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フィーは走っていった侍女の女の子を追いかけていると、侍女たちがあつまって噂話をしていた。
「バカな子よね。ああなるからイオールさまに近づこうとする女子なんて、侍女にはいないのに」
「そうよ、わたしだって遠くから眺めてるだけなのに。いい気味よ」
「新入りだから知らなかったんでしょうけど、むかしイオールさまに助けてもらったことがあるだか知らないけど、抜け駆けしようとするからあんな目に会うのよ」
そんな侍女たちに、フィーはさっと近づいて、左手を腰にあて少し怒った表情を作ると、彼女たちの顔を覗き込み、その鼻をちょんっと軽く突いて言った。
「君たち、そういう風に人の悪口いうの良くないよ」
「ヒ、ヒースくん!?」
侍女たちがフィーの姿を見て、驚いた顔をする。
ちょっと赤面した侍女もいた。
「それでその子がどこにいったか知らない?見失っちゃったんだけど」
「えっと……、向こうに行きましたけど……」
「ありがとう!じゃあまたね!」
フィーは侍女たちににっこり笑うと手を振って、向こうへ走っていった。
「て、天使の笑顔……」
「かわいい……」
その姿を侍女たちは呆然と見送った。
フィーが侍女たちに教えてもらった方向にいくと、あの女の子が木の影で膝を抱えて泣いていた。
フィーはその隣に座り、声をかけた。
「大丈夫?ごめんね、たいちょーが酷いこと言って」
「ヒースくん!?」
かなり泣きじゃくってたらしい。
フィーが来たことにも気づいてなかったようで、びっくりした顔をしたあと、涙をぬぐいながら言った。
「いえ、わたしが悪いんです。イオールさまの気持ちを考えてなかったし、イオールさまとヒースくんの会話も邪魔しちゃってたし、嫌われて当然です」
「そういうのとはちょっと違ったと思うけど……」
フィーはそう呟きながらも、ハンカチをポケットから出し、涙をぬぐってあげる。
「手でこすっちゃだめだよ。赤くなっちゃうから」
「は、はい。すいません。でも、こっちに来ちゃって大丈夫だったんですか?イオールさまと話をしてたのに」
そう言われてフィーも、そのことを思い出し、ずーんっとちょっと落ち込む。
「そう言えば、たいちょーにバカって言っちゃった……」
「わたしのせいでごめんなさい!」
「ううん、君のせいじゃないよ。僕が自分の意思でいったんだもん」
「でも……」
侍女の子の目から、また涙がこぼれそうになる。
フィーがイオールと喧嘩したことまで、気にしだしてしまった。
なぐさめにきたのにうまくいかないなぁっとフィーは思った。
「う~ん……」
フィーは少し悩んだあと、侍女のあごに人差し指をあててその顔を自分のほうに向かせると、その瞳を覗き込んでいった。
「君に涙なんか似合わないよ。僕が見たいのは君の笑顔さ。だから泣き止んで」
「えっ……」
侍女の女の子が、きょとんと目を見開いたあと固まる。
フィーも、続く言葉が思いつかず、そのまま止まってしまった。
あたりに微妙な空気が流れる。
フィーは腕を組んで、首をかしげながら言った。
「うーん、泣き止んで欲しくて、クロウさんの真似をしてみただけど、うまくいかないなぁ」
「ク、クロウさまの真似だったんですか……?」
「うん、きっと、女の子にはこんなことを言ってるに違いない」
「ヒースくんにはちょっと似合わないと思う……」
「そっかぁ。でも、泣き止んでくれたし結果オーライかも」
「あっ……」
その言葉に、侍女も自分の涙がいつの間にかとまっていたことに気づく。
虚をつかれて止まった涙だったけど、さっきまですごく悲しい気持ちだったけど、少し心が楽になった気がした。
「まあとにかく、僕は君に元気になって欲しいってこと。それだけは伝わってくれたかな」
にっこり笑っていうフィーの顔に、侍女がうんっと頷く。
「ありがとう。ヒースくん」
侍女の子もまだちょっと目が赤かったけど、にっこりと笑って微笑みを返した。
ふたりが顔をあわせて笑っていると、ぐーっと何かの音が聞こえてきた。
それはフィーのおなかから聞こえてきた音だった。
それにフィーもちょっと赤面しておなかをおさえる。
「ううっ、恥ずかしいな。せっかくちょっといい感じだったのに」
それに侍女の子はくすくすと笑って、ずっと持っていたクッキー袋を差し出した。
「よかったらこれ食べて」
「いいの?」
「うん、あげる人いなくなっちゃったし、食べてくれるならわたしも嬉しいな」
「そっか、じゃあもらうね!」
侍女から差し出されたクッキーをフィーは笑顔で受け取った。
そして早速袋をあけて、ぱくっと口に入れる。
「うん!すごくおいしい!」
香りの良いバターが効いて、焼き加減のちょうど良いさくさくのクッキー。甘さはフィーにとっては控えめだったけど、それも上品でいい感じだった。
自然と笑顔がこぼれてくる。
「………」
その笑顔を、侍女の子は少しボーっとした表情で見つめた。
「アルシアー!どこいるのー!」
「いじわる言ってごめんね!わたしたちもちゃんと忠告しておくべきだった!」
「お願い、でてきて!」
そんなとき、フィーが来た方角から声が聞こえてきた。さっきの侍女たちの声だった。
声には、申し訳なさそうな気配と、探している相手を心配する感情がこもっていた。
「あ、先輩たちだ」
その声に、侍女の子が反応して顔を向ける。
侍女の子の反応も、相手を嫌がる気配ではなかった。
きっと喧嘩もしたり、仲たがいすることもあるけど、決してわるいだけの仲ではないのだろう。それを見て、フィーは安心したように微笑む。
「謝りに来たみたいだね。君、アルシアって言うんだ」
「あ、はい」
「もう、大丈夫みたいだから僕はいくよ」
フィーは地面から立ち上がると、ズボンについた土をパンパンと払い、またどこかへと走っていく。
フィーは途中振り返り、笑顔でアルシアに手を振った。
「それじゃあまたね!アルシア!」
「あっ……ありがとう……」
その動きは素早くて、アルシアがお礼を言う前に見えなくなってしまった。
「アルシアー!やっと見つけた!」
「どうしたの?」
「ヒースくん……」
侍女の先輩が見つけたとき、アルシアはぽーっとした表情で、ヒースの去っていた方向をずっと見ていた。




