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クロウは別室に着替えにいったヒースとコンラッドを待っていると、コンラッドが先にでてきた。
「あれ、ヒースはどうしたんだ?」
てっきり二人で出てくるとおもったクロウは、コンラッドにたずねる。
「衣装はわたしが選んだけど、着付けは任せてきたわ。そうしないと訓練にならないでしょ」
「ひとりで出来るのか?女の服だぞ」
「大丈夫よ。わたしの一番弟子だもん」
女の姿で悪戯っぽく妖艶に微笑むコンラッドに、クロウはあからさまにげんなりした顔をした。
「俺はヒースにはお前みたくなって欲しくないけどな……」
「あら、化粧っ気がないほうが好み?」
「そういう話じゃねぇよ。ヒースにはまっすぐ育って欲しいって意味だ」
「ふーん、やっぱり気にかけてるのねぇ」
「当たり前だろ。俺の弟分だからな」
コンラッドはその言葉に意味ありげに笑った。
コンラッドの記憶によれば、彼は人付き合いがよく、女性ともよく遊びにいくが、ひとりの子にここまで目をかけるのは初めてのことだったはずだ。
まあ相手が女の子だとはしらないし、それに彼自身は気づいてないだろうが。
(顔がいいし、女の扱いも心得てるからもてはするけど、根っこの部分ではこの男も朴念仁なのよねぇ)
肘をつき扉の向こうの後輩を待つクロウの横顔を眺めながら、コンラッドは笑った。
「ふふっ、それじゃあ、大切な弟分の晴れ姿を待ちましょう」
そうしてクロウとコンラッドが、着替えるヒースを待ってると、どたどたと扉の向こうから音が聞こえてきた。
その音にクロウは不思議と安心感を覚える。
いつものように飛んで跳ねて、やたらと動き回っている、第18騎士隊に入ってきた後輩の足音。
「お待たせしました~」
しかし、ヒースが入っていった扉が開いたとき、クロウは目を見開いた。
そこから出てきたのは、間違いなく女の子だった。赤いワンピースのちょっと大人っぽいドレスを着て、それと似合う黒のヒールの高い靴を履いている。長い茶色い髪を編み込みにして、顔には薄くわずかに化粧がほどこしてあった。
ちょっとまだ幼さの残る。でも、その分、背伸びしたような服装が妙に似合う。そんな女の子だった。
呆然とその姿をみるクロウを、コンラッドがくすくすと心底楽しそうに笑った。
そんなクロウの前で、女の子は数回妙なポーズをとって自分自身の姿を確認すると、クロウに尋ねてきた。
「どうですか、クロウさん。不自然なところありませんか?」
その声を聞いて、ようやくクロウは目の前の女の子がヒースであることを認識する。
正直、クロウは自分は油断していたと思った。
確かに女顔で体も華奢な後輩だった。それをからかったことも何度かある。
だからこそ、その分、女装してもあまり変わり栄えがないと思っていたのだ。それが……。
(どう見ても女の子にしか見えないぞ……)
コンラッドの反則的な変装技術は知っていた。女装したコンラッドは外見は女にしか見えない。しかし、それ以前にコンラッドという存在なので、特にたいした感想は抱いたことがなかった。というか、いだきたくなかった……。
しかし、女装したヒースを見ると、本当に女の子に見えてきてしまう。
(これがコンラッドが教えた技術なのか……?)
付け髪にドレスを着て、そして化粧をわずかにしただけというのに、ヒースの印象はまったく変わってしまった。これがコンラッドがやったなら、いつもの変装かとげんなりするだけだが、慣れないヒースで見せられると、まったく違って見えてしまう。
何も反応せず、自分のことを見ているクロウに、フィーは首をかしげた。
(クロウさん、いったいどうしたんだろう。いつもならからかってきたりするのに。
もしかして呆然とするほど女装姿が変?いやいや、本来のわたしは女の子なんだから、そこまで変なんてことはないはず。いや、でも騎士隊生活で男らしさが、全身に身についちゃったとか?
むー、その場合、喜ぶべきか悲しむべきか……)
もう一度、自分の体を変なポーズで見回しながら考えたフィーは、考えた末、結局喜んだ。
(つまり、わたしも真の騎士に一歩近づいたってことだな、ふっ)
そのアホな顔を見て、ようやくクロウは「ああ……、こいつヒースだ」っと納得した。
「いや、変なことはないぞ。本当に女の子にしか見えなかった。だから頼むから変なポーズ取るな。外でやったら俺まで変に見られる」
「そうですか!ふっ、ナンパなクロウさんにそう言われるってことは、僕の女装技術は完璧なようですね!」
クロウの褒め言葉―――後半は褒め言葉ではなかったが―――にフィーは素直に喜ぶと、ガッツポーズをした。
(こりゃ、どこからどう見てもヒースだ)
実際話してみると、いつも通りのヒースだったことに、クロウは何故か安心して、ほっと息をはいた。
一方、そんな二人をみているコンラッドは。
(教えたのは女装技術じゃないけどねー)
と、内心、心の中で呟いていた。
コンラッドがフィーに教えたのは、女の子が自分を可愛くみせるための普通の技だった。髪を綺麗にセットしたり、服をかわいく着こなしたり、魅力がアップするように化粧をしたり。
仕草については再教育の余地があるが、まあ練習では普通にできてたし、気を抜かなければ大丈夫だろう。クロウたちの前では、全開で気を抜いてしまうので多少不安だが。
「それじゃあ、二人ともでかけてらっしゃい」
「そうだな。行くか、えっと……ヒース」
「はい!」
クロウの返事がまだいつもの調子ではないのに、フィーはまったく気づいてなかった。いつも通りの元気な返事をする。
コンラッドだけがそれに気づき、やっぱり楽しそうなことになったわね、とほくそ笑むのだった。
コンラッドとしては今回の件は、半分はヒースにほどこした訓練の成果をためしたいというのがあった。せっかく化粧やおしゃれの技術をおしえてあげたのに、ヒースの生活だとまったく試す機会がないからだ。それでは教え損である。
でももう半分は、完全に面白半分、愉快犯だった。
(あと、朴念仁といえばロイ陛下にも試してみたいわね)
そう考えながら、コンラッドはくすりと笑う。




