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それからのクーイヌは、無謀にもヒースに勝負を挑み続けた。
「ヒース、きょ、今日こそ俺と勝負しろ……」
「やらないっていったじゃん」
無謀というのは、ヒースが絶対頷かないからだ。
クーイヌもそれがわかってるのか、終わりのほうの声は小さく自信なさげだった。
でも、彼はこれしか思いつかなかったらしい。
とにかく何度も一生懸命に勝負を挑むが、そんなのでヒースが頷くわけがない、と見習い騎士たちはわかっていた。
「勝負しろっ!」
「いやです」
「これが終わったら勝負だ!」
「お断りします」
「勝負しろぉ……」
「しつこい」
そして断られるたびに、明らかにダメージを受けてるのはクーイヌのほうだった。
それでももうひっこみがつかないのだろう―――そりゃそうだ、こっちの宿舎に転入希望までしてきたわけだから―――クーイヌは一週間ほどの間、無謀な突撃を繰り返したあげく。
「クーイヌ、お前の自分の目標に挑みたいという気持ちはわかる……よくわかるぞ……。情熱がある。それ自体はいいことだ……。しかし、周りに迷惑をかけるのは、その……よくないんじゃないか?見習い騎士っていうのは集団生活をする身なんだ。ヒースも迷惑だって言ってたぞ」
「は、はい……」
ヒースによって容赦なく教官に通報された。
教官であるヒスロからのどこか生暖かい説教を一時間ほど受け、クーイヌはとぼとぼと教官室を後にした。
北の宿舎には見習い騎士たち専用の水浴び場がある。
宿舎の一階に綺麗な水をためている場所があり、そこから水を汲んで訓練の汗や汚れをながすのだ。
水浴び場は、ひとりひとりのスペースが木の板でしきられ、入り口にはカーテンがかけてあって、誰にも見られずに水浴びできるようになっていた。しかも、しきりの中は意外に広く、服も中で脱ぐことができる。
どうしてこんな構造になっているかというと、最初は男同士だからこんな仕切りいらないだろうと、着替えのスペースは共同にしようとしていたらしい。
しかし、ひとりのまじめな騎士が、男同士とはいえ平気で裸でうろつくようでは騎士の品性にかかわる、と言いだしたのだった。
そうしてできたのが、この仕切りらしい。
フィーとしては、その騎士に本当に感謝しなければならない。
こうして時間をずらさなくても、誰に気兼ねすることなく水浴びできるのだから。
フィーも女の子だけあって、水浴びは好きだった。
体をきれいにするのは気持ちいいし、特に訓練で汗をだしたあとは冷たい水が心地よかった。
「ふんふ~ん♪」
思わず鼻歌なんかがでてくる。
「あ、ゴルムス!石鹸なくなっちゃった!貸して!」
隣にはいってるはずのゴルムスに大声で石鹸を要求する。
「またか。ほらよ、貸しひとつな」
「ありがとう!今度買い物いったとき、新品あげるね」
仕切りの上からひょいっと石鹸が降ってきた。それをフィーはパシッと受け取ると、あわ立てて丁寧に体を洗っていく。くるぶしの辺りをごしごし洗っていると、ゴルムスがでていく気配がした。
「あれ、ゴルムスもうでるの?」
「お前が長すぎんだよ」
「ええー、水浴び気持ちいいのに」
必要最低限洗ったらでていくゴルムスは、フィーを置いてでていってしまう。
まあ、焦っても仕方ないし、フィーは丁寧に体を洗っていった。
クーイヌは冷たい水を頭から浴びながら考えていた。
(どうしたらいい……)
教官のいうことはもっともだった。ヒースの言うことにも反論できない。
けど、あきらめられない。
クーイヌは憧れていた。
第18騎士隊の隊長イオールに。
彼はクーイヌの師であるカイザルの弟子だったらしい。つまり、クーイヌにとっては兄弟子にあたる人物だった。
そしてカイザルをもってして「弟子の中で最高の才能を持っていた」といわしめた存在なのである。
4年前に一度だけ武技大会に出場したイオールの剣を見たことがあるが凄かった。
相手も名の知れた騎士だったのに、一瞬で相手の間合いに踏み込み、一撃で倒してしまった。まるで黒い稲妻のようだった。
そのときからイオールはクーイヌの最大の憧れになった。
いつかこの人のもとで働きたいと思った。
そんなクーイヌは見習い騎士になってから信じられない噂を聞いた。
第18騎士隊に見習い騎士で入った少年がいると。
第18騎士隊のメンバーは、イオールが直々にスカウトした人間たちである。
なるには、イオールの目にとまるような才能や能力がいる。
だからクーイヌはがんばって見習い騎士になり、それから騎士になってひたすら活躍し、いつかイオールの目に留まるしかないと思っていた。
それなのにその見習い騎士は、入隊直後から第18騎士隊にはいってしまったのである。それは史上初のことだった。
クーイヌは居ても立ってもいられなかった。
何度も何度も、その見習い騎士がいるという北の宿舎に転入願いをだし、熱意を認められ転入することができた。
そうして出会った見習い騎士のヒースには、背が小さく華奢な体格でクーイヌはびっくりした。
そして立ち塞がったゴルムスを倒し、ヒースへと勝負を挑んだのだが、断られたのである……。
まさか断られるなんて思ってなかった。
特に根拠はなかったけど、とにかく戦いを挑めば、勝って目標が達成できるかもしれないし、負けても何か分かるかもと思ったのだ。
でもずっとずっと断られ続けて勝負すらできない。転入してきた意味もない。
(この状況、どうしたらいいんだ……)
クーイヌは悩んだ。そして結論に達した。
(やっぱり勝負するしかない……!)
でも、最近はしつこく勝負を挑みすぎて、ヒースはクーイヌの姿を見るとさりげなく逃げるようになっていた。勝負を挑もうにも相手がつかまらない。
そして気づく。
(ここなら逃げられない……!)
ヒースが水浴びにはいっていくところは見た。そして出た気配はない。
まだここにいる。
この場所なら、相手は行き止まりなので逃げられない。ヒースに逃げられずに勝負を挑むことができるはずだ。
クーイヌは決心して、水をパシャッとひと浴びすると、体を拭き、服を着て仕切りの外にでた。
そしてヒースが入っていった仕切りの前にたつ。
彼に勝負を挑もうとカーテンを開け。
「ヒース!やっぱりお前に勝負…お………………」
「んへ?」
クーイヌはその後、絶句し固まった。
勢いのままカーテンを開いたその先にいたのは、裸の金髪の女の子の姿だった……。




