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「たいちょーからカインさんに技を教えてもらえっていわれてきました!」
フィー王女がいうには、そういうことだった。
走り書きだがイオールの名前による正式な命令書まであった。草にとっては陛下からの命令と同じ効力を発揮する。
とりあえず危ないので木から降りてもらってから話をする。
「すごいですね!あんなところに隠れてるなんて、ぜんぜん気づきませんでした!何をしていたんですか?」
「………」
(あなたを監視していました……)
そんなこと本人に言えるわけがない。
何も言い出せず黙りこくるカインを見て、フィー王女も何か察したらしく。
「あ、ごめんなさい。きっと秘密の任務なんですね!」
なぜか、ちょっと目を輝かせながら、そんなことを言ってきた。
「はい……」
実際、フィー王女には秘密の任務だった。
たぶん、彼女の想像してるような格好いい任務ではないが。
「それでどんな技をおしえていただけますか?」
フィー王女はすっかり技を教えてもらえる気になっていた。こちらを期待できらきら光る目で見てきている。
(いや……、だがいいのか……)
カインはあらためて主から与えられた命令を検討しなおす。
『フィー王女を監視しろ』、『黒だったときだけ報告しろ』、『ヒース(フィー王女)にお前の技を教えてやれ』。
うん、特に矛盾はしてない。
ただフィー王女を監視しながら、ついでに技を教えて、陛下には何も報告をしなければ簡単に実現できる内容だ……。
何も矛盾はしてない……。
矛盾してなんか……。
(どう考えてもおかしいだろう……!常識的に考えて……!)
カインは頭を抱えたくなった。というよりは抱えた。
草であることを守り、命令を忠実に守った結果、事態はさらに迷宮の中に入り込んでいっていた。
「カインさん!?カインさん!?大丈夫ですか!?」
フィー王女がそれを見て心配そうに声をかけてくる。
カインは決心して、すくっと立ち上がった。
「いえ、大丈夫です。ご心配をおかけしました」
(わたしは草だ……。命令をただ忠実に遂行するのみ……)
草だと言い張ってるが、もはや心中はただのやけくそなカインだった。
「そうですか。良かったぁ。もうカインさんしか頼れる人がいなくて。それで何をおしえていただけますか?」
そういわれてまたカインはまた悩みだした。
(技を教えるのはいいが、危なくないか……?この方は王女、いやもうこの国の側妃になられてる方だぞ。危険度の高い技をおしえるわけにはいかないはずだ……。では、攻撃系は除外せねば。移動系も怪我をする可能性がある。ならば……)
「では、受身を――」
「もっと派手なのがいいです」
そう無難な技を言いかけた途端、フィー王女がぷくっと頬を膨らませた。
(あれ、意外とわがまま……?)
カインは監視してるときの印象と、実際に話してみての印象のぎゃっぷに少し戸惑った。
「それでは相手に手を掴まれたときの防衛術を――」
「それはもう見習い騎士で習いました」
その後、カインの選んだ側妃殿下に教えても問題がなさそうな技は、ことごとく却下を喰らった。
「もっと派手なのがいいんです。みんなに自慢できるようなのじゃなきゃ意味がないんです。カインさんならできます!」
初対面のはずだが、フィー王女はそう断言する。
このときはフィーも必死だった。カインさんが必殺技習得のための最後の砦なのだから。
そしてカインさんにはフィーの目から見て、すごい技をもってそうなオーラがばんばんでていた。
(こまったぞ……。もはや安全を保証できる技はない……。仕方ない……、せめて移動系の技で……)
カインは結局、そう妥協することになった……。
カインはフィー王女を連れて裏庭に移動した。
草なので人の目につく場所にいては基本いけないのだ。
「なんだか秘密特訓みたいですね」
フィー王女はわくわくした目でカインをみていた。
移動してきた場所には壁があった。王城を仕切る内壁の中でも比較的低い壁だ。
カインは懐から、丈夫な縄の先に鉤爪のついた道具をとりだす。
そして鉤爪の部分を右手にもつと、思いっきり壁の上に投擲した。
鉤爪がひっかかり縄が固定される。するとカインはその縄を音もなくするすると登り、数秒で壁の上にのぼって見せた。
(こ、これならどうです……?)
フィー王女の方を見ると、壁の上のカインを見て、本当に目を輝かせていた。
「す、すごいです……!」
どうやら期待には答えられたらしい。ほっとひと息つくと、フィー王女の前で壁からさっと降りて見せた。
それからはフィー王女の練習の時間だった。
「えいっ!あれっ……?えいっ……!」
フィー王女が投げても、なかなか鉤爪は壁の上にひっかからない。
「むずかしいなぁ……」
実のところ、カインはこれが狙いだった。この技の難関はいろいろあるが、だいたいは壁に引っ掛ける部分が難しくて挫折する。
技全体を見れば危険度は高い方だが、高いところに登らせなければ確実に安全だった。
フィー王女は20分ほど鉤爪の付いた縄と格闘したあと、カインにそれを渡してきた。
(ふう……)
きっと諦められるのだろう。
良かった……。これで任務は完了のはずだ……。
カインは一瞬そう思ったのだが。
「カインさんが投げてください。のぼる練習もしておきたいので。投げるのはあとから練習できますから」
(効率的だ……。というか何故こうなることを思いつかなかった、わたし……)
カインは頭を抑えた……。
フィー王女の意見にはどこにも間違ったところはなく、カインはそれを飲まざるをえなくなった。
鉤爪を投げて内壁の上の部分に引っ掛ける。いつもより若干丁寧にかけた。
フィー王女がさっそく縄を掴み、登る練習をはじめる。
カインはあわてて下に行き、落下しても受け止められるように備えた。
登り初めにフィー王女の体が大きくよろけた。カインの心臓が止まりそうになる。
だが、わりとあっさり持ち直し、そこからはすっすっと壁をのぼっていく。
(なんということだ……)
普通、この技を一発でやれといわれてもできるものではないのだ。
登るときのバランスのとりかた、縄を使い自分の体重を支えることへの不慣れ、そして高所への恐怖、そいういうものが確実に邪魔をし失敗する。
しかし、フィー王女は何度かふらつきながらも、壁を着実にのぼっていた。
しかも安定感は、のぼっていくごとに増していく。
軽い体重、すぐれた運動能力、そして物怖じしない度胸。
それらがカインから見ればまだまだ不安定ながらも、初めての壁のぼりを成功へとみちびこうとしていた。
(草に欲しい人材だ……。いや何を考えている。この方はこの国の側妃であらせられるのだぞ……)
カインは思わず心に浮かんできた言葉を打ち消す。
フィーははじめての壁のぼりで、みごと内壁の上までのぼりきってしまった。
「カインさん、やりましたよー!」
壁の上でフィー王女が、カインに手を振っていた。
うれしそうに壁の上ではしゃぐフィー王女の体がぐらりと揺れる。
「うわっとと、あれ?」
カインの見てる前で、その体が壁の上からずり落ちた。
(うぉおおおおああああああああ!)
カインは無我夢中で駆け、フィー王女の体をキャッチした。
そして草としてできるかぎりの大声でフィー王女を叱る。
「成功したときほど油断しては駄目なんです!降りるまで気を抜かないでください!」
「ごめんなさい」
フィー王女もミスしたせいか、腕の中で猫のように丸まったまま、素直に頷いてくれた。
「それじゃあ、今度は失敗しないようにやってみますね。あ、降り方もおしえてください」
一度落ちても怖気づくことはなく、フィー王女はすぐにまた練習を再開する。
そうして一日で壁の登り方と降り方を習得してしまった。
「すごい技をおしえてくれてありがとうございます!カインさん!」
練習がおわったあとのフィー王女の顔は、ほくほくと満足顔だった。
それからなにやらうらやましげに指を咥え、じーーーーーっとカインの胸元を見つめる。
そこにしまってあるのは、さっき壁のぼりにつかった縄だった。
(まさか、ほしいのか……?いや、だめだ。これは一個しかないのだ。草として必須の道具なのだ……。手放すわけにはいかない……)
「えっと……」
カインはわずかに考えると。
「ガルージに頼んでください……。きっと作ってくれるはずです……」
「はい!」
カインの言葉にフィー王女はとっても嬉しそうに頷いた。
数日後、フィーはスラッドたちの前でどや顔で立っていた。
「僕もついに必殺技を習得したよ!」
投擲して引っ掛ける方もここ数日で練習し、ついにできるようになったのだ。
まずスラッド、ギース、レーミエの三人に見せようと思った。
ちなみにゴルムスは必殺技と聞くと、そそくさと逃亡した。あとで絶対に見せてやると、フィーは決心している。
それはともかく、まずは三人にお披露目だった。
「へぇ、どんな技なんだ?」
「ここ数日でみんなネタ切れを起こしかけていたが……」
「楽しみだね」
スラッドは純粋に興味深そうに、ギースは考察する風に、レーミエは笑顔でフィーの前に集まってくれた。
そんな三人の前で、フィーが鉤爪のついたロープを取り出した瞬間、三人の表情が微妙なものに変わった。
「ヒース、おまえ……」
「それはちょっと……」
「それレギュレーション違反だよ……」
呆れるようなかわいそうなものを見るような視線。
少年たちの必殺技ブームにはいつのまにかルールが出来ていたらしい。
曰く。
剣の技なら点数1.5倍、槍か弓なら1倍、他は使用禁止。
演武の時間は10秒まで。
開始時から2メートル以上動くと失格。
剣を使えるのは3本まで。
際限なくいろんな方向に拡大していく必殺技競争の末、ついに少年たちは自主的にルール化することにしたのだった。
ここ数日を投擲の練習ばっかりに費やしていたフィーは知らなかった。
レーミエからルール説明を受けたフィーは真っ白になる。
カインから教えてもらった必殺技は、何ひとつ使えなかった。
「ま、まあ次がんばろう?ね?」
「ええええええええええええええええ!?」
レーミエの気まずそうな励ましもむなしく、訓練所にフィーの悲しい悲鳴が響いた。




