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ゴルムスは目を覚ますと、ものすごく間近に可愛い女の子の顔があった。
「うぉおっ!?」
どきっとして飛びのくと、「あ、気がついたんだ」っと女の子が声をだした。
その声で目の前の相手がヒースだったことに気づく。
(あぶねぇあぶねぇ。顔だけみると本当に女みたいだからな。起きたばかりで間違えちまったぜ)
ゴルムスは、どきどきしかけた心臓を、深呼吸して落ち着かせた。
どうやら意識を失っていたらしい。ゴルムスがいたのは騎士隊の医務室だった。そのベッドに寝かされて、どうやら介抱してくれたのがヒースらしかった。
それでどういう状況だったかを思い出す。
「ちっ、やられちまったか……」
「残念だったね」
顔をしかめたゴルムスに、ヒースが悲しそうな顔をした。
「いや、そうでもねぇ。確かに不意をつかれたってのもあるが、あの突きはたぶん分かってても避けられるかは怪しかったな。それにまだ余力があった雰囲気だった。あれを避けても追撃がきてやられてただろうよ」
ゴルムスの言ったセリフに、ヒースがきょとんとする。
「意外と冷静なんだね。負けて落ち込んでるかと思った」
どうやらそれでしょぼくれた顔をしてたらしい。他人の負けに顔色を変えるなんて、いちいちいそがしい奴だとおもう。
「ばーか。俺だって負けたことぐらいあるぜ。何回かだけどな。そのたびにへこんでちゃ話になんねぇだろうが」
「そうなんだ。自信満々だからてっきり負けたことないのかと思ってた」
まあ実際、同年代に負けたのははじめてだったかもしれない。道場の先生や騎士隊の強い先輩には負けたことがあるが、同年代の少年には負けた記憶がなかった。
自分でもへこむかと思ったが、意外と心は冷静だった。
隣にいるこいつが、自分よりしょんぼりした顔をしてたせいかもしれない。
そんなヒースのためにゴルムスはいつも通りのにやりとした笑顔をつくる。
「自信満々でやって損することはねぇからな。負けたって少し恥ずかしい思いをする程度だ。それより相手に強いって思わせて、勝てないって気分にさせることのほうが大事だろ。まあ俺は実際つえーけどな」
「ゴルムスの考え方ってかっこいいよね。僕、尊敬するよ」
それにヒースもくすりと笑い、笑顔になって言った。
ヒースがいつもの調子を取り戻したので、ゴルムスも冷静な表情になっていった。
「しかし、あれはしばらく勝てねぇな。修行しなおしてあいつの動きについていけるようになるしかねぇ」
戦ってみての感想だが、勝てるビジョンが思いつかないといったのが正直なところだった。
あの凄まじい瞬発力で繰り出される恐ろしい速さと威力を持った攻撃。避けることすら難しく、戦いの主導権を奪うことは不可能に近い。小手先の対策ではどうにもならない。
根本からあの動きについていけるような鍛えなおしが必要だった。
昔の自分だったら、むきになって何度も挑んで負けてたかもしれない。でも、今は冷静に敗因を分析することができるようになっていた。
そしてふと、ヒースの方を見て思い出す。
(そういえばこんなに考えるようになったのは、こいつに苦戦してからだっけか)
それまでのゴルムスにとっては、最短の動きで相手に剣を繰り出すこと。
それだけが勝利の方程式だった。パワーとリーチに優れ、自然と試合の主導権を握れるゴルムスにとっては、それだけでほとんどの相手をぶったおすことができた。
それが自分とは比較にならないほど小さくて非力なチビに、ペースを乱され危うく負けかけた。そしてその諦めない姿に相手も必死に戦ってることを知った。
それは傲慢に相手を倒せばいいと思ってたゴルムスにとって、大きな変化だった。
「しばらくは、北の宿舎のトップから陥落だね」
ヒースがまるで自分のことのように残念そうな顔でいう。
それにゴルムスは、たっぷり自信満々の笑顔で返した。
「まあ、しばらくはあいつに預けとくぜ。いずれ俺様が取り返すけどよ」
「うん、ゴルムスらしいや」
その顔にヒースも笑う。
「それじゃあ、僕は戻るよ。ゴルムスは今日一日は安静にしてろだって」
「ちっ、さっさと修行してーのになぁ」
「もう、無理は禁物だよ」
ヒースが伝えた先生からの忠告に、ゴルムスは肘をついてふてくされる。
「わりーな、ヒース。力になれなくて」
「ん?ああ、それなら大丈夫だよ」
ヒースはゴルムスに謝られて、んっと首をかしげたが、それからああっと思い出すように頷いて、大丈夫だと宣言した。
その鈍さに逆にゴルムスのほうが不安になる。あの強い転入者に狙われてるのは、そもそもお前なんだぞ……と。
「じゃあね、ゴルムス。また明日からがんばろう」
しかし、ゴルムスが何かいう前に、ヒースはいってしまった。
食堂では見習い騎士たちがざわざわしていた。
「まさか、ゴルムスがやられちまうなんて……」
「しかも、一撃でだぜ」
どちらが強いかそれぞれ予想しあっていたが、まさかこんな圧倒的な結果になるとは誰も思ってなかった。
「どうするんだ。次はヒースの番だぞ」
「あいつがあんなのに勝てるわけねぇよなぁ」
ここで一番強いゴルムスが一瞬でやられたのだ。下から数えたほうがはやいヒースに勝ち目があるとは誰も思えなかった。
「じゃあ、第18騎士隊の座はあのクーイヌのものになるのか?」
「それって許されるのか。俺たちで勝手に決めちゃうことになっちゃうけど」
「さあ、わかんねぇな」
皆、ノリでクーイヌの宣言に本気になっていたが、そもそも人事権もないのに、見習い騎士の入れ替えなんてできるのか。そこが謎だった。
「いや、あそこまでマジでやってるんだ。ちゃんと考えてるだろ」
「ああ、そうだよな。わざわざ転入してきたくらいだしな」
とにかくクーイヌの第18騎士隊への情熱は尋常じゃない。
きっと何かがあるのだと、少年たちには感じさせられた。
「あ、ヒースの奴がきたぞ」
その言葉に食堂内が一気にざわついた。
ヒースはゴルムスの介抱に、医務室にいってたのだ。
その声を聞いて、クーイヌが動き出す。彼は食堂の壁にもたれかかり、腕を組んでひたすらヒースのことを待っていた。その腰には、もう訓練も終わったというのに、木剣がまだ差してある。
廊下からこちらに走ってくるヒースに、クーイヌが向かっていく。
誰もがごくりと唾を飲んだ。
レーミエなどはヒースのことを心配そうに見つめている。
走ってきたヒースが食堂に足を踏み入れるのと同時に、クーイヌが木剣を腰から抜き、ヒースに向かって突きつけた。
「さあ、今度はお前の番だ、ヒース。第18騎士隊の見習い騎士の座をかけ、俺と勝負をしろ!」
その言葉を受けたヒースは。
「え、そんなの受けるわけないじゃん。君、バカなの?」
それをあっさり断り、そのままクーイヌの横を通り過ぎ、食堂の列に並んだ。




