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(うーん、フィレステーキがいいかなぁ。羊肉のポワレも美味しそう。見たことのないメニューもいっぱい。キャビア……、高いけど食べてみたいなぁ。クロウさんにお願いしてみようかなぁ)


 こっそり他のテーブルを覗くと、おいしそうな料理が並んでいる。フィーはメニューを見ながら、よだれが垂れそうになった。


 クロウの方を見ると、メニューの前でなんだか真剣な顔でにらめっこをしている。


「うーん、ハンバーグがいいのか……?いや、グラタンも好きだって……」


 フィーはその言葉に首をかしげた。

 クロウが好きなのは、魚料理のはずだった。二人で話しているとき、聞いたことがあるから間違いない。


「もしかして、相手の人の好きなものを食べてみるつもりですか?」

「ああ、まあな」


 フィーにそう言われ、クロウは頭を掻いてうなずいた。

 フィーはメニューを閉じ、笑顔になってクロウに言った。


「じゃあ、僕も協力しますよ。その人の好きなものを頼んでください」


 わざわざ好きなものの味を調べておくなんて、よっぽど大切な相手なんだなぁって思う。それなら協力してあげなきゃって思う。


「いいのか?」

「はい!」


 そうしてフィーはハンバーグとパイシチューを、クロウはグラタンを注文した。

 二人で待ってると、やがて料理が運ばれてきた。


 フィーの前にはデミソースのかかったハンバーグと、ふわっと膨らんだパイシチューが。クロウの前にはチーズがとろりと香ばしく焼けたグラタンが。


「わぁ、美味しそう」


 フィーが目を輝かせるのを見てクロウは笑った。


「悪かったな。好きなもの食べさせてやれなくて」

「そんなことないです。ハンバーグもパイシチューも好きですよ!」


 クロウの言葉に、フィーはにこって笑って返した。

 そういう仕草を見て、やっぱりヒースらしいなと、クロウは思う。

 クロウがいままで付き合ってきた女の子なら機嫌を損ねたり、がっかりしたりするだろう。あからさまに怒ったりする子や、感情を隠して笑顔で接してきたりする子、反応はさまざまだろうけど。

 でも、ヒースは本心から嬉しそうにしてるとわかる。

 それは、他の女の子にはない反応だった。


 そこまで考えて、クロウは自分の思考を首をふって訂正した。


(いやいや、こいつ女の子じゃなくて男だから……)


 ついつい、ナチュラルに他の女の子と比較してしまっていた。あまりにもその姿が自然だったからだろうか。


「クロウさん!食べていいですか?」

「ああ、いいぜ」


 そういうとフィーは、フォークとナイフを持って、ハンバーグを食べ始めた。

 フォークで小さく切って、口に入れる。

 食堂のハンバーグとは一味違う、香りが良くやわらかい肉と、上品なソースの味がフィーの口の中にひろがった。


「おいしい~」


 さすが評判の店といったところだろうか。

 食堂のハンバーグも大味で食べがいがあって好きだけど、こういうのを食べるとまた違った美味しさを感じる。


 もしかしたら社交界にでていた時には、これより高級な料理も食べたことがあるのかもしれない。

 でも、フィーにとってはこれが意識して初めて食べる、高級料理だった。それにあのころは食べるときもずっとひとりだった。

 けど、いまは目の前にクロウさんがいる。


「ソースにワインの匂いや苦味なんかはしないか?」


 美味しそうに食べるフィーを眺めながら、クロウが聞いてきた。


「はい、大丈夫ですよ」


 ハンバーグにかかっているソースは、ちゃんと丁寧にアルコールが飛ばされていて、お酒の匂いや変な苦味なんかはしなかった。


 フィーはハンバーグを食べ終わると、パイシチューに手をつける。

 まだほんのりとあったかいパイ生地をフォークで割くと、中から乳白色のシチューが見えた。


 食べ始めると、またクロウさんが聞いてきた。


「ピーマンは入ってないか?」

「はい、入ってないですけど」

「にんじんは、細かく切ってあるから大丈夫そうだな」

「そうですね。よく煮込んであって美味しいです」


 フィーにシチューの具材を聞きながら、クロウはグラタンも材料を確認しながらたべていた。


「うーん、貝が入ってるからだめかなぁ……」


 すごく手間をかけて真剣に調べてることから、クロウのデートへの気合の入れようがわかる。

 でも、フィーはちょっと疑問を抱いた。


(クロウさんの相手の人の好みって、ちょっと子供っぽい?)


 この高級料理店で、ハンバーグやグラタンを頼むのは、主に子供のお客さんだった。大人の客はもっと珍しい料理を頼んだりする。

 それに、ピーマンやにんじんがだめって、やっぱり子供の好みだった。




 食事が終わり、ちょっと高級商業街を見てまわった後、二人は王城への道を帰っている。

 街灯が灯る場所はもう離れ、二人を照らすのは月の明かりと、わずかに盛れ出てくる家の光だけだった。

 目指す先の巨大な王城は、いろんな場所から煌々とした光がともって見えて、まるでそこにも星が浮かんでいるようだった。


 結局、視界が悪いので、フィーはクロウにエスコートされたままだった。

 夜の道を、ふたりで寄り添って歩く。


 もう、クロウもフィーもいつも通りの調子で、最初のころにあったような妙な沈黙なんかはなかった。

 手をつないであるきながら、見習い騎士の宿舎で起こったできごとなどを話して、王城への道をかえっていく。


 楽しく話していた二人だが、前方に人の気配を感じて会話を止めた。


「待ち伏せされてますね」

「そうだな」


 小声で言葉を交わす。


 今歩いているのは、王都ではちょっと治安が悪い場所の近くだった。

 その地域に足を踏み入れたわけではないが、素行の悪い輩が夜の闇にじょうじて遠出していたのかもしれない。


「よう、兄ちゃん。かわいいお嬢ちゃんとデートかい。うらやましいねぇ」

「結構な上玉じゃねぇか。金をもらおうとおもったが、そいつも連れていくか」

「そういうわけで、大人しく金と女をわたしな。そしたら無事にかえしてやるぜ。兄ちゃん」


 見るからに柄のわるそうな輩が3人ほど、フィーとクロウの前にでてきた。

 フィーは無言で先制の飛び蹴りをいれようと駆け出そうとしたが、その体はクロウの大きな手によって抱きとめられた。


「クロウさん!?」


 フィーはちょっと目をまるくして驚いた。

 そんなフィーにクロウはやさしく微笑んだ。


「今回は大人しくしてろ。さすがに今日一日付き合ってくれたお姫様を戦わせちゃ、騎士の名が廃るからな。

 それにそのヒールで戦うと、こけて怪我するかもしれないぞ」


 確かにまだ履きなれてないヒールで動くと、転んでしまうかもしれない。


(むぅ……)


 フィーは仕方なく大人しくしていることにした。


「なんだ。3対1でやろうってのか?」

「かっこつけるのも大概にしとかないと、大きな怪我をすることになるぜ」


 その言葉を聞いて、フィーはあきれたため息を吐いた。


(怪我をするのはあんたたちだよ……)


 クロウは一瞬で男たちを叩き伏せた。

 地面に突っ伏した男たちは、気絶したままもう動かない。


 クロウの実力を知っているフィーとしては特に驚きもしない。当然の結果だった。

 フィーなんてクロウ相手には、こっちが剣をもっていたって勝てる気はしない。

 それがちんぴら3人でなんて……。


「お待たせしました、お姫さま」


 月明かりのしたクロウがいたずらっぽくかっこつけてフィーに言う。

 でも、クロウがやると、本当に物語にでてくる騎士みたいだった。


「ご苦労様です。褒美としてわたしを引き続きエスコートする権利を差し上げましょう。ナイトさま」


 そう言うとフィーとクロウは互いに顔を見合わせて可笑しそうに笑い、また手を繋いで歩き出す。


「なんかお前とデートすると、トラブルばっかりだったなぁ。退屈はしなかったけどな」

「これってデートだったんですか?」

「いや、正直かなり怪しい。そもそも相手が男だしな」

「そうですよね。男同士ならデートじゃないですもんね」


 クロウの答えにフィーがいたずらっぽく笑う。

 二人は夜の道を、明るく話しながら帰っていった。



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