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 その日の食堂では、ちょっと異様な光景が繰り広げられていた。


「クーイヌ、僕のご飯もってきて。ウインナーとサラダとコーンスープがいいなぁ」

「はい」


 フィーが命令すると、クーイヌがぱたぱたと食堂の列に並ぶ。


 フィーは当たり前のようにしてるが、傍から見るとどう考えてもおかしい。

 昨日まではクーイヌが勝負を挑むためフィーを追い掛け回し、フィーがそれを冷たくあしらうか、うんざりして避けてまわるのが、あの二人の関係だった。


 それがどうしていったい……。

 悠々と椅子に座り、クーイヌがご飯をもってきてくれるのを待つフィーを見て、見習い騎士たちは思った。


(いったい何をしやがった……ヒース……)


 ヒースが『えげつない』性格をしているというのは、北の宿舎の見習い騎士たちの間では有名な話だった。

 性格は明るいし、人懐っこい。困っている人がいたらすぐに助けたりする。そんなやさしい性格の少年のはずなのに、戦い方が恐ろしく汚いのだ。

  足を踏むなんて当然のようにやるし、剣を落としたように見せかけて攻撃してくることもある。剣を投げたり、密着した隙に足で蹴ろうとしてきたり、総合的な強さでは体が小さく力も弱いのでそんなでもないが、戦ったときのやりにくさは宿舎でもトップクラスに位置する。

  そんな好感がもてる性格とは裏腹に、試合ではえげつない面を見せるフィー。


 一日でクーイヌとヒースの立場が入れ替わってしまったこと。

 きっと試合の外でもえげつないことをしたに違いないと、見習い騎士たちは理解した。そしてほぼ全員が触らぬ神にたたりなしと、対応を決める。


 しかし、この宿舎でも一番の良識派、レーミエだけはフィーを止めようとした。

 真っ青な顔をしながらも、必死にフィーを説得しようとする。


「ちょ、ちょっとやりすぎだよ、ヒース。たしかにしつこく追いかけまわされて、不快だったのはわかるけど」

「だめだよ。こういうのは最初が肝心なんだから」


 そんなレーミエに、フィーは人差し指を立て真剣な顔で言い返した。


 フィーとしては今回のことは緊急避難的な措置だった。

 フィーにとっては「女の子だって、まわりにばらすな」ではだめなのだ。だってそれではフィーの弱みをクーイヌに意識させてしまう

 もっとうまく全面的に、クーイヌの行動を支配下に置くようでないと、女の子だとばれるリスクは回避できない。

 そのためにひたすらクーイヌの弱みをついて、絶対服従の約束をとりつけたのだ。そしてその間にクーイヌに弱みをばらされないような関係を築く必要があった。


「いっとくけど僕だって、ずっとあんな風に扱うつもりはないよ。最初だけこういう命令してるの。ちゃんと僕のいうこと聞くように」


 フィーだって、クーイヌがちゃんと言うことを聞いて、女だとまわりにばらしたりしないと確認できたら、こういう扱いはやめるつもりだった。

 迷惑かけられたけど、フィーとしても同じ宿舎の仲間だし。


 しかし、フィーの話を聞いてて誰もが思った……。


(それって犬の調教方法じゃないか……)


 みんな頭を抱え、フィーの考えの根っこからにじみ出るえげつなさと、いきなりやってきて騒ぎを起こしたとはいえ、犬の立場まで落とされた転入生の少年の境遇に震えた。

 しかし、フィーはあっけらかんと、二人分のお盆をもってきたクーイヌの存在を笑顔で迎える。


「それに僕だって、ただで言うことを聞かせようって気はないよ!」


 フィーは椅子をひき、クーイヌを自分の隣に座らせた。

 そしてどこか悲壮な決意をした顔で、3本あるウインナーのひとつにフォークを刺した。


「言うことを聞いてくれたお礼に、僕の大切なウインナーをご褒美にあげるんだから!」


 食堂は基本的におかわり自由だが、ウインナーは本数が決められている。ご飯が大好きなフィーにとって、ウインナーの一本は、血の10滴ぐらいには等しい感覚だった。


 しかし、まわりは思う。

  言うことを聞いたら食べ物をあげる。どう考えても犬の調教のそれだった。誰が考えても犬の調教のあれだった。


「ほら、あーん」


 そんなまわりの引きつった表情を気にした様子なく、フィーはウインナーを刺したフォークを、クーイヌの口の前に差し出す。


「い、いや自分で食べれ……ます……」


 クーイヌはちょっと焦りながらフィーに言った。

 でも、フィーは止まらない。


「あーん!」


 あくまでクーイヌに口を開けるように促がす。 

 クーイヌは何かをあきらめ、ちょっと赤面しながら、口を開けた。


 その口にフィーのフォークからウインナーを入れられ、そのままにしておくわけにもいかず、もしゃもしゃと咀嚼しはじめる。

 そんなクーイヌを見て、フィーは嬉しそうにその頭を撫でた。


「よしよし、いい子いい子」


 もはやどっからどうみても完璧に犬扱いである。

 というか、フィー自身がむかし犬を飼いたくても飼えなかった子供のときの記憶なんかをこのとき思い出していた。 


 いくらなんでも犬の身分まで落ちた転入者に、あんまり親しくなかった見習い騎士たちも同情し、さめざめと涙を流す。


 しかし、当のクーイヌはというと、どこかちょっと嬉しそうだった……。


 そりゃそうだ。剣の修行ばかりしてきて女の子馴れしてない男の子だもん。


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