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リネットのフィーに対する第一印象は失礼ながら、王女らしくないというものだった。
一応ドレスを着ているが、目に見えて仕立てが古い。
王女ともなれば最新の流行のドレスを何着も持ってるのが普通だった。
フィールさまも王や王妃さま、貴族や隣国の王族からの贈り物で、何十着ものドレスを持っている。
それなのにこの王女が着ているものは、着古した感がところどころにあった。もしかしたら、誰かが子供のころきていたものを引っ張り出してきたのかもしれない。
管理もよくない。普通、王族のドレスともなれば細心の注意をはらって洗濯するものだ。それは手を抜いているここの侍女だって、それなりにはやっていた。
でも、この王女の着ている服は、たぶんリネットなどの使用人たちと一緒に洗濯されている。それぐらい状態が悪かった。
それから着こなし方も優雅とはいえない。
フィールさまなんかは、他の貴族たちと似たようなドレスでも、まるで別物のように優雅に着こなされるのにぜんぜん違う……。
じっと見てしまったらしく、フィーのほうが首をかしげていた。
リネットの手は思わず伸びて、袖のしわになった部分を整えた。
「ちゃんとドレスは着てください。あなたさまも王女殿下なんですから」
それにもうひとりの王女は少しきょとんとした。
それから彼女に向かって笑ったのだった。
「ありがとう。気をつけるね」
忠言というのは、する相手の機嫌を損ねることになっても、相手のためにやるものだ。リネットはまだ子供の年齢でありながら、そういう意識をもっていた。
フィールさまはそもそも注意の必要がないか、注意しても素直に聞き入れてくださる。でも、たまに王や王妃さまに対してそれをすると、目に見えて顔をしかめられる。そんなときはフィールさまが場を執り成してくださるのだけど。
フィールさまのような人間は稀だ。だから、きっとこの王女も自分の言葉に機嫌を損ねるに違いない。
リネットはいつの間にかそう思っていたのだ。
思いのほか素直な笑顔でお礼を言われたことで、自分の心の中にあったひねた思い込みを自覚させられてしまい、リネットの頬に朱がさした。
「わかってくださればいいんです。失礼します」
リネットは素直に謝罪できずに、タイを受け取って足早にその場を立ち去ってしまった。
妙な気分に支配されながら、リネットは廊下を歩き、フィールさまのもとへと戻る。
その途中、男の声がリネットを呼び止めた。
「やあ、リネット。しっかり働いてるようだな。まだ子供なのに偉いものだ」
そのぬめったような響きの声に、嫌悪感と少しの恐怖がリネットの中でわきあがる。
「ジャルージ伯爵さま、お褒めいただいてありがとうございます」
リネットはその感情を押し隠し、しっかりとした態度でジャルージ伯爵へと体を向け、機械的にそれだけを言って頭をさげた。
「どうだ。いま侍女たちにお茶を用意させたんだ。一緒に飲んでいかんか?」
「すいません、フィールさまのところへ戻らなければならないので」
「少しぐらいいいではないか。休憩も必要だぞ?」
「申し訳ありません。フィールさまをお待たせしているので……」
「そうか……。忙しいものだなぁ。もし時間ができたら、わたしにも茶をいれてくれよ。一緒に優雅な時間を過ごそうではないか」
「はい、時間がありましたらそのときは」
リネットはそれだけを言ってもう一度頭をさげ、この場を立ち去ろうとした。
ジャルージ伯爵は王妃殿下の親戚の貴族で、領地をほったらかして王宮に入り浸っていた。
その評判は使用人たちからは、あまり良いとはいいがたい。勝手な命令で使用人たちを振り回し、迷惑がられている。しかし、王妃殿下の親戚ということで、この王宮で彼を注意するものはいなかった。
しかし、リネットがこの伯爵に抱いている嫌悪と恐怖はそれとは違った。
いやらしい目で見られている気がするのだ。この30歳は歳が離れた男に……。
気のせいであれば、リネットだってそう思いたかった。でも、どうしても気のせいとは思えない。
「楽しみにしてるぞ」
ぽんっと伯爵の手が、腰の下のほうに触れてきた。
リネットの体が総毛立った。
「はい……」
返事をした声は枯れかけていた……。
そのまま止まってはならないと、必死に足を進めフィールさまのもとへ向かう。
母親には相談した。
しかし、こう言われた。
「きっと気のせいよ。せっかくフィールさまの側仕えの侍女になれたのよ。いまはぜったいに問題は起こさないで。少しぐらいは我慢しなさい」
(我慢しなきゃ……)
歩きながら目に涙がにじみかけた。必死にそれをおさえる。フィールさまのもとへ向かってるのに、泣いたそぶりを見せてはいけない。きっと心配されてしまう。
こんなことフィールさまにも相談できなかった……。
(大丈夫。フィールさまの側仕えで忙しいのは本当だもん。誘いを全部断れば、きっと大丈夫……)
リネットは自分にそう言い聞かせた。




