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37 必殺技と最後のひとり

 フィーは楽しそうに話す同じ宿舎の見習い騎士たちを、うらやましそうに眺めていた。


「俺もついに教えてもらったぜ!五段パラード突きっていうんだけどさ!」

「なんの、俺が教えてもらった斜め回転斬りのほうがすごいぞ」

「いやいや、お前らのなんてしょぼいぜ。俺の第15隊スペシャルがいちばんだ!」


 彼らが話してるのは”必殺技”についてだった。

 最近になって、部隊の先輩たちから教えてもらったらしい。それぞれ木剣で習った技を実践してみせあっている。そんな彼らがお互いに見せ合う自慢げなどや顔は、フィーの目にはとてもきらきらと輝いてみえた。


 いま、北の宿舎の見習い騎士たちの間では、空前絶後の必殺技ブームだった。


 ほとんどの人間が先輩たちに教えてもらった必殺技を見せ合い、少年たちはどれがすごいかを競い合っている。


「いいなぁ……、僕も習いたい……」


 そんな光景をフィーは、指をくわえてみているしかない。表現通りの姿で。

 フィーは第18騎士隊のみんなから必殺技など教えてもらってなかった。だからぜんぜん話にも参加できない。

 その隣ではゴルムスが呆れた顔をしている。


「あほらしい。あんなの実戦で使えるかよ。お前も眺めてる暇があったら、素振りでもしやがれ」


 そういわれてフィーもゴルムスと一緒に素振りをはじめる。

 しかし、それだけではフィーの必殺技への憧れは止められない。


「ゴルムス!僕も明日、必殺技を習ってくるよ!」

「おまえ、人の話きいてたか……?あんなの教えてもらったって、何の役にもたたねぇっての」


 素振りでいい汗ながしながら、ぎゅっと拳をにぎりしめ、なんだかしらないが決心をした表情でいうフィーに、ゴルムスがうんざりした顔をした。


 ゴルムスからすると、このブームがはじまったころの比較的シンプルな技ですら、実戦で使えるか怪しいと思えるものだった。それがいまでは、何秒もかけて、実用性のかけらもない、長々とした動きをしている。

 あんなのやっていたら、試合や実戦では隙を見られて、ぶったたかれるのがオチだ。


(絶対教えてるほうも悪乗りしてるだろ……)


 それがゴルムスの、この現象に対する考えだった。


「でも、だってうらやましいよ!やりたいよ!」


 それでもフィーは必殺技を習得したかった。

 なんかとってもかっこいいし。たのしそうなのだ。

 なにより部隊の人達とのきずなっぽい感じが、フィーにとってはぐっとくる。うらやましい。


「明日こそ習得してみせる。第18隊スペシャルを……」

「あー、もう勝手にしろ……。いっとくけど、俺は関わらねぇからな。あと勝手に自分で技考えるんじゃねぇ」


 あくまで必殺技習得に情熱をもやすフィーに、ゴルムスもさじを投げた。

 こんなアホなことにかかわってたまるかと、アホな流れに巻き込まれた友人を見捨てることにする。


「よし!じゃあ、来週は習得した技をみせっこだね、ゴルムス!」

「俺はやらねぇつってんだろ!てめぇ人の話ききやがれ!なにが、『よし!じゃあ!』だあ!」


 あきらめないどころか、自分までアホな流れに巻き込む気全開だったフィーに、ゴルムスは叫び声をあげた。



 そうして次の日、フィーはまずクロウの前にいた。


 一見ナンパな騎士だけど、クロウがすごい人だということはフィーはいっぱい知っている。そして面倒見が良くて、なにかとフィーのことを気にかけてくれている。

 必殺技だってかっこいいのを教えてくれるに違いないと思っていた。


「クロウさん!必殺技おしえてください!」


 ぎゅっと胸の前でにぎりこぶしをつくって言うフィーに、クロウはあごに手をあてなつかしそうな表情をした。


「ああー、あれか。また流行ってんだなぁ。3年前ぐらいにも流行ってたけど」

「そうなんですか?」


 クロウの話によると、数年周期で見習い騎士の間に必殺技ブームは到来するものらしい。騎士の先輩も、そのとき受け継いだ必殺技を伝授したり、自分で考えた必殺技を教えたりしているらしかった。


「じゃ、じゃあ……」


 クロウがそれを知っているということは、クロウも必殺技を知っているということだ。

 フィーの期待が俄然高まる。


「ああ、教えてやるぜ。俺のとっておきの必殺技を」


 クロウがにかっと笑って頷いた。


 それからクロウに指示されて、フィーは壁を背にして立っていた。

 正面にはクロウが立っている。


(何かな!壁を背にしてピンチを脱出する技かな!それとも壁に追い詰めた敵を倒す技?)


 フィーの鼓動は、期待で鳴り止まない。


「ヒース、これは俺が編み出した必殺技だ。お前にだけ特別におしえてやる」

「わぁ、ありがとうございます!」


 クロウさんに相談して良かった、とフィーはすっかり満足していた。

 きっとすごい技を見せてくれるに違いないとわくわくする。


「それじゃあいくぞ」

「はい!」


 フィーにそう言うと、クロウは一気に真剣な表情になった。


(やっぱり技のときは真剣な顔なんだ)


 フィーの緊張感が高まる。

 まずクロウの左腕がフィーの顔のすぐよこに置かれた。


(逃げ道をふさぐのかな……?剣の技じゃない……?)


 できれば剣がよかったけど、まあ他のでもいいかと思ってると、クロウの綺麗な顔がフィーの瞳に近づいてきた。


(えっ……えっ……?)


 フィーは何がなんだかわけがわからなくなる。クロウの顔がものすごく至近距離まで近づいてきている。

 おもわず顔が触れるとおもった瞬間、その顔がフィーの横を通り過ぎ、低い声でぼそりとささやいた。


「お前だけを愛してるぜ」

「ひゃぁああっ!」


 その瞬間、背筋があわ立ち、フィーは悲鳴をあげた。

 その悲鳴を聞いたあと、クロウは口もとをおさえて体を震わせはじめた。


「ぷっ……くすくす……くっ」


 クロウは笑っていた。笑いをこらえていた。

 フィーは気づいた。からかわれたのだ!クロウさんに!


「ぶはっ、ははははははははは!」


 結局クロウは笑いをこらえきれず、腹をおさえて爆笑しはじめた。


「クロウさん!うそつきましたね!必殺技おしえるっていってくれたのに!」


 フィーの顔は怒りとほか色々で、真っ赤にそまっている。


「いやいや、本当だって!女の子を落とす俺の必殺技だ。お前にだけおしえてやったんだぞ」

「そういうのいらないです!いらないです!」


 爆笑しながらそんなことをいうクロウに、フィーはその体を拳をにぎり、ぽかぽかと、フィーとしては割と全力でその体を殴りつけた。

 しかし、いかんせん、クロウの鍛え上げられた体にはダメージはない。


「ははっ、効いたろ?女の子みたいな悲鳴あげちゃってたもんなぁー!って、いてっ、!ちょっ、急所狙うのはやめっ!やめなさいっ!」


 フィーはクロウの反応に効いてないの悟ると、急所狙いに切り替えた。コンラッドから習った筋肉の隙間を的確に狙っていく。


「悪かった!悪かった!俺が悪かった!」


 急所をねらわれて、さすがにクロウも痛く、フィーに謝罪した。

 フィーは顔を真っ赤にしながら、ぜえぜえ言いつつ拳を止めた。


「もう!クロウさんは!」

「いや、からかったのは悪かったけど、やっぱり剣はなんつうか日々の鍛錬だぞ。妙な癖がついてもこまるしな。変なことするのはやめておけ」


 からかいながらも、なんだかんだまじめに忠告はくれるクロウだった。


「じゃあ、剣じゃなければいいんですか?」

「うーん、まあそうだなぁ。とりあえず、他のやつらに聞いてみろよ」


 フィーの疑問に、クロウはそういって頷いた。

 フィーは剣以外の必殺技を探すことにした。


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