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誰もが固唾を飲んで見守っていたクーイヌとヒースの勝負は、あっさりとヒースによって断られた。
それからヒースは何事もなかったかのように、スラッドたちとテーブルについてご飯をたべている。
しばらく、木剣をつきだした格好のまま固まっていたクーイヌは、1分ほど経ってようやく動き出した。
ヒースのもとにやってくると、焦った顔でもう一度言う。
「しょ、勝負しろ!」
「やだよ。さっき断ったでしょ」
「なぜだ!?」
「なぜもなにも、そんなの受けて僕になんのメリットがあるんだよ」
その返事を聞いて、食堂のみんなは「ああ、こいつこんな性格だった……」と思い出す。
一見、小さく可愛い系の容姿でか弱そうに見えるが、それに反して気は強く、誰に対しても物怖じしないし、言いたいことは言ってくる。
普段はアホっぽく振舞ってるが、根っこの部分ではリアリストだった。
いきなりやってきた転入者の決闘宣言に、みんなその雰囲気に飲まれかけていたが、妙に冷静になってきた。
よく考えたら、ヒースが勝負を受けなければ、そもそも話が成立しない。
そしてヒースの性格からして、あの反応では勝負を受ける確率はゼロだった。
しかし、少年たちは思う。
もっとなんか、違う対応があるんじゃないかと……。
自分たちは見習いとはいえ、騎士のはしくれなのだ。
騎士ってなんかこう具体的には言えないけど、とにかくかっこいい存在ではないだろうか。
勝負を挑まれたら受けて立ち、互いに全力を尽くした熱い勝負を繰り広げたりする、そんな存在ではなかっただろうか。
クーイヌがやって来たとき、確かに少年たちの頭にはそんなビジョンが浮かびあがったのだ。
それが……。
メリットがないから戦わない―――確かに正論だ……。正論だけど……。
(なんか俺たちの想像した騎士と違う……)
ご飯を食べる片手間で、クーイヌの戦いの申し込みを切って捨てるヒースの姿に、騎士のはしくれたる少年たちは額をおさえた。
「メ、メリット……」
メリットもないのに勝負を受けないといわれて、クーイヌが焦りながら考え出す。
「じゃあ……、明日の晩御飯のおかずを……」
「君、本当にバカなの?」
「うちの家宝であるサーベル―――」
「いらない」
「と、土地……?」
「そんなの僕がもらってどうするのさ」
クーイヌは必死に考えながらメリットを提示するが、ヒースの答えはにべもなかった。
ちょっとクーイヌは涙目になっていた。
でも、ヒースの対応は冷たい。
「メ、メリットがなくても騎士たるものは戦いを挑まれたら、己のプライドにかけて―――!」
「あのねぇ、君さ。
勝負に負けたら僕は、その肝心の騎士にすらなれる見込みがなくなるんだよ?
僕を必要としてくれるのなんて、第18騎士隊の人達ぐらいしかいないんだからね。そうなったらプライドもくそもなく、おまんまの食い上げだよ。
そんな勝負、いちいち受けるわけないでしょ。
わかったら向こういって、うるさくてご飯がたべられないよ、もう」
そういって邪険にしっしっと、犬を払うように手を振った。
それからはクーイヌのことを見向きもしないでご飯を食べる。
騎士同士の勝負は無かったが、口げんかではヒースの圧勝だった。何もいえなくなったクーイヌは、しばらく無言でその場にたたずむと、完全にもうクーイヌに反応しないヒースを見てとぼとぼとその日は席を離れていった。その目はやっぱりちょっと涙目だった。




