこうやって頻繁に、自分のところに『遊び』にくるようになったのである。


 しかし、それだけならまだいい。いや、まったく良くないが。

 問題はその『遊び』についてである。


 フィー王女はここに来るたびに、自分に技を教わりに来てるのである。


「ヒースくん、草の技は遊びで習っていいものではないですよ……」

「あ、そうですよね。すいません!真剣にがんばるつもりです!」


(違う……。そうじゃないんです。できれば覚えて欲しくないんです)


 カインの注意に、なぜかやる気が満ち溢れる返事を返すフィー。

 カインは頭を抱えたくなった。


 彼女は本来は高貴な身分な人なのだ。

 できれば、危険とは無縁であってほしい。

 危険な力をもつと、不思議と危険を引き寄せてしまうと言われている。

 それは迷信かもしれない。危険な技能を覚える必要はあるのは危険な仕事に携わるからで、そういう仕事にリスクがあるのは当然だからだ。

 でも、だからといって、本来はたくさんの侍女と護衛に囲まれて、お茶会や晩餐などに参加しながら、平和に優雅な人生をすごしていくはずのこの子にそんな技を教えることは、もしもっと思うと不安が拭えない。

 だから、できるだけ教えたくないのだ、草の技は……。


 なのにこの子は、日曜日にいきつけの店に来ました感覚で、技を覚えに来るのである。


 おかげさまで大分、草の技術がこの国の側妃殿下に伝授されてしまった。

 そしてカインがぎりぎり教えても大丈夫かと思った技術は、もはや底が尽きかけている。これ以上こられると、護身術とは真逆のあれな草専用の格闘術や、暗器の使い方にはいっていくのだ。


 それはさすがにだめだろうとカインは思う。


「カインさん、今日は何の技を教えてもらえますか?」


 なのにフィー王女はきらきらした目で、今日は何を教えてもらえるのかなぁ、っと楽しみな表情でこちらを見てくるのである。

 こちらが技を教えてくれるのをまるで疑ってない態度だ。

 そして陛下からの命令がある以上、カインは教えなければならなかった。


(私は草……。この国のかたちを守るため、国王陛下の命令をただ愚直に執行する者……。

 父さん、母さん……。これ必要ですか……?)


 両親からの答えは帰ってこなかった。もともと無口な人達だった。


 そしてカインも両親の姿を振り返るのはやめ、現実に向き合わなければならない。

 とにかく教えなければならないのは事実だ。だから、できるだけ危険度の低い技を教えたい。

 どうすればいい……。


 そのとき、カインはひとつ策を思いついた。


「ヒースくん、君はどういう技を教わりたいんです?」


 草ではあまり使われないが、相手から要求を引き出すという交渉のテクニックだ。


 今までのパターンでいくと、カインが安全性を考えた末の提案に、フィー王女が首を振り、さらに譲歩した案に、フィー王女が首を振り、結局危険な技を教えざるえなかったことが多い。

 でも、逆にフィー王女の方から要望を言わせてしまえば、なし崩しに危険な技を教えてしまうなんてことにはならないはずだった。

 逆にこちらから交渉する余地すら生まれる。

 ちょっと危険な技も、こちらから微調整してあげれば問題ない。


 カインは自分のアイディアに、よく思いついたと頷いた。

 もし、フィー王女の要望が、草の技術から外れたものならむしろしめたものだった。普通の兵士が身につけていい技術なら、問題なく教えてあげられる。


「うーん……」


 カインから聞き返され、フィー王女は唇に指をあて少し考えたあと。

 カインの方を向き、きらきらした笑顔で言った。


「暗殺術がいいです!」

「ぐふっ」


 フィーの投げたデッドボールが全力でカインを直撃した。


つづ

……かない

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[良い点] >父さん、母さん……。これ必要ですか……? こんなん笑うしかないって!
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