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それからしばらくの時間が経った。
フィールさまの側仕えは忙しく、その分リネットは平穏な日々をすごせていた。
ただまわりの侍女との溝は開いていった。
それでもリネットは気にしなかった。幼いころからずっと、侍女になるための教育を受けてきたのだ。いろんな知識や技術を身につけてきた。自分の能力に自信があればこそ、わざわざまわりと仲良くする気はおきなかった。
まわりの侍女たちの方も、年下だからという理由でリネットのことを下に見ていた。
なのに誰も彼女に知識で勝てるものはいないのだから、妬みだけがましていく。
そんな小さな不和を抱えながらも、リネットはフィールさまの侍女として毎日がんばってすごしていた。
その日、王宮ではパーティーが開かれていた。
特に何の日というわけでもない。フィールさまのことを自慢したい国王夫妻と、フィールさまと何かと繋がりを持ちたい貴族たちは、頻繁にこういう場を開いていた。
正直、準備から裏方まで務める侍女としては、歓迎しがたいことだった。
フィールさまも夜遅くまでたくさんの人の相手をさせられ、終わるとへとへとになってしまう。でも、フィールさまはそれでも笑顔でみんなに応対される。
リネットとしては心配になると共に、国王夫妻にもフィールさまの体調ぐらい気遣ってあげてほしいと不満だった。
側仕えとはいえ、パーティーは常に人手不足だ。
リネットもパーティーの最中はフィールさまから離れ、大量の料理や飲み物を運んだり、裏方の仕事に従事していた。
パーティーがはじまって1時間ほど経ったころ、会場ではワインが不足しはじめていた。
「ワインが不足しています。見当たらないのですが、どこにありますか?」
「あら、それならカルネの間につながる廊下の3番目の部屋に置いてありますけど」
聞いた侍女から返ってきた答えに、リネットは眉をひそめた。
「あそこは普通の部屋じゃなかったですか?」
それに少し遠い。
「いまは誰も使ってませんし、パーティーの間は物を置くのに使わせていただいてるんです」
「新参の側仕えさまは知らないかもしれませんが、いつものことなのですよ」
嫌味混じりに返された答えは、それなりにもっともらしかった。
リネットは普段から侍女たちの仕事ぶりに不信感をいだいていたせいで、逆にこの答えにはまったく不審をいだかなかった。
「取りに行っていただけませんか?」
そういって侍女に依頼するが、侍女はにやついた笑みを浮かべ首を振った。
「すいません。わたしたちは手が離せないので」
とてもそうは見えなかった。むしろ手隙に見える侍女たちだった。
でも、言い争う時間ももったいないし、もともとまわりの侍女なんかに期待はしてなかった。
「わかりました。わたしが取ってきます」
リネットは自分でワインを運ぶことにした。ワインの箱を運ぶための台車をもち、置いてあるという部屋に向かう。
リネットは誤解していた。侍女たちの悪意というものを。
気に入られなくても、今回みたいにさぼったり、仕事をおしつけたり、その程度で済むと思ってたのだ。
彼女は侍女としては誰よりも優れた能力はあっても、まだ子供だった。
そんなたいしたものではないはずの悪意が、ほんの少しの無思慮や悪戯心、集団心理と混ざり合うことで、向けられた者にとってはとんでもない悪意に変貌してしまうことがあることを彼女はまだ知らなかった。
行儀は悪いと自覚しながらも、時間が惜しいので廊下を駆け、侍女たちに教えてもらった部屋に飛び込んだとき、リネットをまっていたのは暗闇だった。
(なんで明かりが……)
ワインを置いてある部屋なら、明かりぐらい灯ってるはずだった。でなければ、作業ができない。
暗い部屋の中で、少し呆然とたたずんだ彼女の後ろで、バタンっと扉が勝手に閉じた。
そして後ろから、誰かが思いっきり彼女の体に抱きついた。
「ようやく二人っきりになれたねぇ。嬉しいよ、リネット」
その声が耳に入ったとき、リネットの体は足元から崩れ落ちてしまいそうになるぐらいの悪寒に支配された。
それは、ジャルージ伯爵の声だった……。




