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63 ※67に飛ぶのは64~66で没があったからです。

 そして明々後日の夕刻、フィーはコンラッドと民家の屋根の上にいた。


「のぞきなんてだめですよぉー。見つかったらクロウさんに怒られますよ」


 そんなこと言いながら、しっかり路上から見えない位置にスタンバイしてるのがフィーだ。

  その手にはガルージさんに作ってもらった双眼鏡まで準備してある。


「だって気になるじゃないの。あの男が一人の女相手にあそこまで気合いれてるのなんて初めてよ」


 でばがめ根性を隠さず、汚れないように絨毯まで準備して屋根の上にスタンバイしているのがコンラッドだ。

  その手には望遠鏡が握られている。


 二人を止める良心の徒はここにはいない。


 いや、約一名。

(フィー王女!あなたに草の技を教えたのは、のぞきをさせるためではありませんよ!)

 と心の中で思っている男がいたが、その場にでてくるほどの開き直りはまだできてないので、特に語られることはない。


 集会所をでていったときのクロウの服装は、王国などの式典に出るときのための、正式な騎士の礼服だった。

 鮮やかな青の生地に金糸の入ったジャケットに、同じ色のパンツ。腰には儀礼用のサーベルまで差している。


  普段から礼服は苦手だと言っているクロウ。

 そのクロウが騎士の礼服を着ているのを、フィーは今日しか見たことが無かった。

 これで気にならないというほうがおかしいと思う。


 そんなわけでコンラッドの口車に乗って、デート相手を待つクロウを観察しているのである。


「なかなか来ませんねぇ」

「そうねぇ。退屈だわぁ」


 夕暮れの街、あの高級商業街の近くの時計台の前で、クロウはずっとデートの相手を待っていた。

 金色の長髪にヘーゼル色の瞳、鮮やかなブルーの礼服を着たクロウの姿は道行く人の目を縫い止める。特に若い女の子は、おもわずクロウの方を見て、ぼーっと立ち止まってしまったりする。


 そんなクロウの相手だが、これがなかなか来なかった。

 30分ほど張り込み続け、退屈してしまったフィーとコンラッドは、屋根の上で連絡用のチョークを使い○×ゲームをはじめてみた。


  雨ですぐ流れる素材だから大丈夫だ、は彼らの主張である。


 それから20分後、クロウのいる広場に1台の馬車が止まった。

 クロウがその馬車にいつになくやさしい微笑を浮かべて歩み寄っていく。間違いない、クロウの相手が乗っているのだ。


  フィーとコンラッドは、接戦となりかけた121回戦を投げ出し、首だけをガバっと起こした。


「来ました!」

「来たわね」


 フィーもコンラッドも人の家の屋根に○と×を書くのを止め、じっとそちらのほうに集中しはじめた。

 馬車の扉が開き、ついにコンラッドの相手が下りてくる。


 その姿を見たとき、二人は叫び声をあげた。


「ひとづまぁ!?」

「ロリコんん!?」


 二人が違う叫び声をあげたのは、馬車から降りてきたのはひとりではなかったからだ。

 10歳ほどの年齢と思われる女の子と、その母親らしき妙齢の女性。二人の女がほぼ同時に馬車を降りてきた。

 二人の女性とクロウの目があった。


(どっちだ……!?それともどっちとも……!?)


 フィーとコンラッドが同時に心の中でつぶやく。そして思う。


(どっちでも問題だ……!)


 幼い女の子の方は言うまでもない。

 妙齢の女性の方は、もしかしたら未亡人かもしれないが、既婚者だったら不倫である。不倫!


(どどど、どうしよう。クロウさんを止めなきゃ!)


 騎士の理想みたいな格好で、騎士の道を踏み外そうとしているクロウにフィーは慌てた。

 そんなフィーの後ろから声がかかった。


「お前たち何をやってるんだ」

「ひゃあぁ!」


 急に声が後ろからかかり、フィーはびっくりしてのけぞった。

 そして声の主で誰か気付き、もう一度驚きの声をあげる。


「た、たいちょー!?」


 フィーが振り返ると、その後ろに腕を組んだイオールが立っていた。

 いつもの仮面からのぞくブルーグレーの瞳が、ちょっと不審げな光を帯びている。


「あ、あ、あの、たいちょー、なんでここに……?!」

「集会所に誰もいないから門兵に聞いてみたら、三人とも城の外にでていったと言っていたのでな。少し探してみたら、民家の屋根の上で不審な動きをしているお前たちを見つけたのだ」


 少し探しただけで、屋根の上に隠れていたフィーとコンラッドを見つけるなんて、どれだけ視力がいいのだろう。フィーの頬に汗が流れた。

 そんなフィーの横で、コンラッドがこっそり逃げようとしていた。


「コンラッドさん!ひとりで逃げないでくださいよ!」

「あ、ちょっと、ヒースちゃん」


 その服の裾をがっしりとフィーが掴む。

 死なばもろともというか、ひとりだけたいちょーに怒られるつもりは毛頭なかった。だって誘ったのはコンラッドさんだもん。そのずっと前にガルージさんに双眼鏡つくってと言ってたのはフィーだが。

 

 そんな二人をイオールがちょっとあきれた表情でみる。


「何をやってるんだ、お前たちは……ん?」


 しかし、その言葉は、フィーとコンラッドの背中の先に、クロウの姿を見つけたことによって止まった。


「あれはペルシオールの妻と娘だな……」


 クロウと顔を合わせ、笑顔で話している妙齢の女性を見てイオールが呟く。

 それにフィーが聞き返した。


「ペルシオール……ですか……?」

「第5騎士隊の騎士だ。任務中に大きな怪我を負ってしまってな。王都の病院で入院して治療を受けることになった。幸い怪我は治るものだしリハビリを続ければ現場に復帰もできるのだが、娘の方が落ち込んでふさぎこみがちになっていると聞いた」


 フィーが双眼鏡で覗き見ると、小さな女の子の方はどこか暗い表情をしていた。

 クロウはペルシオール夫人と何かを話したあと、膝をついて少女に話しかける。


 そして後ろに隠していた大きなぬいぐるみを渡して、騎士として最高の礼をした。


『可愛いお姫さま、あなたの父上の怪我はかならずなおりますよ。だから元気をだしてください。今日はこのクロウがあなたの相手を勤めさせていただきます』


 声が聞こえない距離にいるのに、フィーの耳にははっきりとそんなクロウの声が聞こえてきた。

 その姿はものがたりにでてくる騎士そのものの姿で、少女の顔にぱーっと明るい光が宿っていく。


 クロウはペルシオール夫人に挨拶をすると、やさしく少女の手を取ってあのレストランの方向に歩きはじめた。ペルシオール夫人のほうもクロウに頭をさげて、病院の方に歩き出す。


「そっか……」


(このために下調べをしておきたかったんだ……)


 クロウがいつも行くような店は、危険というほどでもないが、やっぱり夜なのでトラブルがないわけではない。

 街灯のある高級商業街は、夜でも子供を連れていける安全な場所だった。


 でも、そういう店は、大人向けの味付けの料理が多い。

 ソースなんかにはワインが使われたりしていて、子供は苦手にする複雑な味付けがしてあることがある。だから、事前に入って確かめておきたかったのだろう。


 小さなお姫さまは、騎士に手をひかれて、きらびやかに輝くレストランへと向かっていく。

 女の子にやさしく話しかけるクロウを見上げるその顔は明るく輝いていた。


「うーん、なんか期待してたのとは違ったわねぇ」


 コンラッドは拍子抜けしたような、でも腐すわけにもいかず、微妙な表情になった。


「でもやっぱり、クロウさんはかっこいいです」


 フィーはすっかりクロウを尊敬した顔になっていた。

 やっぱりクロウさんは本当に騎士の理想みたいな人だなぁと、連日のナンパ話でちょっと下がり気味だった評価を上げなおす。


「あいつはこういうフォローが得意だからな。俺も助けられてる。ところでお前たちは何をやっていたんだ?」


「……」

「……」


 話題がフィーとコンラッドの行動に戻り、二人ともイオールから目をそらして沈黙する。


「あっ!」


 その視線が、あるものを捕らえた。


「なになに、どうしたの?」


 それにコンラッドが食いついた。

 フィーの指の先には、柄の悪そうな男が15人ほど、路地裏の影からクロウの方を見ていた。

 高級商業街近くの街には似つかわしくない風貌で、かなり浮いていた。


「あいつらクロウさんとの訓練のとき絡んできた連中です!間違いないです!」


 その男たちの中に、夜道で絡んできた三人の男の姿をフィーは見つけた。


「三人じゃ敵わないからって、人数集めて復讐に来たってわけか。小悪党の考えそうなことね。どうする?」


 あの人数でも、クロウは負けたりしないだろう。特に今回はサーベルを持ってるので、ちんぴら十数人程度じゃ相手にならない。でも、クロウの隣には、いま小さなお姫さまがいる。

 せっかく騎士とお姫さまがデートをしているのだ。

 お姫さまに嫌な思いや怖い思いをさせていいのだろうか。騎士である自分たちが。


 フィーはもちろん答えた。


「僕たちでやりましょう!」




 ちんぴらたちは復讐のために仲間を集めて、相手を探し回っていた。

 金色の長い髪をした優男だ。

 そしてついにその姿を見つけた。騎士の格好をしているのはびびったが、なに問題はない。

 こっちは15人もいるのだ。


 高級市街地近くの路地裏に隠れ、復讐の相手を待つ。かなり浮いて目立っていたが、やつにさえ見つからなければいい。

 小さな女の子をつれているが、それも好都合だった。もし人質にとれたら、こっちが勝ったも同然だ。


「いつ行きます?」

「もうすぐだ。俺が合図をするから一気にいけ」


 あの男が路地の前まできたら、15人でいっせいに襲い掛かる。

 この人数なら、あの優男がいくら強くても、ぼこぼこにしてやれるはずだった。


「へっへっへ、騎士だがなんだかしらねぇが、このギッダさまに逆らったやつはみんな後悔するんだぜ」

「へぇ、誰が後悔するのかしら?」

「面白い話ですね」

「騎士に対抗できる戦力があるとはまるで思えんが?」


 そんな声とともに屋根の上から三人の人間が降ってきた。

 ひとりは美しい、思わず見ほれてしまうような絶世の美女。ひとりは小柄な見習い騎士服を着た少年。ひとりは仮面を付けた騎士姿の男。

 三人はちんぴらたちを囲むように、路地裏の道に降り立った。


「なっ、なんだ。お前ら!」


 突然、あらわれたまるでばらばらの風貌の三人に、ギッダというちんぴらのリーダー格が焦った声をだす。


「第5騎士隊のものだ」

「他人のデートを邪魔するような野暮な輩は」

「僕たちで排除させてもらいます!」


  一応、第18騎士隊は非公式なので、こういうときは適当な騎士隊を名乗るようにしている。

 イオールは表情を変えずに、フィーとコンラッドは不敵に笑ってそう宣言した。


「き、騎士隊だと!?」

「騎士隊だっていってもしょせんは三人だけだ。やれ!」

「戦えそうなのはあの男だけだ。あいつをぼこぼこにしちまえばこっちのもんだ」


 ギッダの号令でちんぴらたちが一斉にイオールに飛び掛る。

 イオールは鞘にいれたままの剣を一閃する。一気に5人の男が地面に倒れた。


  その剣の腕前に、ちんぴらたちが動揺する。


「こ、こいつ……、つええ……」

「逃げるしかねぇ」

「女だ!あの女を倒せ!」


 ちんぴらたちはいちばん逃げやすそうな道をふさぐコンラッドへと向かおうとした。

 だが、次の瞬間、女の姿はどこにもいなかった。


「えっ?消えた?」

「どこに?」


  彼らがそういったときには、コンラッドはすでに後ろに回っていた。


 気づかれもせず背後をとったコンラッドは、腕を伸ばしひとりの体を掴んだ。

 細い腕が大柄な男の体を冗談のように持ち上げると、そのまま近くにいたちんぴら三人ごと壁に叩きつける。さらに止まらず、コンラッドの両腕が蛇のようにしなり、二人の男の首にからみつくとその意識を瞬時に奪う。

 それをみて体を翻し咄嗟に逃げようとした三人を、手刀、打撃、掌底で吹き飛ばし、一気に8人が地面にころがった。


 残るはギッダと、その子分がひとりだけ。


「ひぃ……、ば、ばけもの!」

「ガキだ!あのガキのほうなら!」


 ギッダと子分は、最後にフィーのいる道を選んだ。

 フィーは懐から、ひも状のものを取り出す。紐は根元でみっつに別れるように結ばれていて、紐の先端には重くまるい三つのゴムボールがくくりつけられている。

 ボウラと呼ばれる投擲武器。


 こちらへくるちんぴらたちを見て、フィーはそれを頭上でくるくると回し加速させた。力のないフィーでも、回転させることによりボウラは高い運動エネルギーを得る。

 そして走ってくるちんぴらたちの足元にむけて、それを投げ放った。


 重石のついた三つ又のロープが宙で広がり、並んで走ってくるちんぴら二人の足元にからみつき、その動きを奪う。


「いぃ!?」

「うわぁ!」


  ロープに絡まれ、重いゴムボールに殴打され、ちんぴらの体が地面へと傾く。


「えい!」


 そこにカウンターであわせるように、フィーはその顔面に容赦なく蹴りを炸裂させた。地面に倒れ、白目をむくちんぴらのリーダー格。


 その後三人は、ちんぴらたちを他の騎士隊に引き渡した。


 クロウと女の子のデートは無事に終わり、女の子は元気を取り戻したらしい。

 ペルシオール自身もリハビリを重ね、騎士として復帰するためにがんばってるんだそうだ。


 そして―――。


「おなか減りました。コンラッドさんのせいです」

「おなか減ったわね。でも、人のせいにするのはよくないわよ」


 フィーとコンラッドは飯抜きの罰をうけていた。

  クロウのデートを見守るまではギリギリ良かったが、屋根に落書きをしたのがだめだった。当然といえば当然だがだめだった。


 お茶もお菓子も禁止で、ふたりはしばらく集会所のテーブルに突っ伏して過ごすことになった。


64、65話は没。

66話はそれに伴い未完成なので、67話へと話がとびます~。

申し訳ありません。

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