67 たいちょーの悪いとこ
騎士隊に入ってからのフィーは、イオールに1ヶ月の間にあったことを報告するのが、ひとつの習慣になっていた。
忙しくていろんな場所を飛び回っているイオールだが、ちゃんと時間をとってフィーの話を聞いてくれるのだ。そしてフィーの話を聞いて、アドバイスをくれたり、褒めてくれたりする。
「たいちょー、東の宿舎からクーイヌって転入生がきたんです。とっても仲良くなったんですよ!」
「ああ、カイザル先生の弟子か。うわさは聞いている。将来有望な剣士だそうだな」
「はい、たいちょーに憧れてるそうで、いつか会ってみたいって言ってました」
「ふむ、そうなのか。時間に都合ができたら一度会ってみるか」
「はい、クーイヌも喜びます!」
イオールと会う場所は集会所が多いが、今日は裏庭で話を聞いてもらっていた。
そんなフィーだが今日は視線を感じる。
右を向くと、自分と同年齢ぐらいの侍女が、おどおどした様子でこちらを見ていた。
フィーはその視線の先に気づく。
どちらかというとフィーを見てたのではなく、イオールを見ていたのだ。ちらっと目があったので、フィーはにっこりとその侍女に微笑んだ。
侍女がそれを見て、おそるおそるこちらに近寄ってくる。
その手には、ラッピングされたクッキーが握られていた。おそらく手作りだろう。
その瞳はイオールを、朱のまじった恋こがれる表情で見ている。
「あの、イオールさま……、手作りのクッキーです。もし良かったら食べてください!」
侍女の女の子はぎゅっと目をつむりながら、クッキーを両手でイオールに差し出した。
その光景を見て、フィーは感心した気持ちになった。
(やっぱりたいちょーってモテるんだなぁ。
かっこよくて強くて、とにかく凄い人なんだもん。そりゃもてるよね!
クロウさんもモテてるし、やっぱり騎士ってもてるのかな。ふっふっふ、いずれは僕も)
フィーは自分が侍女に囲まれて、たくさんのくっきーを差し出される光景を思い浮かべた。
侍女の女の子は頬を染めて、どきどきした表情で地面を見ている。おそらく恥ずかしくて相手の顔を見れないのだろう。
フィーはそれを微笑ましいなぁって思った。
「いらん」
しかし、そんな女の子に冷や水を浴びせるように、イオールの口からつめたい言葉が吐き出された。
「え、たいちょー……?」
侍女の女の子も、それを聞いてはっと顔をあげ、イオールの顔を見て凍りつくように青ざめる。
目じりに涙を溜め、泣きそうになりながら、それでも声を震わせていった。
「あのっ……、くっきーお嫌いでしたか……。すいません。
こ、こんどは別のものを」
「いらないといっただろう。
何を作ってこようが一緒だ。俺がお前の作ったものを口に入れること今までもこれからも一切ない。時間の無駄だ」
冷たい表情で侍女を見下ろし、凍りつくような言葉をはくイオール。
侍女はその言葉に茫然と動きをとめた。
「ごめんなさいっ……」
そしてついにその目じりから涙をこぼし、振り返って走りだした。
それを何事もなかったのようにイオールは、走っていく侍女から視線を外す。
「た、たいちょー!」
フィーは青い顔をして、走っていく侍女の子と、たいちょーを交互に見た。
「どうした、ヒース」
「どうしたもなにもないですよ!酷いじゃないですか!あんなこと言って!」
フィーのたいちょーへの抗議に、イオールは眉をしかめた。
「あれくらい言わねばまたくるだろう。
あんなものに構うのは、時間の無駄だ。話していても何の成果も得られはしない。そんな時間はできるかぎり削りたいのだ。俺は忙しい」
「時間の無駄ってひどいです!せっかくイオールたいちょーのために、くっきーを焼いてきてくれたのに!」
「そんなこと頼んだ覚えはない。
それにどんなものを作ってこようが食べることはないのは事実だ。はっきり告げた方が、あの侍女のためにもなっただろう」
腕を組んでそう言い切ったイオールに、今度はフィーが眉間にしわを寄せた。
視線の先に消えかける、侍女の方を見て、そのあとを追いかけだす。
背中から、イオールのちょっと焦った声が聞こえた。
「ヒース、どこにいく!まだ今月の報告を聞き終えてないぞ!」
フィーはたいちょーのほうをちょっとだけ振り返って言った。
「そんなのより、泣いている女の子をなぐさめる方が先でしょ!たいちょーのバカ!」
そのままフィーは侍女を追いかけて、イオールの前から姿を消した。
イオールはその背中を呆然と見送り、目を見開いて呟いた。
「俺がバカだと……?」
バカです。




