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 訓練中、見習い騎士たちの間では、ゴルムスとクーイヌの勝負の話題でもちきりだった。


「なあ、どっちが勝つと思う?」

「カイザルさまっていったら陛下だけじゃなく、第一騎士隊の隊長であるゼファスさまも師事していた方だろ。その弟子ってなったらもの凄く強いんじゃないか?」

「いやいや、ゴルムスだってすごいぜ。この北の宿舎じゃ負けなしだし」


 この宿舎で一番強いのはゴルムスだった。

 このころになると、見習い騎士たちの間で模擬試合がはじまっていたが、ゴルムスは誰にも負けたことがない。

 パワーがあり、優れた体格を持ち、剣筋も正確で力強い。しかし、ゴルムスはそれだけでなく、相手の動きをしっかり見て対策を立ててくる。ただのパワー馬鹿じゃないのだ。


「俺、ゴルムスと同じ道場だったけど、以前はかなり力任せだったけど、騎士団に入ってからは考えて戦ってくるようになったんだよなぁ」

「あの体格で考えて戦われちゃ、俺らじゃ勝ち目がないよなぁ」


 実際に戦ってるからこそ、ゴルムスの強さは少年たちには分かる。

 しかし、クーイヌのほうも、その実力が伊達であるはずがないと感じている。それは彼が第一騎士隊所属の見習い騎士だからだ。


 表向きはすべての騎士隊は、平等で格差がないことになってるが、実際のところ第一騎士隊は第18騎士隊を除く全騎士隊の中で最高の実力をもってると言われている。

 騎士隊長のゼファスさまは国王の信任厚く、所属している騎士たちは実力と品格を兼ね備えた、まさに騎士の見本ともいうべき人たちで構成されている。


 イオールが隊長を勤める第18騎士隊に入ることはすべての少年たちの憧れであるが、少年たちの現実の目標は第一騎士隊に所属できる騎士になることである。

 そんな第一騎士隊に見習い時から所属しているクーイヌは、まさに今年の見習い騎士たちの中で正真正銘のトップクラスであるという証明だった。

 ちなみにゴルムスは第二騎士隊所属だった。

 少年たちの間では第三騎士隊までは実力順で選ばれているという噂であり、ゴルムスも十分にすごいという認識だった。


「とりあえず、訓練でクーイヌがどんな感じか見てみようぜ」

「ああ、きっとすげぇ走りをしてるはずだ」


 ランニング中、噂の転入者を探した少年たちは、最後尾で走っているクーイヌの姿を見つけた。

 かなり遅い。少年たちもわりと後ろの集団でランニングをしていたのだが、それよりもかなり遅い……。


「ま、まあ……、戦いが控えてるってのに本気だすわけないよな」

「そうだよな」


 よく見るとゴルムスも中位ぐらいで走っている。トップはレーミエが独走だった。

 お互い体力を温存しているのだろうが、訓練の様子から試合の予想をたてようとした少年たちには、ちょっとがっかりなことだった。




 そんないつもより力を抜いて、中位ぐらいの集団で走っているゴルムスの横にはフィーが走っていた。

 この頃はフィーも、ランニングぐらいはみんなと一緒にできるようになっていた。とはいっても、いつもビリなのだけど。

 いまはゴルムスについていくため、ちょっと無理なペースで走ってる。


「ゴルムス、大丈夫なの?あいつすごく強いんでしょ?」

「おう、心配してんのか?」

「うん、友達だからねー」


 フィーは友達をやたら強調して唇をとがらせながら言った。

 舎弟扱いされたこと、まだ根にもっていた。


「はぁ、いちいち額面通りに受け取るんじゃねぇよ。舎弟っていったのは、あいつの勝負を俺が受けるための口実だ。お前じゃおそらくあいつには勝ち目ねぇからな」

「そっか、ありがとう」


 フィーは舎弟扱いを取り消され、ころっと笑顔になってお礼をいった。

 ゴルムスが心の中で「こんな厄介な奴、舎弟にしたいなんて思うわけがねぇ」などと思ってたのは秘密だ。


「まあ、僕もゴルムスの意図は、分かってたけどね。ふふん」

「嘘つけ、思いっきり機嫌損ねてただろうが!」


「ところでヒース、そんなペースで走って大丈夫か?」


 中位ぐらいの位置は、普段はスラッドやギースたちの位置だった。

 当然、ゴルムスたちの近くにいる。そんなスラッドは、今走ってるフィーのペースのことを心配した。いくら入隊当初と比べて体力がついたとはいえ、フィーからするとこの集団にいるのはオーバーペースだった。

 それにフィーもちょっと困った顔をする。


「うーん序盤だからまだきつくないんだけど」


 フィーとしてもここにいれば、これからきつくなっていくことは自覚していた。

 困ったように視線を、最後尾の集団に向ける。

 すると、じろっとフィーをひたすら見ているクーイヌと目が合った。

 それにスラッドたちも気づく。


「ああ、こりゃ完璧にロックオンされちゃってるな」

「もう、僕が何したっていうんだよ」


  フィーが眉間に皺を作りながらため息を吐く。

 確かにあんなに見られていると、最後尾には戻りにくかった。


「第18騎士隊に所属してるからだな……」


 ギースがあらためて事実を突きつける。


「そんなに18騎士隊って憧れなのかなぁ」


 フィーとしてはとても居心地がいい場所だし大好きだけど、正直、憧れるという感覚は分からない。騎士としての身分を得るためと必要としてくれる人がいるから、第18騎士隊にいたい理由はフィーの気持ちとしてはそんな感じだった。


「まあ、多かれ少なかれみんな憧れてるけど、あそこまではちょっと異常かもしれない……」


 さすがに北の宿舎では、フィーに勝負を挑んで、見習い騎士の座を奪い取ろうなんて考えるものはいなかった。


「そもそもそのためにこっちに転入してきたみたいだしなぁ」


 同じく第18騎士隊に憧れる気持ちをもっているスラッドたちにしても、クーイヌの執着はちょっと異常だと思った。


「まあ、安心しろ。俺があいつをぶっとばしてやっからよ」


 ゴルムスが腕に力こぶを作ってそう宣言した。




 そして訓練終了後、ゴルムスとクーイヌは訓練場で木剣をもち向かいあっていた。


「よう、転入生、負ける覚悟はできてるな?」

「戦いの覚悟ならいつでもできている」


 ゴルムスはいつも通り相手を上から見下ろす悪人っぽい笑みを浮かべてるが、フィーたちには分かる、目は真剣そのものだった。

 クーイヌの方はほとんど表情を変えず、静かで真剣な表情でゴルムスを見返す。


 そしてその周りを、たくさんの見習い騎士が見物しようと囲んでいた。

 ヒスロ教官は、仕事があるらしくこの場にはいない。彼は訓練をサボろうとする者には厳しいけど、見習い騎士たちがやるこういう勝負ごとには意外と寛容だった。

 度を越せばさすがに怒られるが、こういう勝負も勉強になると考えているらしい。

 というか、本人も若いころは結構やってると、彼と同期の先輩騎士たちからみんな聞いてたりする。


 審判―――といっても試合のはじめの合図をするぐらい―――の役を引き受けたのはレーミエだった。

 レーミエは人がいいせいか、よくこういう役割を押し付けられる。


 ゴルムスとクーイヌが木剣を構え、5メートルほど離れて向かい合う。

 その中間地点にレーミエがいた。


 ついに二人の戦いがはじまるのだ。

 観客の見習い騎士たちはごくりと唾を飲み込む。


「はじめ!」


 レーミエの声が響いた次の瞬間、フィーたちが見たのは驚愕の光景だった。

 クーイヌははじめの声と同時に、地面を蹴りゴルムスにむかってまっすぐ飛んだ。

 速い。その速度はとにかく凄まじい速さだった。技の出から、動きに至るまでその全てが。


 5メートルという普通なら攻撃が届かない距離。

 それを一瞬で詰め、相手の出方をみようとしていたゴルムスの喉もとまで、もう剣先が迫っている。

 それはまるで黒い疾風だった。


「なっ!?」


 ゴルムスは不意をつかれながらも、すばやく反応して避けようとした。

  しかし、クーイヌの突きはそれよりさらに速い。

 ゴルムスの腹部に突き刺さる。


「ぐはっ」


 突きをもろに受けたゴルムスの体が、折れ曲がり地面に崩れ落ちる。

 そのままゴルムスは地面に倒れ、気絶し起き上がれなかった。それをクーイヌは試合開始前と同じく静かな表情で見下ろす。


「あのゴルムスが一撃で!?」


 フィーたちは、クーイヌの驚くべき実力に驚愕せざるをえなかった。

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