62
(うーん、フィレステーキがいいかなぁ。羊肉のポワレも美味しそう。見たことのないメニューもいっぱい。キャビア……、高いけど食べてみたいなぁ。クロウさんにお願いしてみようかなぁ)
こっそり他のテーブルを覗くと、おいしそうな料理が並んでいる。フィーはメニューを見ながら、よだれが垂れそうになった。
クロウの方を見ると、メニューの前でなんだか真剣な顔でにらめっこをしている。
「うーん、ハンバーグがいいのか……?いや、グラタンも好きだって……」
フィーはその言葉に首をかしげた。
クロウが好きなのは、魚料理のはずだった。二人で話しているとき、聞いたことがあるから間違いない。
「もしかして、相手の人の好きなものを食べてみるつもりですか?」
「ああ、まあな」
フィーにそう言われ、クロウは頭を掻いてうなずいた。
フィーはメニューを閉じ、笑顔になってクロウに言った。
「じゃあ、僕も協力しますよ。その人の好きなものを頼んでください」
わざわざ好きなものの味を調べておくなんて、よっぽど大切な相手なんだなぁって思う。それなら協力してあげなきゃって思う。
「いいのか?」
「はい!」
そうしてフィーはハンバーグとパイシチューを、クロウはグラタンを注文した。
二人で待ってると、やがて料理が運ばれてきた。
フィーの前にはデミソースのかかったハンバーグと、ふわっと膨らんだパイシチューが。クロウの前にはチーズがとろりと香ばしく焼けたグラタンが。
「わぁ、美味しそう」
フィーが目を輝かせるのを見てクロウは笑った。
「悪かったな。好きなもの食べさせてやれなくて」
「そんなことないです。ハンバーグもパイシチューも好きですよ!」
クロウの言葉に、フィーはにこって笑って返した。
そういう仕草を見て、やっぱりヒースらしいなと、クロウは思う。
クロウがいままで付き合ってきた女の子なら機嫌を損ねたり、がっかりしたりするだろう。あからさまに怒ったりする子や、感情を隠して笑顔で接してきたりする子、反応はさまざまだろうけど。
でも、ヒースは本心から嬉しそうにしてるとわかる。
それは、他の女の子にはない反応だった。
そこまで考えて、クロウは自分の思考を首をふって訂正した。
(いやいや、こいつ女の子じゃなくて男だから……)
ついつい、ナチュラルに他の女の子と比較してしまっていた。あまりにもその姿が自然だったからだろうか。
「クロウさん!食べていいですか?」
「ああ、いいぜ」
そういうとフィーは、フォークとナイフを持って、ハンバーグを食べ始めた。
フォークで小さく切って、口に入れる。
食堂のハンバーグとは一味違う、香りが良くやわらかい肉と、上品なソースの味がフィーの口の中にひろがった。
「おいしい~」
さすが評判の店といったところだろうか。
食堂のハンバーグも大味で食べがいがあって好きだけど、こういうのを食べるとまた違った美味しさを感じる。
もしかしたら社交界にでていた時には、これより高級な料理も食べたことがあるのかもしれない。
でも、フィーにとってはこれが意識して初めて食べる、高級料理だった。それにあのころは食べるときもずっとひとりだった。
けど、いまは目の前にクロウさんがいる。
「ソースにワインの匂いや苦味なんかはしないか?」
美味しそうに食べるフィーを眺めながら、クロウが聞いてきた。
「はい、大丈夫ですよ」
ハンバーグにかかっているソースは、ちゃんと丁寧にアルコールが飛ばされていて、お酒の匂いや変な苦味なんかはしなかった。
フィーはハンバーグを食べ終わると、パイシチューに手をつける。
まだほんのりとあったかいパイ生地をフォークで割くと、中から乳白色のシチューが見えた。
食べ始めると、またクロウさんが聞いてきた。
「ピーマンは入ってないか?」
「はい、入ってないですけど」
「にんじんは、細かく切ってあるから大丈夫そうだな」
「そうですね。よく煮込んであって美味しいです」
フィーにシチューの具材を聞きながら、クロウはグラタンも材料を確認しながらたべていた。
「うーん、貝が入ってるからだめかなぁ……」
すごく手間をかけて真剣に調べてることから、クロウのデートへの気合の入れようがわかる。
でも、フィーはちょっと疑問を抱いた。
(クロウさんの相手の人の好みって、ちょっと子供っぽい?)
この高級料理店で、ハンバーグやグラタンを頼むのは、主に子供のお客さんだった。大人の客はもっと珍しい料理を頼んだりする。
それに、ピーマンやにんじんがだめって、やっぱり子供の好みだった。
食事が終わり、ちょっと高級商業街を見てまわった後、二人は王城への道を帰っている。
街灯が灯る場所はもう離れ、二人を照らすのは月の明かりと、わずかに盛れ出てくる家の光だけだった。
目指す先の巨大な王城は、いろんな場所から煌々とした光がともって見えて、まるでそこにも星が浮かんでいるようだった。
結局、視界が悪いので、フィーはクロウにエスコートされたままだった。
夜の道を、ふたりで寄り添って歩く。
もう、クロウもフィーもいつも通りの調子で、最初のころにあったような妙な沈黙なんかはなかった。
手をつないであるきながら、見習い騎士の宿舎で起こったできごとなどを話して、王城への道をかえっていく。
楽しく話していた二人だが、前方に人の気配を感じて会話を止めた。
「待ち伏せされてますね」
「そうだな」
小声で言葉を交わす。
今歩いているのは、王都ではちょっと治安が悪い場所の近くだった。
その地域に足を踏み入れたわけではないが、素行の悪い輩が夜の闇にじょうじて遠出していたのかもしれない。
「よう、兄ちゃん。かわいいお嬢ちゃんとデートかい。うらやましいねぇ」
「結構な上玉じゃねぇか。金をもらおうとおもったが、そいつも連れていくか」
「そういうわけで、大人しく金と女をわたしな。そしたら無事にかえしてやるぜ。兄ちゃん」
見るからに柄のわるそうな輩が3人ほど、フィーとクロウの前にでてきた。
フィーは無言で先制の飛び蹴りをいれようと駆け出そうとしたが、その体はクロウの大きな手によって抱きとめられた。
「クロウさん!?」
フィーはちょっと目をまるくして驚いた。
そんなフィーにクロウはやさしく微笑んだ。
「今回は大人しくしてろ。さすがに今日一日付き合ってくれたお姫様を戦わせちゃ、騎士の名が廃るからな。
それにそのヒールで戦うと、こけて怪我するかもしれないぞ」
確かにまだ履きなれてないヒールで動くと、転んでしまうかもしれない。
(むぅ……)
フィーは仕方なく大人しくしていることにした。
「なんだ。3対1でやろうってのか?」
「かっこつけるのも大概にしとかないと、大きな怪我をすることになるぜ」
その言葉を聞いて、フィーはあきれたため息を吐いた。
(怪我をするのはあんたたちだよ……)
クロウは一瞬で男たちを叩き伏せた。
地面に突っ伏した男たちは、気絶したままもう動かない。
クロウの実力を知っているフィーとしては特に驚きもしない。当然の結果だった。
フィーなんてクロウ相手には、こっちが剣をもっていたって勝てる気はしない。
それがちんぴら3人でなんて……。
「お待たせしました、お姫さま」
月明かりのしたクロウがいたずらっぽくかっこつけてフィーに言う。
でも、クロウがやると、本当に物語にでてくる騎士みたいだった。
「ご苦労様です。褒美としてわたしを引き続きエスコートする権利を差し上げましょう。ナイトさま」
そう言うとフィーとクロウは互いに顔を見合わせて可笑しそうに笑い、また手を繋いで歩き出す。
「なんかお前とデートすると、トラブルばっかりだったなぁ。退屈はしなかったけどな」
「これってデートだったんですか?」
「いや、正直かなり怪しい。そもそも相手が男だしな」
「そうですよね。男同士ならデートじゃないですもんね」
クロウの答えにフィーがいたずらっぽく笑う。
二人は夜の道を、明るく話しながら帰っていった。




