42 リネット襲来
フィーが休みの日に王城を散歩していると、何か言い争う声が聞こえてきた。
それはフィーが住んでいた離宮の近くみたいだった。
「なんでフィーさまに会わせていただけないんですか!」
「それは国王陛下のご命令ですから……」
「なんでそんな命令が下ってるんです!!」
「それは陛下に聞いていただかないと……」
聞き覚えのある声に、木の陰からそっとのぞいてみると、おかっぱ頭の侍女の少女がフィーの離宮の守衛とにらみ合っていた。
(リ……リネット……!?)
その姿を見てフィーは飛び上がりそうになった。
リネットはフィールにずっと仕えている侍女で、フィーとも友人だった。
いまは王妃になったフィールの世話でとてもいそがしいはずだったのに。そんな彼女がなぜか、フィーがいるはずの離宮の前で守衛たちとにらみ合っている。
というよりは、一方的ににらみつけて、守衛たちをたじろがせていた。
「と、とにかく、お通しできませんので……」
(まずいよ……。まずいよぉ……)
フィーはこの事態に、あわわっと口もとをおさえた。
いまリネットに離宮に入られたら、フィーが逃げ出したことがばれてしまう。
せっかく見習い騎士としての生活を手に入れたのに。
まずい……。これはまずい……。
戦々恐々としながら成り行きを見守ってると、しばらく守衛たちとにらみ合っていたリネットだが、あきらめたようにため息をついた。
「わかりました……」
(良かったぁ……)
リネットの言葉に、守衛とフィーが同時に胸をなでおろした。
しかし、リネットはキっと守衛をにらみつけると宣言した。
「明日、陛下の許可をとってこちらに伺います!そのときは通してもらいますからね!」
そういってリネットはきびすを返すと王宮の方に早足で戻ってしまった。
木の陰でフィーはしゃがみこんでひざをかかえた。
(明日、リネットが離宮に来る!?どうしよう。逃げ出したのがばれたらたぶん怒られる!場合によっては見習い騎士の話もなしにされるかも!なんとか誤魔化さないと!)
リネットの突然の来訪に、フィーはひざを抱えて震えるしかなかった。
次の日の朝、フィーはベッドの中にいた。
「大丈夫?熱は平気?」
「ちょっと苦しいかも……。でも大丈夫だよ」
ごほんごほんと咳きをするフィーを、レーミエが心配そうにのぞきこむ。
フィーのベッドの横には、水の入ったたらいと、タオルが何枚かあった。
(仮病です……。ごめんね)
なるべく顔を赤くして、苦しく見えるように演技しながら、フィーは心配してくれるレーミエに心の中で謝った。
「教官にはちゃんと言っておくから、ゆっくりやすんで。それじゃあ、僕は訓練にいくね」
「うん、ありがとう。レーミエ」
朝、自分のために風邪薬やタオルを用意してくれたレーミエに、心の中で再度謝りながら、フィーはその背中を見送った。
そして宿舎に人の気配がなくなったのを感じると、フィーはベッドからがばりと起き上がった。
「急がなきゃっ!リネットが来る前に!」
見習い騎士のフィーの部屋は、宿舎の2階にある。
フィーは自分の部屋の窓に鉤縄をかけると、ロープを握り窓を飛び出し、一気に地面へと着地した。ロープで落下速度を調整しながら、最後の衝撃は受身で殺す。
それから城の人間にみつからないように木の影に隠れながら移動していく。カインに習った隠密の移動方法だが、正直言って王城内ではやりすぎだったが……。
カインに習ったとおり、まわりを警戒しながら移動しているので見つかる確率は低いのだが、普通に移動してもただの見習い騎士としか思われない王城内では、見つかるとむしろ怪しい……。
音をださず素早く移動できる歩方で、王城内の人気のない場所をたどりながら、離宮の近くまで移動していく。
見張りはすでに、離宮の門の前にいた。これでは入れないが、それはフィーも想定していた。
やる気のない見張りは、正面しか見張ってない。
フィーは気配を消しながら裏手にまわると、鉤縄を投げて離宮の壁にひっかけた。そして一気に上りきる。
多少は音が立ったはずだが、見張りたちは気づく気配はない。
(本当にやる気ないなぁ……)
フィーはさすがに呆れて、壁の上に乗ったまま、のんきに見張りをする彼らをしばらく眺めてしまった。
あとは宿舎の二階から降りた要領で、離宮の中の庭に静かに降り立ち、フィーは離宮への侵入に成功した。




