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そうしてフィー王女が離宮をでていくまで、カインは結局何もできなかった。
フィー王女は見習い騎士試験を受け、必死で試合を戦い、見事に合格し、見習い騎士として元気にかんばっている。もちろん、雇い入れたのは、当の陛下である。
そして陛下はこの状況にまったく気づいていない。
そもそも今回のことは陛下の悪癖からでたことだった。
この方は自分が興味があることや、重要性が高い思ってることは、なるべく自分でやりがたる。そのためいつもどこかで時間を削れないか探しているのだった。
それはもうそんなとこ削って意味があるのですか、というところまで時に削ろうとする。
その中でやらなければいけないが、さほど重要性は高くないと判断した項目については、今回のように自動で動くような仕組みを作ってワンパッケージにして放り出したりするのだ。
その場合、報告も最小限しか受け取らないのが通例となっている。
人選がいつもは的確なので、他の自らが担当した仕事であげている優秀な成果も合わせれば、王の仕事としてトータルにうまくまわっていたが、今回だけは失敗と言わざるえない。
その根本的な原因は、フィー王女の性格を完全に読み違えていたことにあるだろうとカインは思っている。
フィー王女がありがちなわがままな王女だったら、すぐさま守衛に文句を言って、最低限度の生活ぐらいは確保され、問題のない運用ができていただろう。あくまで陛下にとっての「問題ない」レベルだが……。
また普通の王女でも、数日で我慢の限界を迎えて、文句のひとつふたつぐらいは言っただろう。
しかし、実際のフィー王女はその真逆をいってしまう人間だった。
わがままはまったく言わず、あたえられたものでなんとかしようとし、こまったことがあるとひとりで解決しようとしてしまう。
監視の結果として得た情報から私見を除いて彼女を判断すると、とてもがんばりやの健気な良い子としかいいようがない。
カインはそう思っている。
そして行動力があった。
結果、彼女はこの生活環境を改善するため離宮を抜け出し、見習い騎士試験を受け見事に合格し、見習い騎士の宿舎に自分の生活の場を確保してしまった。
そして陛下の計画が破綻しているときに限って、もっとも重要な情報を握る立場の人間が、よりによって草である自分だった……。
自分で言うのもなんだが、草というのは間違った命令をだせば、そのままにそれが間違った結果に繋がってしまう柔軟性の効かない兵士である。
この大失敗の案件は、その後も放置され、フィー王女が見習い騎士として日々努力し、失敗を重ねながらも、ひとりの騎士として成長していく姿を、カインはひたすら監視することになっていた。
そもそもの話として、今さらではあるがカインは言いたかった。
王はこの件について、これで十分だと言っていたが。
(十分なのは『監視』だけでしょうが!彼女の『生活』はどうするんです!ほかにもお洒落とか社交とか。やらせてあげなきゃいけないことがあるでしょう。女の子ですよ!?)
とはいっても、カイン自身もこの計画の問題性に気づいたのは、フィー王女の監視を通してという有様だったので、それについてはあまり人のことは責められないのだが……。
この王が、女性の扱いにだけはかなりの問題を抱えていることは、草、臣下問わない、彼につかえる者たちの共通認識であった。
カインは知っていた。
陛下はこの件に対しての報告を、見張りからもまったく一切受け取ってないことを。
陛下はそれほどフィー王女という存在に興味が無いのだ。
彼女が黒だったからといってさほどの脅威になるとは考えておらず、監視をつけたのも彼女自身が白か黒か判断するためというよりは、黒だった場合に接触した人間から芋づる式に情報を引き出せると考えたからだ。
いま机に座り、南の河川の治水事業の書類とにらめっこしている陛下の頭には、フィー王女の名前の一かけらでも残ってるか怪しい。
この監視任務にあたって、数度ほど見張りを交代してもらったことがある草の中で唯一の女性のネーナなどは、任務終了後、陛下を見る視線が以前より10℃ほど冷たくなっていたが、それにもおそらく気づいていない。
やはりこの状況をなんとかできるのは自分しかいないのだと、カインはあらためて思う。
(簡単なことだ……。フィー王女はあなたの部隊で見習い騎士として働いてます。ただそのひとことを言うだけでいい……)
そう思い、机に座りペンを動かす王に口を開こうとした瞬間、カインの頭に『黒だったときだけ報告しろ』、『それ以外は必要ない』、『主の命令を可能な限り忠実に実行するのが草の役目』、『忠言は臣下の仕事。手足となるのが我らの仕事』、さまざまな言葉が浮かんでくる。
(なぜだ……。なぜこんな簡単なことがいえない……。なぜ……)
カインはその日。
(なぜわたしは草なんだ……!)
自らの存在的な疑問にたどりついてしまった
もちろんカインが草であるのは、先代の草であった両親のもとにうまれ、同じ草となるべく教育を受けてきたからに他ならないが、そういう話ではない。
悩み続けるカインの様子に気づくことなく、ロイ陛下はいつも通りに紙にペンを走らせはじめた。どうやら今年の治水事業についての方針は決まったらしい。
(この100分の1でも関心を、フィー王女に向けてくれれば……)
カインはそう思わざるを得なかった。
結局、その日も彼の中では草としての自分が勝ち、王にフィー王女についての報告をすることはできなかった。
(わたしは草だ……。ただ命令を忠実に実行するのみ。わたしは草だ……。わたしは草だ……)
そんな言葉を自分の心に100回ほど言い聞かせながら、カインは誰にも見られないように王の執務室から立ち去る。
もはや自分の内面を振り返ると、大分手遅れな気がしないではないが深く考えてはいけない。
それが一昨日の晩のことだった。
今日もカインは木の上でフィー王女の監視を続けている。
さきほどまでは、ロイ陛下と楽しげに話していた。
(いかんいかん!ぼーっとしてしまっていた!)
思考にふけり、監視を怠っていたことに気づき、あわてて視線をもとの場所に戻すと、そこにはフィー王女の姿もロイ陛下の姿もなかった。
(む、もう移動してしまったか。フィー王女を探さねば)
草としてはあるまじき失態。もはや草としてどうなんだという自分の状態。
それでも忠実に職務を継続しようしたカインは、自分が隠れている木に誰かがよじ登ってくる気配があることに気づいた。
しかも、もうかなり近い……!
カインがその気配に気づいて一瞬の間もなく、ぴょこりと枝の間から少女の顔が飛び出してきた。
ショートカットのボーイッシュな風に髪を切ったかわいらしい女の子の顔。
つまりはフィー王女の顔だった。
フィー王女は木の上に隠れていた自分の姿を見つけると、パーッと人懐っこい嬉しそうな笑顔をうかべ、挨拶をしてきた。
「もしかしてカインさんですか!?ぼくヒースっていいます!こんにちは!」
(監視対象と接触してしまいましたよ!どうするんですか陛下ーーー!!!)
カインは心の中で絶叫した。
「イオールたいちょーから隠れ場所を聞いたんですけどそこにはいなくて、他の場所も探してみろっていわれたんですけど、ようやく見つけました!」
(しかも、なんで監視対象に監視ポイントを全部教えてるんですかーーーーー!!!)
フィーが住んでいた離宮なのですが、実は書いた当初に離宮の意味を取り違えていまして、イメージは王城の壁の中にある、さらに壁に囲まれた小さな後宮です(離れ小屋のイメージで離宮といってました)
後宮にするとなんか自分の中ででっかいイメージになってしまうので、誤用なのですがこのまま離宮で通させていただきたい気持ちです~。イメージ掴みにくかった方がいましたらすいません。




